次にたどり着いたのは、いつかの海だった。 「今度は海ですか!」 ここはあの、電話ボックスがあった砂浜だろうか。時々吹く潮風が心地良い。 『うむ。海を見つけた湊海がテンション上がって先に駆け出した設定じゃ』 「何も変わってない気がするんですけどね……?」 強いて言うなら場所が変わっただけじゃないか。 『大丈夫大丈夫。今回は湊海の行き先が分かってるから、みんな心配しておらぬ』 「はあ……」 私は曖昧に返事をした。それならさっきよりはマシ……か? 「……で、今度の年齢は?」 『2年生じゃ。タケルとヒカリと同じ学年じゃな』 2年生か――。となると、関係性は先程同様タケルくんとヒカリちゃんしか変わらない。敬語も使わなくていいし、もしかしたら1番普段通りに過ごせるかも。 そんな事を考えていると、バタバタと足音が聞こえた。お、そろそろみんな来る頃かな。 『では、また後で』 「はいはい、また後で」 私はパソコンを閉じ、後ろを振り返った。 「みんなー! こっちですよー!」 「何がこっちだよ、バカ! いきなり駆け出すなって!」 私が大きく手を振ると、太一さんが怒鳴った。 「あはは……すみません」 「もう、湊海ちゃんったらそんなに海で遊びたかったの?」 頬をかいて謝っていると、タケルくんがクスクスと笑いながら私の横へ来た。 「あ、ああ、うん。まあそんな感じ!」 「湊海様、私はともかく他の方を心配させてはいけませんよ」 「ごめんごめん」 私はラブラモンの頭を撫でた。ラブラモンに注意をされるのは新鮮である。たまにはいいかもね。 「ね、湊海ちゃん。せっかくだし遊ぼうよ!」 するとヒカリちゃんが私の腕をギュッと掴んだ。 「良いね! 何して遊ぶ?」 「おいおい、ちょっと休憩したらすぐ行くんだから……」 「お兄ちゃん、何か言った?」 「……いや、何も」 太一さんはヒカリちゃんから目を逸らした。た、太一さん……弱すぎやしませんかね? ヒカリちゃんのオーラもなかなかだけどね! 「仕方ないな……みんな、しばらく休憩だー! 今のうちに疲れ取っとけよ!」 『おー!』 という訳で、私たちは海で休憩する事になった。主にヒカリちゃんのおかげである。 「湊海ちゃん何して遊ぶ?」 「砂のお城作り? 棒倒し? 海で遊ぶのも良いよね!」 ヒカリちゃんとタケルくんは私の両脇を固め、楽しそうにしていた。2人も海で遊びたかったのかな? 「じゃあ棒倒しでもしようか!」 『うん!』 私たちは適当な木の棒を拾い、砂の山を作った。うんうん、こうやって遊ぶのは久々だ。少し楽しい。 「よし、出来たー!」 「やったね!」 「誰からする?」 「ヒカリちゃんと湊海ちゃんからで良いよ。僕、審判するね!」 ――と言うタケルくんの言葉に甘え、私たちは棒倒しを始めた。 「負けたら罰ゲームでもする?」 「えー? それより勝ったらご褒美の方が良いよ」 「ご褒美……私何も持ってないよ?」 「わ、私も……」 私とヒカリちゃんは顔を見合わせた。お菓子とかリュックに――入ってないよなぁ。 「そうだ! 審判が勝った方に何でもしてあげるっていうのはどうかな?」 するとタケルくんが手をぽんと打ち、そう提案した。 「おお、良いんじゃない?」 「うん!」 私たちはタケルくんに賛成し、頷いた。そのまま黙々と砂を手で掻き分けていく。どうしようかな、わざと負けても良いんだけどそんな事したらヒカリちゃん怒りそうだし――。 「……あ!」 そのヒカリちゃんの声に前を見ると、揺れていた棒がゆっくりと倒れていった。 「湊海ちゃんの勝ちー!」 「あは、負けちゃった」 タケルくんが私側の手をバッとあげる。ヒカリちゃんは恥ずかしそうに頭をかいた。 「あ、えっと、ごめんね。ヒカリちゃん」 「何謝ってるの! 遊びなんだからいいよ!」 「勝者の湊海ちゃんは僕が何でもしてあげます! 何がいい?」 ヒカリちゃんが私の肩を叩いていると、タケルくんがそう尋ねてきた。 「うーん……」 何でもと言われると迷うのが人の性だ。どうしような――。 「……あ、そうだ!」 私はタケルくんの胸元を指さした。 「ね、タケルくんの紋章、首に掛けさせて貰っていいかな?」 「紋章? いいけど……」 タケルくんは紋章を取り、私にそっと掛けてくれた。 「ありがとう!」 