たどり着いたのは、毎度お馴染みである私の部屋だった。 「……なるほど、ラストもこの部屋からですか」 『うむ。湊海の部屋に始まり、湊海の部屋で終わる。いいラストじゃろ?』 「まあそれはどうでもいいんですけど……で、今回の年齢は?」 『クローゼットの方を見てみよ!』 「クローゼット?」 そちらに目線を移すと、グリーンのセーラー服があった。もしかしてこれは――。 「お台場中の制服……?」 『うむ。今回湊海は中学1年生。あの中では、1番の年上になったな!』 中学1年生――即ち、本当の意味で1番年上になる。ただ、ここまでくると同じ学年の人もいない。そもそも、同じ学校の人すらいない。少し寂しいよ! 『さあ、元気に学校へ行くのじゃ!』 「え!? 知り合いが誰もいないのに!?」 『仕方ないじゃろ。中学生なんだから。ほら、早く早く』 「まさかこんなに早くセーラー服に袖を通すとは思ってませんでしたよ……」 私は肩を落とし、着替えを始めた。その後机の上にある時間割を見る。教科も算数が数学になっているし、新しく英語も始まる。他の教科の難易度だって小3の時と段違いだ。私の頭、色々な意味で大丈夫かな――。 「いってきまーす……」 『しっかりな!』 私はゲンナイさんの声援に頷き、家を出た。 そして肝心の学校生活だが――何というか、その……今までで1番楽しくなかった。同級生や友人が悪い訳ではない。先生だって良い先生ばかりだった。でもやっぱり……。 「太一くんたちと会いたい……!」 私は早々に家に帰り、そう呟いた。知り合いが1人もいないというのは、こんなに辛い事なんだろうか。 『会ってくれば? 太一とヒカリなら、家が隣じゃろ?』 「それもそうですね。じゃあ……」 「湊海、そろそろ出ないと!」 すると、お母さんが部屋の外から私を呼んだ。 「……え? どこに?」 「どこって、これから塾でしょ? 電車乗っていかなきゃいけないんだから、早くしなさい!」 「ま、マジっすか……」 『ファイトじゃよ!』 「ええ、ええ! こうなったら行ってやりますよ!」 私は意気込み、パソコンを閉じた。塾ならお台場にもあるのに! わざわざ電車に乗るのは面倒くさいね! 「む、難しかった……」 私はフラフラとしながら、塾の外へ出た。流石に中学生となると、頭のデータの処理が追いつかないのか、そもそも私の能力の問題か、出される問題がとても難解だった。私、こんなんで中学生になれるのかな――? 「あ、湊海さん」 その声に思わず顔をあげる。前を見ると、そこには丈くんがいた。 「丈くん!」 「久しぶりですね、元気でした?」 「うん、丈くんに会えて元気になれた!」 「また貴女はそうやって……」 丈くんはジトーっと私を睨んだ。 どうやら丈くんとは同じ塾だったらしい。ありがとう、ゲンナイさん、本当にありがとう……! 「今、帰りですか?」 「うん。一緒に帰ろうか……あ、その前に!」 私はにこりと笑い、飲み物を差し出した。 「ちょっとお姉さんとお話ししましょう!」 ――まあ、本当は年下なんだけど。 私たちは近くの公園のベンチに腰を掛けた。辺りはすっかり暗くなっている。 「ごめんね。時間は大丈夫?」 「少しくらいなら平気ですよ。僕も湊海さんと話したかったですし」 「ふふ、ありがとう」 私は思わず頬を緩めた。丈くんの敬語なんて、初めて聞いたかもしれない。年上にはこんな風に話すんだね。流石である。 「今日の塾はどうだった?」 「……ダメ、でしたね。何かまだ頭が鈍っているみたいで」 丈くんはそう言うと、苦笑いで頬をかいた。 「あはは、私もダメだったよ。もう全然」 「……湊海さんも?」 「うん、お揃いだね!」 「……こんなお揃い、嫌です」 私のその言葉に丈くんはムッとしたらしく、グイッとジュースを飲み込んだ。 「ご、ごめんね?」 「……いえ。僕が勝手に怒っただけですから。勝手に不安になって、勝手に焦って……」 丈くんはじっと自分の手元を見つめて、こう呟いた。 「こんなんで、本当に受かるのかな……」 ――そっか。丈くんは、ずっとこんな気持ちを抱えていたんだ。私は空を見上げた。あの冒険の時も、そして今も。丈くんは悩んでいた。小3の私は結局何も出来てなかった。だけど今なら……! 「……都会の空は、星が見えないね」 私はそうポツリと呟いた。 「……え?」 「北極星も、南十字星も見えない。まあ南十字星はあったらおかしいんだけど……」 初めてデジモンワールドで夜を過ごした時、丈くんは空を見上げて星を見ていた。北極星と南十字星が無いと気づいたのもまた、丈くんだった。――あの時の事はよく覚えている。地球ですらないかもしれないと、衝撃を受けていた。まあ半分間違えで、半分正解だったのだけど。 「ある意味、一緒だね。あの世界と」 「………」 私が笑いかけると、丈くんは無言で空を見上げた。星は見えない。でも、きっとこの空は繋がっている。あの世界と。 「やい、丈!」 私は大きく息を吸い込み、彼の物真似をした。 「そんな気持ちじゃ、受かるもんも受からないぞ!」 丈くんはそんな私に驚いたようで、大きく目を見開いた。 「ふふ、似てた?」 「……少し」 丈くんは目を逸らしながらそう呟いた。 「丈くんは頑張ってるよ。頑張ってる人には頑張ってる分だけ、実力がついてる。今はそれが見えないかもしれないけど、いつかきっと分かる時が来る」 私は丈くんの前に立ち、肩に手を置いた。 「私、丈くんの事応援してるよ。私がずっと、君の傍にいる。少し頼りないかもしれないけど……丈くんを思う気持ちなら、誰にも負けないよ!」 「……ありがとうございます。湊海さん」 丈くんはそう微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。 「え、えっと……元気でた?」 「……はい。とても」 その丈くんの様子に、私はほっと息をついた。よ、良かった――もしかしたら私じゃダメかと思っていたけど……。丈くんの気持ちが晴れたなら、頑張った甲斐があるというものだ。 「僕も、湊海さんみたいな中学生になりたいです」 丈くんは恥ずかしそうに頭をかきながら、そう言った。私みたいな中学生、か……。 「……なれるよ、丈くんなら。私よりもずっと素敵な中学生に」 ――私はきっと、貴方みたいな先輩になりたかったんだな。丈くんの笑顔を見て、そう思った。 |