「よし、出来たっと……」
私はふうと、息をついた。 全く、一体誰がバレンタインなんて考えたんだろう。絶対企業の戦略でしょ、チョコである必要ないでしょ。まあそうは言っても、思いっきり乗っかってしまっているけど。
仕方ないじゃないか、欲しがる野郎が6人もいるのだから。お父さんと弟の杏も含めたら8人。これは倍返し、期待していいのかね? ん?
それでも律儀に手作りしてしまう辺り、大分毒されているとは思う。私は買った物でもいいんだが、どこかの馬鹿長男がうるさいんだよなぁ。
「涼、チョコ出来たの?」
なんてことを考えていると、お母さんがパタパタとキッチンに入ってきた。
「あ、うん。後はラッピングするだけだよ」
「ふうん……あっ」
お母さんは私の作ったチョコを見ると、頬を緩めた。
「このやけに大きいハート型のチョコケーキは誰のかなー?」
「……べ、別に誰のでもいいでしょ! 気にしなくていいよ!」
私はバッとチョコを隠した。改めてそう言われると恥ずかしいんですけどねぇ!?
「カラ松くんになら肉の方がいいんじゃないの?」
しかもバレてるし! バレンタインに肉て! 肉て!! 色々とおかしいでしょ!
「もう、お母さん!」
「あはは、ごめんねぇ。ラッピングの袋、テーブルに置いといたよ」
「ありがとう。あ、終わったら松野さん家行くから」
「はーい」
私はいそいそとラッピングを済ませた。メッセージは――うん、別にいいか。ほとんど義理だし。本命には直接言えばいい。
「じゃあいってきまーす!」
「いってらっしゃい」
玄関を出て階段を降りると、お父さんと杏が店番をしていた。お客さんは丁度いないようだ。
「お、涼。俺のチョコは?」
「姉さん、俺のも!」
お父さんと杏は手を伸ばして催促した。そんなにチョコ好きなの?
「はいはい、帰ったらね。じゃあいってきまーす!」
『いってらっしゃーい!』
私は軽くあしらい、そのまま駆け出した。学生時代――まあ今も学生だけど、好きな人も恋人も特にいなかった私にとって、バレンタインはそんなに重要なイベントではなかったんだけど、男子サイドはずっとそわそわしていたのだろうか。
確かにこの時期になるとおそ松くん達はもちろん、お父さんと杏も私の方をチラチラと見ている。まあお父さんはお母さんに縋ってたけど。プライドもくそもないよ、うん。
私は松野家の玄関の前に立ち、インターホンを鳴らした。さて、誰が出るかな。
「はいよー……お! 涼!」
「涼!」
「涼ちゃん!」
お、おそ松くんか……と思いきや、後ろに全員控えていた。目がギラギラと光っている。怖い。
「はーい、みんなお待ちかねの涼ですよー!」
『チョコを下さい!』
するとおそ松達は一列に並び、一斉に手を出した。だから怖いって。私が身を引いていると、不意に一松くんが顔をあげ、背後からカンペを出した。えー……なになに?
「くださいー? チョコをお恵みください涼様の間違えじゃないかなー?」
『チョコをお恵みください、涼様!』
「涼様!」
『涼様!』
「この卑しい牡豚にご褒美を!」
『この卑しい牡豚にご褒美を!』
え、えーと、もういいかな。ちらりと一松くんを見ると、親指を立てた。よし!
「仕方ないな……。ほーら、受け取れぃ!」
『うわあああ!』
私はそれぞれの手にチョコを投げつけた。これ、どういうプレイ?
「涼、さいっこうだったよ……ふひひ」
「そ、それは良かった……」
一松くんは怪しく笑い、チョコを振った。君はSかMかハッキリして欲しいね。
「流石だねぇ、お兄ちゃん新しい扉が開くところだったよ?」
「僕もゾクゾクしたよー!」
「いやその報告いらないから!」
私はおそ松くんとトド松くんにツッコミを入れた。もう何なんだよこの6つ子は。
「涼、開けていい!?」
「どーぞどーぞ」
十四松くんは私の返事を確認すると、袋を破ってその場で食べ始めた。あ、一瞬でなくなった。
「毎年ありがとね、涼ちゃん」
「どういたしまして」
チョロ松くんは比較的まともだが、昨年は私に猫耳を付けさせニャンニャン言わせた野郎だということを、今のうちに言っておく。
「ふっ……涼。俺の分を忘れてるぜ?」
するとカラ松くんが震えながらサングラスを掛け直した。おっといけねえ。
「あー……カラ松くんは……うん」
「え……? ないの……?」
「い、いや! そういう訳じゃないんだけど……」
1人だけ違うものだからここで渡すのは……あとシチュエーションがなかなかおかしいあの場面では渡すに渡せないよ、うん。
「カラ松、涼送ってけよ」
するとおそ松くんがあっけらかんとした様子でそう言った。
「え?」
「ほらほら、今日は用事あるって言ってたじゃん。早く帰りな!」
「あ、おそ松!」
おそ松くんは私とカラ松くんの背中をぐいぐいと押し、外へ出させた。
「えっと……ありがとう。おそ松くん」
「なーにお礼言ってんだか。じゃあまたな!」
おそ松くんはくるりと背を向け、ひらひらと手を振りながら去っていった。さ、さすが長男……さり気ない気遣いが完璧だ……!
