今日はヒカリちゃんのお誘いがあり、近所を自転車で散歩している。もちろん、ラブラモンとテイルモンも一緒だ。
「うーん……! 風が気持ちいいね」
私は大きくけのびをして、ヒカリちゃんに笑いかけた。
「最近ゆっくり出来なかったし、丁度良いわ」
ヒカリちゃんも上機嫌なようで、鼻歌を歌いながらゆっくりと歩いていく。確かに、たまにはこんな時間も必要だ。最近、大変なことばかりだったし。カイザーとか、ダサングラスとか、色々。
「湊海様、そろそろ休憩されては?」
「あそこの木陰とか、良いんじゃない?」
しみじみとしていると、ラブラモンが私の服の裾を引っ張りながら、そう促した。テイルモンも頷き、大きな木の前にあるベンチを指さす。
「そうしよっか」
「ええ」
私たちは木の方に向かい、ベンチに座った。木陰の下は涼しく、ほっとひと息つける。
ヒカリちゃんとしばらくたわいのない話をしていると、ラブラモンたちはすやすやと眠りについてしまった。
「テイルモンたち、寝ちゃったわ……」
「やっぱりデジモンも疲れてるみたいだね」
「そっとしときましょう」
私は頷き、ラブラモンの頭を撫でた。お疲れ様、ラブラモン。
「さっきの話の続きだけど、最近大輔くんとはどうよ?」
「どこが続き!? 私たちが話してたのって、犬の話よね!?」
私がそう話題を振ると、ヒカリちゃんは勢いよくツッコミを入れてきた。
「大輔くん、犬っぽくない? 可愛いよ」
「そう思ってるのは湊海お姉ちゃんだけよ……」
私の言葉に、ヒカリちゃんは大きなため息をついた。
そうかなあ? ヒカリちゃんには忠犬だし、タケルくんには狂犬だし、結構犬っぽいと思うのだけど。
「それに、前から言ってるじゃない。友達としてはいいけど、子どもっぽすぎるから嫌なの!」
ヒカリちゃんはそう言い切ると、ぷいっと顔を背けた。どうも大輔くんは、女の子からの人気がないようだ。
「大輔くん可哀想に……絶対いい男に育つよ? 彼」
「それなら伊織くんの方が良いわ……」
ヒカリちゃんは腕組みをしつつ、険しい表情を見せた。伊織くんか――顔立ちも整っているし、誠実だし、優しいし、賢いし……。あ、これ絶対モテるパターンだ。貴公子とかなんとか言われるやつだ。
タケルくんしかり、伊織くんしかり、大輔くんは相手が悪い。
「じゃあ、三角関係が噂されているタケルくんとは?」
「誰が噂してるのよ」
「うーん……学校全体? なんだかんだで大輔くんも人気者だよねえ」
私はうんうんと頷きながらそう言った。ヒカリちゃんは言わずもや、タケルくんは転校したての頃から、噂になっていた。ヒカリちゃん可愛いもんね。タケルくんもカッコいいし。大輔くんは……多分、人望というやつだ。
「まあ、男の子たちには人気みたいよ? やっぱり友達ならいい人だもの」
「友達かあ……」
ヒカリちゃんの好みは、もっと落ち着いた大人っぽい人だろうから仕方ないのかな。そもそも、このくらいの年の女の子は、周りの男の子が子どもに見えて仕方ないわけで――。でも何年か経ったら、もう少し変わるかもしれない。頑張れ、大輔くん。
「それに、タケルくんは確かにかっこいいし大人だけど、恋愛とかそういう感じじゃ……。あと、そもそもの問題として……」
ヒカリちゃんは何か言いたそうな表情で、こちらをじっと見つめてきた。
「なに?」
「なんでも」
「ふーん……?」
私がそう尋ねると、ヒカリちゃんはきっぱりと手を突っぱねた。ふむ。これは気に入らないことがあるけど、何か事情があって言えない感じのヒカリちゃんだな。
こういうときは、深く突っ込むのはやめておこう。前に太一さんが酷い目に遭ったのを見たし。
「そういえば、タケルくんでひとつ気になることがあるんだけど」
「おっ! なになに?」
話題を変えて私がそう言うと、ヒカリちゃんはぐいっと近寄ってきた。目をキラキラとさせており、とても可愛い。
「うん。最近のタケルくん、私のことすごくからかうんだよねえ。湊海お姉ちゃん悲しいよ」
「……そっちか」
ヒカリちゃんは私の発した言葉を聞いて、ふうっと息をついた。そのまま私をちらりと横目で見ると、こう話を続けた。
「嬉しいんじゃない? 湊海お姉ちゃんと一緒にいられて」
「うーん、私も嬉しいけどさ。それとはまた別のような気がする……」
「そこはわかるのね……」
私は顎に手を当て、考え込んだ。タケルくんが、ヒカリちゃんや私と同じ学校に通えて嬉しいというのは、わかる。ヤマトさんのお家とも、距離が近くなったし。
でも、そこで私をからかうのは――違う問題なような……?