「湊海ちゃん似合ってるよ!」 「こんな事でいいの? 他に何でもするよ?」 ヒカリちゃんがニコニコと手を叩く横で、タケルくんは眉をひそめていた。 「……こんな事じゃないよ。タケルくんの紋章は、すごいんだよ。私たちに希望を与えてくれる、とても大切な紋章。私はずっと、君の希望に憧れてた」 私は紋章を手に取り、じっと見つめた。今では無くなってしまったこの紋章。でも、タケルくんの心に――私たちの心に、しっかりと希望が刻まれている。 「湊海ちゃん……」 私は頬を緩め、タケルくんに紋章を返した。 「やっぱりこの紋章は、タケルくんが1番似合ってる。私にはもったいないよ」 「ふふ、湊海ちゃんには慈悲の紋章があるでしょ? その綺麗な白色、湊海ちゃんにすっごく似合ってるよ」 「……うん。ありがとう」 私は胸に手を当てた。紋章はこの心に――みんなの心に。 「……さて、じゃあ次はヒカリちゃんとタケルくんだね! 今度は私が審判するよ!」 「え? という事は……」 「勝った方に湊海ちゃんが何でもやってくれるの……?」 「うん! 私に出来る事なら何でもどうぞー!」 私がそう言い放った途端、空気がピシッと張り詰めた。 『なるほど……』 「え、何が?」 「ごめんねヒカリちゃん。僕、手加減出来ないや」 「ふふ、嫌だわタケルくんったら。勝つのは私なのにね?」 タケルくんとヒカリちゃんはにこりと笑い合っていた。目が笑っていないのは気のせいだろう。そうに違いない。 「あ、あのお2人さん……?」 『湊海ちゃんは黙ってて!』 「はい。ごめんなさい」 私は2人から目を逸らした。太一さん、さっきの貴方もこんな気持ちだったんでしょうか。 こうしてタケルくんとヒカリちゃんの熱い熱い戦いが始まった。最初はお互いごっそり砂を取っていたが、後半は慎重に少しずつ取っていっていた。 「タケルくん、もっと砂取って良いんだよ?」 「いや、ヒカリちゃんが取りなよ。れでぃーふぁーすとってやつだよ」 「いやいや」 「いやいやいや」 いやがゲシュタルト崩壊しそうだが、先程からずっとこんな感じだ。禍々しい雰囲気を醸し出しながらもどこか可愛いのは、流石タケルくんとヒカリちゃんだ。 そしてついに時はやってきた。ヒカリちゃんが砂を取ったその途端、棒がグラグラと揺れ出す。 「う……取りすぎちゃった……」 「あらま、ヒカリちゃん大変だねぇ」 「……まだだよ。倒れなきゃセーフだもん。早くタケルくん取ってよ」 「ぐっ……わ、分かったよ……」 タケルくんは恐る恐る砂に手を掛ける。正直微妙な所だ。このまま倒れるか、はたまたヒカリちゃんの番まで回ってくるか――。私たちは息を呑んで、棒の行方を見守った。しかし……。 「おーい、何やってんだー?」 『あ』 ゴマモンが私の横にドスンと腰掛けた途端、その風で棒が倒れる。2人はワナワナと震え出した。 「ご、ゴマモン……」 「あ、あれ? オイラ何か……」 『しちゃったねぇ……』 タケルくんとヒカリちゃんはゆっくりと立ち、ゴマモンを囲んだ。 「ひ、ひえ……」 「ゴマモン、世の中にはやって良い事と悪い事があるんだよね? 分かるかな?」 「ご、ごめんって……」 「ごめんで済んだら警察はいらないの! 分かる?」 「わ、分からない……」 ゴマモンは2人から目を逸らし、私に助けを求めた。え、ええ――この状況でどうやって宥めろと? 「ま、まあまあ2人とも。ゴマモンもわざとやった訳じゃ……」 『湊海ちゃんは黙ってて!』 「はい。ごめんなさい」 私は頭を下げた。もう駄目だ。おしまいだ。私には無理だよ、ゴマモン。 「湊海……弱い……って、うわあ!」 すると何を思ったのかタケルくんとヒカリちゃんは2人がかりでゴマモンを持ち上げた。 「ちょ、一体何を……!?」 『せーの!』 「ぐぼあ!」 その掛け声の後、ゴマモンは海へ落とされた。バッシャーンと水飛沫の音が辺りに響く。2人は満足げに額の汗を拭った。 「ご、ゴマモンんんん!?」 一連の流れを見ていたらしい丈さんが思わず叫ぶ。ま、まあゴマモンは海のデジモンだから大丈夫だろうけど――なかなか恐ろしい事しますね、あの2人。 「ぷはあっ! もう、タケル! ヒカリ! いきなり何すんだよ!?」 『あははー、ごめんごめん』 タケルくんとヒカリちゃんはてへっと舌を出した。