「最近のおそ松……何かまともだな」
カラ松くんが呆然とそう呟いた。
「ま、まあまあ。いい事じゃん」
「それはそうだが……まあいいか。涼、チョコは?」
「ちゃんとあるよ。……あ、えっと、家で食べる?」
私がそう尋ねると、カラ松くんはこくりと頷いた。
家に帰ると、お父さんや杏、お母さんも何やかんや言っていたがそれを全部スルーし、カラ松くんを私の部屋に押し込んだ。全く、うちの家族はみんなお節介なんだよ! 恥ずかしいからヤメテ!
「はあ……ごめんね、カラ松くん」
「いや、いいさ。おばさん達は俺の事可愛がってくれてる訳だし」
カラ松くんは朗らかに笑った。こういう所、本当ただのいい人。
「そ、それよりチョコを……」
おいおい、涼ボーイ。君はどれだけチョコが欲しいんだい? チョコ大好きっ子ブラザーズなの?
「そんなに期待しないでよ……?」
私はそう前置きして、カラ松くんにチョコを差し出した。
「ありがとう。開けていいか?」
「う、うん……」
私が頷いたのを確認し、カラ松くんは箱をそっと開いた。
「あ、あれ……?」
「どうしたの?」
「いや、最初貰った時から思っていたんだが……このチョコ、おそ松達のと違う……」
カラ松くんは困惑気味にそう呟いた。こ、こいつ――まさか本気でそう言ってるのか……!?
「……そりゃそうでしょ」
「え?」
「だーかーらー! カラ松くんは特別に決まってるじゃん!」
私はバッと立ち、カラ松くんの肩をゆさゆさ揺らした。
「貴方は私の何なの? 恋人でしょうが! 恋人の為にはさ、張り切って作るに決まってんじゃん! つい大きくなるじゃん! ハート型とかにしちゃうじゃん!」
「涼……」
私はカラ松くんのおでこをペちりと叩いた。
「いてっ」
「もっと自信持ってよ。私のカラ松くん?」
私がそう言うと、カラ松くんはにこりと笑った。
「……そうだな。俺の涼!」
「私はカラ松くんの所持物じゃなーい!」
「ええ!? 理不尽!」
「冗談だよ!」
私はカラ松くんに抱きついた。
「結構頑張って作ったんだよ? 味わって食べてね」
「……涼、顔真っ赤」
「う、うるさいなぁ……」
私はカラ松くんから顔を逸らした。慣れない事はするもんじゃないね、もう。
「嫌だったら食べなくてもいいけど?」
「い、いえ! 喜ばしい限りです!」
「うむ、そうだろう!」
私達はくすくす笑い合った。こうやってカラ松くんとふざけるのは楽しい。まあカラ松くんとだったらどんな事でも楽しいけど。……あ、やっぱり今のなし。恥ずかし過ぎる。
「じゃあ、早速頂こうかな」
「あ、飲み物入れてくるよ。コーヒーでいい?」
そう私が立ち上がった時だった。
「だーめ!」
「うわっ」
カラ松くんは私の腕を引き、自分の胸元に寄せた。
「俺から離れるなよ……涼」
カラ松くんは私をぎゅっと抱き締めてそう囁いた。その瞬間胸がドキドキと高鳴る。こ、この――やりおるな、次男坊。不意打ちは卑怯だぞ!
「……何それ、いったいよねぇ!」
「トド松の真似か? そんな事言っても可愛いだけだぞ?」
「も、もう!」
私はカラ松くんの背中をパシパシ叩いた。
「あはは、痛い痛い。涼」
「何?」
「大好き」
カラ松くんは平然とそう言った。何なの、何なのなの、このラッシュは。もう嫌だよこの人。逆に失せろよ。うそ、このまま居て下さい。
「涼は?」
ん? 言うてみ? と言いたげな様子でカラ松くんが尋ねた。その得意気な顔に1発決めてよろしいでしょうか。
「は・や・く!」
「……はいはい、大好きだよ」
私がそう答えると、カラ松くんは満足そうに頷いた。
――まあ、貴方が思っている以上に好きだけどね。君の事。美味しそうにチョコケーキを頬張るカラ松くんの横顔を見ながら、私は静かに微笑んだ。