そもそも前のタケルくんなら、私にそんなことをしなかったはず。太一さんじゃあるまいし、一体何を考えているのだろう。 タケルくんの考えていることは、イマイチよくわからない。大輔くんなら、とってもわかりやすいのに。
ヒカリちゃんはそんな私の様子を見て、 にこりと笑うと、私の肩に手をおいた。
「前にも言ったけど、そのうち大変なことになる……というのは伝えとくわ」
「た、大変なこと、とは……?」
「タケルくん、お兄ちゃんや光子郎さんたちとは、また違うタイプだから……ね?」
ヒカリちゃんは私の質問に答えず、こてんと首を傾げた。
「いや、ね? って可愛く言われても可愛いだけだからね? なにも分からないからね?」
「応援してるね、湊海お姉ちゃん」
「え、ええ……?」
今日のヒカリちゃんは、どうしても私に答える気はないらしい。こんな何もわからない状態で、私にどうしろというのだ。そして、大変なことって、私は一体何に巻き込まれるんだ。色々と気になりすぎて、頭が混乱する。
悶々としているうちに、静かに時が過ぎていく。考えすぎて疲れた私は、うとうとと体を揺らしていた。
「湊海お姉ちゃん、眠いの? 肩貸してあげる」
「ありがと、ヒカリちゃん……」
私はヒカリちゃんの肩に、ぽんと頭を乗せた。暖かくて、いい匂いがして、安心する。私は目をつむり、眠る体制に入った。
「……その前に、ちょっと聞いていいかな?」
「……ん? どうしたの?」
半分夢の中に入ったところで、ヒカリちゃんにそう尋ねられる。私はゆっくりと体を起こした。
すると今度は、ヒカリちゃんが私の肩に頭を乗せた。いつもはあまり甘えてこない彼女だが、今日に限っては違うらしい。私は内心驚きつつも、ヒカリちゃんの言葉を待った。
「いつまで、私の……ヒカリの、お姉ちゃんでいてくれるの?」
私は思わず、目を見開いた。まさかヒカリちゃんがこんなことを言うとは思ってなかったからだ。大人っぽいとは思いつつも、何だかんだで私のことを頼ってくれていたのだと思うと、頬が緩む。私はヒカリちゃんの頭を撫でながら、こう答えた。
「ずっとだよ。中学生になっても、高校生になっても、大人になっても、その先もずっと」
ヒカリちゃんは体を起こすと、私の手をそっと握った。
「……本当に? 彼氏とか出来ても、ヒカリの傍にいてくれる?」
「か、彼氏なんて、当分できないって! もう!」
私はパタパタと、顔の前で手を振った。そもそも好きな人すら出来たことがないのに、彼氏なんて次の次のまた次だ。
火照った顔を冷やしつつ、私は言葉を繋げた。
「太一さんだって、私と同じこと、言うと思うよ」
ヒカリちゃんは目を細めて頷くと、ぽつりぽつりと話を始めた。
「……最近、ちょっと不安になってたの」
「うん」
「私たち、どんどん大人になっていくじゃない?」
「……そうだね」
「心だって、体だって、変わっていく。不安定になっていく。そんな中で、湊海お姉ちゃんや……お兄ちゃんも、変わってしまったらどうしようって、思っちゃって……」
ヒカリちゃんの手は、少しだけ震えていた。私たちの年代は、『大人』に憧れる時期だ。実際私も、早く大人になりたいと思う。お父さんやお母さんのような、素敵な大人になりたいと。――でも、大人に近づくからこそ、怖いこともある。自分や周りの変化というのは、すぐに慣れるものではない。ヒカリちゃんは敏感だから、余計そう感じるのだろう。
私はヒカリちゃんの手の上に、自分の手を重ねた。
「……確かに、変わってしまうこともあると思う。だけど、1番大事ところは絶対変わらないよ」
「大事なところ……?」
私はにっと笑い、ヒカリちゃんの手を強く握った。
「ヒカリちゃんを好きだって、大切に思う気持ち。私たちがどんなに成長したって、そこは絶対に変わらない。約束する」
「湊海お姉ちゃん……」
ヒカリちゃんは、たったひとりの大切な存在。 小さい頃から今まで、ずっと一緒に育ってきた。その中で、ヒカリちゃんを嫌いに思ったことなんて、一度もない。いつでも、優しく私を受け入れてくれた。お姉ちゃんとして、接してきてくれた。
ひとりっ子の私にとって、ヒカリちゃんはかけがえのない従妹で、仲間で、親友だ。
「ヒカリちゃんもそうでしょ?」
「……うん」
ヒカリちゃんは小さく頷くと、そっと私に抱きついてきた。
「湊海お姉ちゃん、大好き……」
「私も好きだよ、ヒカリちゃん」
だから絶対に、離さない。