湊海様がこちらの世界にきて、大分経った頃。私は日々が充実していた。
色々と大変な目には遭っているものの、湊海様が傍にいるだけで私は幸せだった。そんなある日のことだ。
「ラブラモーン……」
湊海様は暗い雰囲気を醸し出しながら、私に声を掛けられた。
「どうされました?」
「……みんなと、はぐれちゃったよ」
「えっ」
私は思わず言葉を詰まらせ、辺りを見渡した。――本当にいない。
「一体いつから……」
「分からない。ついさっきまでは一緒にいたんだけど……おかしいなぁ」
湊海様は顎に手を当て考え込まれた。その姿も麗しい。流石湊海様である。……と、今はそんな場合ではないか。
「とりあえず周辺を探してみましょう。案外近くにいるかもしれませんよ?」
「そうだね!」
私と湊海様は頷き合い、辺りを捜索し始めた。――しかし。
「お、おかしいな……」
もう30分は探し回っただろうか。にもかかわらず、太一さんたちはおろかデジモン1匹すら見つからない。私は額の汗を拭った。
私としては湊海様が居てくれれば何でもいいのだが、そういう訳にもいかない。湊海様は太一さんたちのことを大切に思っているし、私もアグモンたちを大事な仲間だと思っている。それに、この世界を救うには湊海様たち全員の力が必要だ。流石にこのまま離れ離れ――なんてことは無いだろうが、些か不安だ。早くどうにかしなければ……。
「ラブラモン、ラブラモンってば」
「あ、はい!」
私は慌てて返事をした。あ、危ない。少し考え込み過ぎていた。
「どうしたの? やっぱり疲れちゃった?」
「い、いえ。そんなことは……」
「いいよ。私しかいないんだから遠慮しなくても。ちょっと休憩しよう」
湊海様はにこりと私に笑い掛けられた。まさに地上に舞い降りた天使。女神とも言う。
「ありがとうございます」
私は湊海様に深々と頭を下げた。ここは湊海様のご好意に甘やかせて頂こう。
私たちは木の木陰でひと休みをした。時々吹く風が心地よい。
「……ねえ、ラブラモン」
「何でしょう?」
不意に湊海様が私に声を掛けられた。
「太一さんたち、大丈夫かな……? 他のみんなも私たちみたいにバラバラになってるんじゃ……」
「……確かに、その可能性はありますね」
私は思わず唸った。流石湊海様、聡明なお方だ。
「……タケルくんとトコモン、心配だな」
湊海様はそうぽつりと呟かれた。トコモンはまだ、進化が出来る状態ではない。――あの時、力を使い切ってしまったから。
今でも時々思い出す。タケルさんの叫び、エンジェモンの最期の笑顔。私が無力なばかりに、タケルさんに悲しい思いをさせてしまった。……いや、タケルさんだけではない。湊海様も、他の皆さんも、辛い思いをしただろう。
特に湊海様は、責任を感じられている。側にいたのに何も出来なかったと。出来なかったのは、私の方だと言うのに。
「……ラブラモン?」
「……いえ。きっと、皆さん無事ですよ。もしかしたら、はぐれたのは私たちだけかもしれませんし」
「……うん」
所詮気休めというやつだ。それでも、言わないよりはいい。湊海様に少しでも安心して欲しかった。
「……よし!」
湊海様はじっと考え込まれていたが、何かを決意したようでお立ちになった。
「みんなを探しに行こう! きっと私たちのこと、心配してるよ。周辺はもう探し尽くしたから、他の場所を探してみよう!」
――そうだった。私は思わずふっと笑った。湊海様はこういう方だった。どんな困難があろうと、必ず前を見て進んでいく。……私の大切なパートナー。
「……はい!」
私は大きく返事をした。湊海様となら、何だって出来る気がする。
「そうはさっせないよー!」
「何!?」
その第三者の声に私たちは思わず身構えた。一体どこから――? 私は周りを見渡した。
「ここだよ、こーこ!」
上か……! 私はバッと空を見上げた。そこには見慣れないデジモンが楽しそうに箒に乗っていた。
「湊海様、下がってください!」
湊海様には、指1本触れさせない……! そのとき、湊海様のデジヴァイスと、私の体が光を放った。
「ラブラモン進化ー! シーサモン!」
