全国の男子諸君。ついに決戦の日がやって来たぞ。――とは言っても、学生でなくなった今、戦績を比べる相手がいないので特に気にする必要はない。ただ心が少し痛いだけだ。
まあ僕達には、1つアテがあるのだけど。


『涼!』

「おお、みんな。今日はちゃんと早起きしてるんだ。偉いね!」

 ほーら、今年もやって来た。僕達の幼馴染である涼は、毎年チョコをくれる。しかもこの子、結構――いやすっげえ可愛い。超可愛い。僕達にはもったいないくらに可愛い。
可愛いがゲシュタルト崩壊しそうだが、実際可愛いのだから仕方ない。
もちろん、可愛いだけではなく性格もいい。まあ僕達と付き合えるくらいだから、少し変わってるのだろうけど。
彼女の隣にいるのは心地がいいのだ。だからみんな涼を狙っている。怖いよねぇ、6つ子全員に狙われるってどういう気持ちなんだろう。……まあ、本人は何も気づいてないんだけど。それが幸せなのか不幸なのかは分からないな、うん。


「涼、涼! 早くチョコを!」

「はいはい。じゃあどうぞー」

 涼はおそ松兄さんから順番にチョコを渡していった。ん? これは兄弟順だな。僕は4番目か。微妙。


「はい、一松くん」

「……どーも」

 うわ、可愛くねえ。いや男だから可愛くある必要はないけど、もっと気の利いた事が言えないのか。末弟を見習うべきか――? まあ嫌だけどね。
 涼のチョコはと言うと、ラッピングから見るに全員同じらしい。ただそれぞれの包装の色が違った。横のチョロ松兄さんは緑、十四松は黄色だ。僕は紫。闇抱えてそうな色だな、おい。


「最後はトド松くんだね!」

「わーい、ありがとう涼ちゃん!」

 トッティは桃色か。まあそりゃそう――あれ? ちょっと待てよ。


「……何それ」

 僕はトド松のチョコを指さした。明らかに1人だけ形状が違う。すげえ豪華だし。


「うおっ! 何だよトド松だけ!」

「あはは、すっげー!」

「へへーん、いいでしょー?」

 トド松は得意気にチョコを見せつけた。すると、チョロ松兄さんがはっと息を呑んだ。


「ま、まさか涼ちゃん、トド松の事……!?」

「ち、違うよ! この前服買ってくれたからそのお礼!」

「ふーん、本当にそれだけ?」

「それだけ! 余計な事言わないでよ!」

 涼はトド松を軽く叩いた。ああ駄目だよ、それじゃご褒美だ。僕はトド松達の様子を横目で見て、ため息をついた。服買ってもらったって事は2人きりで出掛けたのか……。何だよそれ。
あーあ、せっかくの涼からチョコ貰ったのに何でこんなモヤモヤしないといけないんだ。大の大人が情けない。


「あっれー? 一松兄さん妬いてるの?」

 なんてことを考えていると、トド松がニヤニヤと僕を煽った。何だこいつ、喧嘩売ってんのか。


「べ、別に妬いてなんか……」

「うっそだー! 一松兄さんさっきからずっとこっち見てるじゃん。素直に言ったらどう?」

「だから違うって……」

 素直に言えてたら苦労しねえんだよバーカ! お前には分かんないだろうけどなぁ、もう俺は忘れたんだよ! 素直になる方法をよぉ!
――と言えればいいのだが、この台詞が言えたらもう十分素直だろう。あいにく僕はひん曲がった性格してるんでね、すまないね。
思ったより面白い反応をしなかったからか、トド松は僕への視線を外した。よ、良かった……一歩間違えればトド松に右ストレート入ってたわ。危ない危ない。


「涼ちゃん、すっごく嬉しいよ。ありがとー!」

「わっ! もう、トド松くん!」

 するとトド松は何を思ったか、涼の腕に抱きついた。おーいセクハラだぞトッティ。警察呼ぶか?


