「お母さん、どうでしょうか!?」
私はお母さんにお手製のチョコを差し出した。
「うーん……」
お母さんはひょいっと口にチョコを放り込むと、もぐもぐと味わっていた。ど、どうだ――!?
「美味しい! 合格!」
「よっしゃー!」
お母さんがぐっと親指を立てたので、私は思わずガッツポーズをした。頑張って作った甲斐があったよ!
その後ラッピングを済ませ、出掛ける準備をしていると、お母さんが興味しんしんな様子で私を覗き込んだ。
「どこ行くの? 太一のとこ? それとも光子郎くん?」
「ううん、タケルくんのお家。太一さんたちは当日渡せばいいし。この前電話した時、チョコが欲しいって言ってたから」
ちなみに今日はバレンタイン前日である日曜日だ。平日は渡しに行くのは難しいので、タケルくんには一足先に渡すことにした。
「へえ……。モテるわね、湊海」
「あはは、そんなんじゃないよ」
タケルくんはお菓子好きだし、単にチョコが欲しいだけだろう。邪な気持ちなんて、ある訳がない。あんなに可愛いんだし!
「じゃあ、いってきます!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん!」
電車に揺られ、三軒茶屋まで向かう。駅の改札口では、タケルくんが待っていた。
「タケルくん!」
「あ、湊海お姉ちゃん!」
私が手を振ると、タケルくんは満面の笑みで手をあげた。
「ごめんね、待った?」
「ううん、大丈夫。ね、早く行こ!」
「うん!」
すると、タケルくんが私の方に手を伸ばした。
「手、繋ごう?」
「いいよー」
私は頷いて、タケルくんの手を取った。あれか、寒いからか。手袋してくれば良かったかな。
「タケルくんのお家、初めて行くね」
「会うのも久しぶりだよ」
「元気だった?」
「うん、でも湊海お姉ちゃんに会えなくてちょっと寂しかったかな」
タケルくんはそう言うと、私の手を強く握った。
「私も早くタケルくんに会いたかったよ」
「本当?」
「もちろん!」
「……えへへ、そっかー」
私のその言葉にタケルくんは嬉しそうに微笑んだ。可愛い。
「あ、もうすぐ着くよ」
タケルくんは近くの建物を指さしてそう言った。
「おっけー。そういえば、お母さんいるの?」
「ううん、お仕事入っちゃったみたいで今日はいない。でも、お兄ちゃんなら来るよ」
「え? ヤマトさんが?」
その意外な人物に、私は思わず聞き返した。
「うん。僕が昨日チョコ食べたいなーって言ったら、持ってきてくれるって」
「へえ……」
な、なるほど――。さすがブラコンの鑑。私も見習おう。
「はい、着きましたー!」
「おおー」
私は思わず声をあげた。ここがタケルくんの家か。いつかの約束は果たされたね!
「入って入って!」
「では、お邪魔しまーす!」
私は靴を整え、家の中へ入っていった。初めてのお家だから少し緊張するな……。
右往左往していると、タケルくんが椅子に座るよう促してくれた。すまないね。
「僕、飲み物持ってくるよ。コーラでいい?」
「ありがとう」
タケルくんはコーラを持ってくると、私の正面に座った。
「そ、それで、あの、湊海お姉ちゃん……」
タケルくんはちらっと私の顔を見た。珍しく恥ずかしそうにしている。か、可愛い……! 流石ヤマトさんの弟。やりおるな。
「ふふ、ちゃんとあるよ。はいどうぞ」
「ありがとう!」
私はバッグからチョコを取り出し、タケルくんに渡した。
「開けていい?」
「どうぞー!」
タケルくんはうきうきとしながらチョコのラッピングを解いた。そんなにチョコ欲しかったのかー。頑張って良かった。
「タケルくんって、昨年はどれくらいチョコ貰ったの?」
ふと気になった私はタケルくんにそう尋ねた。
「え? うーん……20個くらいかな。ちゃんと数えてはないけど」
「に、20個……!?」
私は思わず後ずさりした。ま、まじか。太一さんですら義理を含んでも数える程しか貰ってないのに――。あ、でもヤマトさんはどうなんだろう。同じくらい貰ってたりするのかな。
「どうしたの?」
その私の様子を不思議に思ったのか、タケルくんがそう尋ねてきた。
「あ、いや……タケルくんってモテるんだね!」
「あはは、湊海お姉ちゃん程じゃないよぉ」
「ええ……?」
お母さんもだけど、みんな何か勘違いしてないかな。そういえば、以前空さんたちにも言われたっけ。自分ではそんなつもり無いのに。
「湊海お姉ちゃんは、僕以外にチョコあげるの?」
「ああ、うん。太一さんたちにもあげるつもりだよ。お世話になってるしね」
「本命チョコは?」
「ほ、本命ぃ!? うーん……今のところは、いないかな」
私は苦笑いしてそう答えた。いつか私も渡す日が来るのだろうか。何か恥ずかしいから、当分来なくていいかな!