私は湊海様と距離をとり、そのデジモンと向き合った。彼女はにっこり笑うと、徐々に私に近づいた。
「……私たちを離れ離れにさせたのは、貴女ですね?」
「お、なかなか鋭いねぇ。私はウィッチモン。一応、エテモンの部下になるかな?」
ウィッチモンは丁寧に自己紹介をしてくれた。別に名前までは聞いてないが――まあ、いいか。
「エテモンの命令で全員をバラバラにする予定だよー。まずはこの子から。理由はね……1番可愛かったから!」
「湊海様が可愛いのは世の常です!」
私はウィッチモンに牙を向けた。全く、何を言ってるんだか……湊海様ほど可憐な方を私は今まで見たことがない。
あ、でも1番可愛いって言っていたな。湊海様の魅力は分かっているのか。それなら、よし。
「おっと、大分いっちゃってるねー。ちなみに私、君の心の声聞こえてるから」
「そうですか」
別に聞かれて困るようなことは考えていない。ご自由にどうぞ。
「ま、まじかぁ……」
ウィッチモンは引き気味にそう呟いた。敵ながら、面白い方だ。
「……まあ、いいや。集中出来ないから戦いの間は心の声は聞くのやめるよ。フェアじゃないしね」
「……あくまでも、戦うおつもりですか」
「とーぜん! じゃあ、いっくよー!」
そう言うと、ウィッチモンは空高く舞い上がった。
「バルルーナゲイル!」
「ティーダ・イヤ!」
お互いの必殺技がぶつかり、激しい爆発が起こる。
「おお、なかなかやるね! じゃあこれはどうかな……アクエリープレッシャー!」
「石敢当!」
私はバリアを貼り、ウィッチモンの必殺技から身を守った。しかし――。
「あっまーい!」
「何!?」
ウィッチモンの必殺技は私のバリアを突き破った。咄嗟に避け、何とか事なきを得たが……。私はウィッチモンをぎっと睨んだ。
「あははーごめんね。今のは、かったーい鉄も貫く超高水圧の攻撃なんだ! 君のバリアなんて、へでもないよ!」
「……ご親切に、どうも」
つまり、ウィッチモンにバリアは通用しない。動きも素早いし、私に倒し切れるか――?
「そしてそしてー! 君の弱点は、彼女と見た!」
すると、ウィッチモンは湊海様のことを指さした。おい、失礼だからやめろ。
「湊海様は私が必ずお守りします! ティーダ・イヤ!」
私はウィッチモンに必殺技を放った。やられる前に、やってやる……!
「そりゃそうだろうねー。だから、こうするのさ」
ウィッチモンは指を鳴らすと、勢いよく風が吹き始めた。すると私の攻撃が、湊海様の元へ向かっていく。こ、こいつ……!?
「湊海様!」
私は全力で駆け出した。くそ、このままじゃ間に合わない――!
「シーサモン、慌てないで! あれだよ、あーれ!」
しかし湊海様はいつもの調子でそう叫んだ。あれ……、あれ……。
「……そうか、石敢当!」
私は湊海様の前にバリアを貼った。ウィッチモンには効かないこの技も、こういう時は役に立つ。何とか湊海様に傷をつけることは無かった。あ、危なかった――。
「ありゃあ、君のパートナー随分優秀だねぇ」
私がほっと胸を撫で下ろしていると、ウィッチモンが驚いた様子でそう言った。
「当たり前でしょう。湊海様を何だと思っているのですか? 神と言っても過言ではありませんよ……?」
私はゆらり、ゆらりとウィッチモンの元へ向かった。――湊海様に手を出した奴は生かしておけない。……さあて、どういう風に始末しようか。
「おっと……これはいけないスイッチを踏んだ感じかな……?」
「ティーダ・イヤ!」
私はウィッチモンを無視して、必殺技を放った。
「ば、バルルーナゲイル!」
ウィッチモンが慌てて風を放つ。しかし、私の矢は留まることをしらない。いいぞ……もっとだ――。
「バルルーナゲイル! バルルーナゲイル! バルルーナゲイル!」
ウィッチモンは必殺技を連発したものの、焼け石に水。全く意味はなかった。
「……あっれー?」
「これで終わりです! ティーダ・イヤ!」
私はトドメに再度矢を放った。
「う、うわああああ!」
ウィッチモンは光の矢を浴び、悲鳴をあげた。そのまま地面にヨロヨロと落ちていく。――ふむ。消えなかったところを見ると、そこまで邪悪な存在ではないらしい。まあいいや。放っておこう。