「……やめろよ」

 僕はトド松の首根っこを引っ張り、涼から離れさせた。


「く、苦しいって一松兄さん」

「あっそ」

 ったく、よく言うよな。自分がまいた種なのに。僕はカラ松にトド松を投げつけた。


「ぶ、ブラザー何を! ぐわあっ!」

「クソ松兄さんに飛ばすとかどんないじめ!? やめてよ!」

「と、トッティ……なかなかひどいな……」

 カラ松とトド松のやり取りはどうでもいいからさておき、どうしようかこの場。明らかに空気悪くなっちゃったよこれ。おそ松兄さんとか笑ってるけど目が死んでるよ。他のみんなも何かやべえよ。


「……外出てくる」

「あ、ちょっと、一松くん!?」

 いたたまれなくなった僕はそそくさと家から出た。あの空間にはいられないでしょ。僕意外と打たれ弱いからね、意外とくそ雑魚だからね。
 適当にブラブラと街を歩き、時間を潰す。どうしようかな……僕が謝るべきなのか? 別に悪い事してないけどさ。正直謝るべきなのトッティだけどさぁ!


「はあ……」

 思わずため息をついて、公園のベンチに腰掛ける。まだ外は寒いなあ。コート着てくりゃ良かった。


「にゃあ」

 ぼーっとしていると、足元に猫が擦り寄ってきた。お、可愛いな。ここら辺じゃ見ない猫だ。首輪もしてるし、飼い猫か?


「悪いね、今何もエサ持ってないんだ。代わりと言っちゃなんだけど、俺と遊ぼうか」

 僕はポケットに入っていた猫じゃらしを取り出し、猫と戯れた。あー気分が紛れる。やっぱり猫は最高なんじゃ。犬は邪道。あれはあれで可愛いけど。


「おーい! 一松くん!」

「……え」

 その声に思わず顔をあげる。そこには何故か涼がいた。嘘だろ、ここ家から結構離れてるぞ。何で分かったんだ。


「あははー、探したよ。ありがとね、ミーちゃん」

「にゃあ」

 ミーちゃんは涼にそう返事をすると、さっさっと行ってしまった。貴様、スパイだったのか。


「……どういう事?」

「猫達に一松くんを捜索して貰ったんだ」

「いや、それは分かるけど。どうやって……」

「どうやってって……普通にお願いしたらやってくれたけど……」

「ふーん……」

 思いがけない所で涼の特技をしってしまった。確かに昔から動物に懐かれていたが、まさか自由に操れるとはね。恐るべし、我が幼馴染。
まあ僕もネコ科ならイケるけど。


「……何で来たの?」

 隣に腰掛けた涼に僕はそう尋ねた。


「一松くんが心配だったからだよ」

「……トド松よりも?」

「……まあ、そうなるかな」

 涼は頬をかきながら、困ったように笑った。くそ可愛いな。


「あの後おそ松くん達がトド松くんを血祭りにあげて大変だったんだよ? なーにをそんな怒ってるんだか」

 そんなにチョコ欲しかったのかなと、涼は小さく呟いた。半分間違えで半分正解。あとトッティ、ご愁傷様。骨は拾ってやるよ。残ってたらな。


「……別に、トド松の事はどうでもいいんだけど」

「嘘は駄目だよ。本当は心配なんでしょ?」

「うっ……」

 その涼の指摘に息が詰まる。――悔しいが、あんなのでも数少ない弟だ。心配してないと言ったら、嘘になる。まあ流石に兄さん達も加減してるだろうけど。十四松もいるし。あ、駄目だ。十四松も加勢してそう。