可愛い。けどアウト。 「ゴマモン、君一体何したのさ……ヒカリちゃんとタケルくん、怒ってない?」 「さ、さあ……」 ゴマモンは海からあがり、丈さんと共に去っていった。色々と災難だったね。丈さんと同じでゴマモンも運が悪いのかしら。 『はあ……』 なんてことを思っていると、タケルくんとヒカリちゃんはため息をついて地面に座り込んだ。 「2人とも……そんなに勝ちたかったの?」 「そりゃそうだよ……」 「湊海ちゃん鈍感すぎだよ……」 「な、何かごめんね……」 私は頭をかいた。弱ったな――。どうすれば2人は元気になるんだろう。そもそも勝ちたかった理由……あ、そうだ。 「良かったら私、2人に何でもしてあげるよ?」 『え?』 私は2人にそう提案をした。勝ちたかった理由は恐らくこれだ。私の何がそんなに良いかは分からないが……何かして欲しい事があるのだろう、きっと。 「引き分けだからどっちも勝ち! あ、えっと……これじゃダメかな?」 『そんな事ない!』 2人は立ち上がり、首を横に振った。 「本当に良いの?」 「もちろん!」 私が頷くと、2人は目を輝かせた。 「えっと、じゃあ私からね!」 「どうぞ!」 「うん! 私のお願いは、湊海ちゃんにずっと仲良くして欲しいって事!」 「……え? そんなので良いの?」 私が思わず聞き返すと、ヒカリちゃんはムッとして私の前に立った。 「そんなのじゃないよ! すっごく大切な事! 学年が上がっても、中学生になっても、高校生になっても、大人になっても! ずっとずーっと、湊海ちゃんと仲良しでいたいな!」 「……うん! 私もずっとヒカリちゃんと仲良しがいい!」 私がそう笑い掛けると、ヒカリちゃんは大きく頷いた。――大人になっても、ずっと。簡単なようで意外と難しい。でも、私とヒカリちやんならきっと大丈夫。そんな気がする。 「ね、次は僕いいかな?」 「うん、いいよ!」 私はタケルくんと向き合った。 「あ、じゃあ私テイルモンたちの所行っとくね」 「うん、後でね」 ヒカリちゃんは私たちに手を振ると、テイルモンたちの所へ駆け出した。 「……気を使ってくれたのかな」 するとタケルくんがそう小さく呟いた。 「どうしたの?」 「ううん、何でもない。えっとね、僕は……」 タケルくんは何かを言いかけたが、静かに口を閉じた。 「あのさ、これ大人になっても有効?」 「大人? 良いけど……どれくらい先?」 「僕が18……いや、23くらいかな。それくらいまで!」 「ず、随分先だね……」 自分が23歳になるなんて、全く想像が出来ない。中学生になる自分も想像つかないのだから、当たり前か。 「ダメ?」 「ううん、いいよ。私に出来る事なんでしょ?」 「むしろ湊海ちゃんにしか出来ないよ」 「わ、私にしか出来ない事……!?」 い、一体何なんだろうか――。 「うん! それまで僕がずっと守ってあげるね!」 「ま、守る? 何から?」 「危ないひ……危ない事から!」 ひって何だろう。ひって。 「……それとも、僕じゃ頼りない? お兄ちゃんみたいな人の方がいいかな?」 「ううん。私はタケルくんがいいな」 タケルくんが不安そうにそう言うので、私はそっとタケルくんの手を握った。 「ダメ?」 「だ、ダメじゃない! もうっ、僕の真似やめてよ!」 「あは、ごめんね」 私が頬をかくと、タケルくんは顔を真っ赤にして目を逸らした。 「ご、ごめんって。そんなに怒らないでよ」 「い、いや、そこまで怒ってないけど……」 「え、だって顔が真っ赤……」 「それは違う事が原因! 湊海ちゃんの鈍感!」 「ええ……!?」 本日2回目の鈍感である。そんなに私は鈍感なんだろうか。自分で判別出来ないのが悔しいところ。 「おーい! 湊海、タケル! そろそろ行くぞー!」 「はーい!」 そう私たちを呼んだ太一さんに手を振り返す。もう出発の時間か。あっという間だったが、楽しかった。 「タケルくん、行こうか」 「……手、繋いだまま?」 その言葉に視線を落とすと、確かに手が繋がれていた。おっと気づかなかった。 「あ、ごめん。離すね」 「いいよ、このままで……いや、このままがいい」 「へ? いいの?」 「いいの! ほら、行こう!」 「う、うん!」 私はタケルくんに引っ張られ、太一さんたちの元へ駆け出した。 |