「湊海様!」
私はラブラモンに退化し、湊海様に駆け寄った。
「ラブラモン、お疲れ様!」
「いえ、私は何も。それより湊海様、先程はありがとうございました」
私は湊海様に頭を下げた。私が守らなければいけないのに、いつも助けて頂いてばかりだ。今後はもっと努力していかないと。
「あはは、あれは咄嗟に思いついただけだよ。上手くいって良かった」
湊海様はにこりと微笑まれた。あれを咄嗟に思いつくとは――流石湊海様。もう一生ついていきます。
「だ、だから、君……。その思考が危ないんだって……」
すると背後からウィッチモンが顔を出した。随分復活が早いな。
「またやられたいのですか?」
「あー違う違う」
私がさっと手を構えると、ウィッチモンは首を横に振った。
「楽だからいいかと思ってたけど、こう痛い目に遭うなら、エテモンの部下なんてやめるよ……。もうコリゴリだ」
「うんうん、あの猿はろくな奴じゃないからやめた方がいいよ!」
湊海様はニコニコとウィッチモンにそう仰られた。先程まで敵だったというのに、湊海様の優しさは無限大だ。
「おー本当可愛い。そりゃ君が忠犬ハチ公になる訳だ」
ウィッチモンは感心したようにそう言った。何を言ってるんだか――私は生まれた時から湊海様の犬だ。
「ひ、ひええ……君、絶対心の声口に出さない方がいいよ」
「そうですかね?」
「そうですよ!?」
ウィッチモンは「全く……」と苦笑いをした。何もおかしい事は考えてないが、一応従っておくか。
「そうしてくださいね……。さーて、湊海たちを他の仲間の場所に戻してあげるよ」
「本当に!?」
「お詫びも兼ねてね」
ウィッチモンはウインクすると、私たちに向かって杖を構えた。
「今度会ったら、一緒に遊ぼうねー」
「うん、ありがとう! ウィッチモン!」
「色々とお世話になりました」
私は一応頭を下げた。戻してくれる事は、感謝しよう。
「君、それちょっと皮肉入ってるよね。……ま、まあ、いいや。じゃ、いっくよー!」
ウィッチモンが杖を振ると、目の前の景色がぐるぐると駆け巡った。酔いそうだったので思いきり目を瞑る。
「湊海! ラブラモン!」
ゆっくり目を開けると、そこには太一さんたちがいた。慌てた様子で私たちに駆け寄ってくる。どうやらここは湖の前のようだ。全然違う場所に飛ばされたのか――全く気づかなかった。やるな、ウィッチモン。
「今までどこに行ってたんだよ!? 心配したんだぞ!?」
「す、すみませんでした」
太一さんはガクガクと湊海様の肩を揺らした。心配な気持ちは分かりますが、少し落ち着いた方がいいですよ。
「太一、湊海ちゃんが何の理由もなくいなくなる訳ないでしょ?」
すると空さんが太一さんを宥めた。さすが空さん、太一さんのお目付け役なだけありますね。
「んなこと分かってるよ……何があったんだ?」
湊海様は太一さんたちに事情を説明した。私も時々相槌を打ち、補足で説明をする。最も、湊海様の説明は完璧だったので、私が口を出すまでも無かったが。
「そうか……。まあ、とにかくお前らが無事で良かった」
話を全部聞いた太一さんは、ホッとしたように息をついた。
「今日はここに野宿することになったから、湊海とラブラモンは休んどけよ」
「ありがとうございます……」
湊海様は珍しく弱々しい様子で頷かれた。流石にお疲れになったのだろう。
という訳で私たちはヤマトさんのお言葉に甘え、湖のほとりに座り込んだ。ちなみに他の皆さんは夕食の準備をしている。私も後で手伝いに行くとしよう。
「ねえ、ラブラモン」
「何ですか?」
私は湊海様の方を向いた。
「今日は大変だったけど、楽しかったね」
「そうですね」
私たちは笑い合った。湊海様と2人きりというのはあまりないので、ウィッチモンの一件を除いては楽しかった。まあ結局彼女も悪いデジモンでは無かったし、結果オーライというところか。
「……また、2人で冒険しようね!」
「ええ! 湊海様となら、どこまでも!」
――私は最後の最後まで、貴女の傍に居続けます。 例え貴女が元の世界に帰られたとしても……私はずっと、貴女の犬です。