「……じゃあ聞くけど、トド松生きてんの?」

「うん。渾身の土下座を披露して、丸く収めてたよ」

 土下座までしないといけない事態だったのか。ある意味その場にいなくて良かった。怖いよねぇ。


「そりゃ1人だけあんなチョコ貰ったらそうなるでしょ。涼もよく考えなよ」

「ま、まさかあんな事になるなんて思わなかったんだよ。一松くんもごめんね」

 涼は苦笑いしてそう謝った。やっぱ可愛いな。


「……まあ、いいけど」

「ありがとう。……あー、じゃあ1ついいかな?」

「何?」

「チョコ開けて貰っていい?」

 何だ、爆弾でも入ってんのか?
少しそわそわしている涼の様子に疑問を抱きつつ、僕はポケットに入れていたチョコを取り出した。


「いいの?」

「う、うん。お願いします」

 お願いされました。僕は頷き、袋を開けた。そして中に入っていたのは――。


「猫と……ハート型のクッキー?」

「えっとね、猫と肉球とハートの形が入ってるよ」

「へえ……」

 ほー、器用なもんだ。丁寧に顔も描いてある。ハート型はピンク色だけど、苺のチョコでも使ったのかね。


「でもおそ松兄さん達にはちょっと可愛すぎない?」

「……うん、おそ松くん達は松の形」

「……え?」

 僕は思わず聞き返した。今、何て?


「……ちなみに、トド松くんの中身もハートなんて入ってないよ」

「……は?」

 え? だから、え?


「……ごめん。恥ずかしいから上手く言えないかもしれないけど……あの、私ね……一松くんの事、好きだよ」

 ま、マジでか!? え、マジ!? これ現実か!? リアルか!? 夢見てないよね、流石に夢じゃないよね!?
え、ええ――? 今までそんな素振り見せなかったのに? 一松くんすっげえ驚いてるよ、びっくりだよこれ。


「あ、あの、一松くん……?」

 何も喋らない僕に、涼は恐る恐る声を掛けた。


「……それ、本当?」

「う、うん……」

「罰ゲームとかではなく?」

「何の罰ゲーム!? 私は本気だよ、一松くん!」

 すると涼は僕の手をぎゅっと握った。


「……冷たい。外寒かったでしょ」

「ま、まあ……」

「……嫌じゃなければ、私と手繋ごう?」

 涼はへにゃりとぼくに笑いかけた。あ、あざとい! 何だよもう! 俺はとっくに涼に首ったけだよ!


「……別に、嫌じゃないし、涼の事も嫌いじゃない」

 ――と、言える訳がないので、僕はひねくれた台詞を呟いた。ん? 何でそんな上から目線なんだ? だから友達出来ねえんだよ、馬鹿!


「……好きでもないの?」

「ばっ、好きに決まってんだろ!?」

「え?」

 うわああああ! 引っ掛け! とんだ引っ掛け! 自滅とも言うね! 恥ずかしいね!


「えっと……今……」

 涼は顔を赤らめてそう聞き返した。何だ、狙ってやったのかと思ったら違うんかい。余計恥ずかしいね!


「……ああ、もう!」

 僕はやけくそ気味に涼の手を握り返した。このまで来たら突っ走るしかない。いけいけ、一松。お前はやれば出来る男だ……多分!


「だから、その……お、俺も、好きだよ。……涼の事」

「……まじっすか」

「まじっす」

 い、言い切ったああああ! よくやったよ、途中で諦めなくて良かったよ! 涙の数だけ強くなれるよ! アスファルトに咲く花のようにいいい! 別に泣いてないけど!
 よ、よし。とりあえず落ち着こう。僕は深呼吸をして、息を整えた。うん、色々と興奮し過ぎたね。


「……クッキー食べていい?」

 少し冷静になると小腹が空いていたので、僕は涼にそう尋ねた。


「うん!」

 涼が頷いたのを確認して、僕はクッキーを口に入れた。ちゃんといただきますは言ったからな。


「……うまい」

「それは良かった」

 甘すぎないし、食感もサクッとしていて食べやすい。流石である。


「……涼」

「何?」

 僕は食べる手を止め、涼の名前を呼んだ。


「……来年も、俺だけ特別?」

「ふふっ、うん! 一松くんだけ、特別!」

 涼は嬉しそうに僕にそっと寄り添った。可愛い。
 もちろん、僕の特別も涼だけだ。誰にも渡さないし、触らせてあげない。思い当たるだけで6つの試練があるが(おそ松兄さん、カラ松、チョロ松兄さん、十四松、トド松、涼の弟の杏)、何とか乗り越えるしかない。涼が傍にいてくれれば、僕は頑張れるから。
僕は頬を緩め、涼の頭を撫でた。らしくないが、たまにはいいだろう。こんなに幸せな事なんて、そうそう無いのだから。

 ――まあ本当にとんでもない試練だったのだが、それはまた別の話だ。





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