「そっかぁ……ならいいんだけど」
「え? 何が?」
「ううん、何でもない!」
タケルくんはにこりと笑うと、首を横に振った。
「あ、でも明日いっぱい貰うなら私のチョコじゃなくても良かったかな?」
「何言ってるの!」
私のその言葉に、タケルくんは身を乗り出して力説を始めた。
「湊海お姉ちゃんのチョコだからいいんだよ! 僕は湊海お姉ちゃんのチョコが欲しいの!」
「わ、私のチョコにそんな価値が……!?」
確かに頑張って作ったけど、味は絶対市販品の方が美味しいよ……!?
「だって湊海お姉ちゃんの気持ちがこもってるチョコは、これしか無いんだから。僕はこれが1番!」
「……ふふっ、うん。ありがとう」
私は笑顔でお礼を言った。そう思ってくれるなら、こちらとしても嬉しい。タケルくんは優しいなぁ。
そう和やかな時間を過ごしていると、不意にインターホンが鳴った。
「お邪魔しまーす」
「あ、お兄ちゃん!」
私たちは玄関までヤマトさんを迎えに行った。
「お、本当に湊海もいる」
「お邪魔してます」
ヤマトさんは「はいよ」と笑うと、箱を持ち上げた。
「約束通り、チョコを持ってきたぞ。せっかくだし、チョコケーキを作ってみた。みんなで食べるか!」
『わーい!』
私たちは手をあげて喜んだ。さっすがヤマトさん! 男前!
「タケル、これ母さんの分だから。帰ってきたら伝えといてくれ」
「分かった!」
ヤマトさんはケーキを綺麗に取り分けると、テーブルに並べた。それぞれ席につき、フォークを構える。もう匂いから分かるよ。これは美味しいと――!
「あ、そのチョコ湊海に貰ったのか?」
すると食べる直前、ヤマトさんが私のチョコを指さした。
「うん、いいでしょ?」
「俺にもくれよ」
「だ、だめっ! これは僕の!」
タケルくんは慌てて背中にチョコを隠した。
「はは、冗談だよ。タケルがそんなに慌てるなんて、珍しいな」
「もう、お兄ちゃん!」
「ごめんごめん。じゃあ、そろそろ……いただきます」
『いただきまーす!』
私たちは手を合わせ、チョコケーキを口に入れた。こ、これは――。
「美味しい! すっごく美味しいですよヤマトさん!」
「うん! お兄ちゃん天才だよ!」
私とタケルくんはヤマトさんを褒め称えた。甘すぎず、苦すぎず、食感もフワフワで完璧だ。ら、来年はヤマトさんと作ろうかな。当社比5倍くらい美味しくなる気がするよ。
「あはは、そりゃ良かった。いっぱい食べろよ」
『はーい!』
ケーキを食べた後、私たちは3人で遊んだ。 TVゲームをしたり、ボードゲームをしたり、人生ゲームをしたり――おっと、ゲームしかしてないな。
とにかく、とても楽しい時を過ごした。
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰ろうか」
「はい!」
私はヤマトさんに頷き、ゆっくりと立ち上がった。
「え? お兄ちゃんたちもう帰っちゃうの……?」
するとタケルくんが悲しそうに私たちの服の裾を引っ張った。
「うーん、外も大分暗くなってきたしなぁ……」
「ですね……」
私は窓の外を見た。気づけば時刻は夕方で、空も薄暗い。ちょっと夢中になりすぎたかな――?
「……また、来てくれる?」
タケルくんは私たちにそう尋ねた。
『もちろん!』
私たちは声を揃えて答える。その返事に、タケルくんはホッして手を離した。
「分かった。じゃあ、またね!」
「ああ、風邪ひくなよ」
「また遊ぼうね!」
こうして私たちはお台場へ帰った。ちなみにヤマトさんは家まで送ってくれた。お手数おかけします。
タケルくんはきっと、寂しいのだろう。ふと、お風呂に入りながらそんなことを考えた。
ヤマトさんとお父さんと別れて暮らしているし、私たちの中では1人だけお台場に住んでいないから、なかなか会えないし――。だから私たちのように、気軽に遊ぶことも出来ない。
これからはもっと頻繁に、電話掛けようかな。手紙を書くのもいいかもしれない。休みの日はヤマトさんや他のみんなを誘って遊びに行こう。
そうだ。今度会ったとき、チョコの感想を聞こう。ヤマトさんのチョコケーキには負けるけど、それなりには美味しい――はず。
「ふふっ」
私は思わずひとりで笑った。来年は、当日渡しに行こうかな。