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08. 路地裏スニーキング


ラジオの電波に乗ってジョウト中に、いや下手すると世界中にロケット団の声明がばら撒かれた。その発信地であるコガネシティは、当然ながら混乱の渦に飲みこまれている最中だった。
ポケモンセンターを出ようとすると、逃げるように駆けこんでくるトレーナーたちとぶつかった。こういう緊急事態の際にはポケモンセンターが避難所のような役割になっているのだろうか、だとしたらこの外は一体どんなことになっているのか。
ひとつ深呼吸をしてから外へ出ると、そこはいつもと変わらないコガネシティ。けれど視界の隅にちらりと黒が見えた。ロケット団だ。見つからないようシャワーズと一緒に間一髪で路地裏に滑り込んだ。奴らは数人、あの黒い制服のまま我が物顔で歩いている。時々耳元の通信機器のようなもので誰かと連絡を取りながら、何かを探すように辺りを見回す。奴らはどんどん近付いてくる、ついにこちらに視線が向きそうになったところでロケット団員を観察することを止め、あたしは完全に路地裏に身を隠した。
……あのラジオ放送からほんの数分で、こんなにも堂々と。警察はこの非常事態に一体何をしているんだ、とあたしはガーディを連れたひげ面のおじさんを思い浮かべる。コガネシティの周辺でよく見かけたあの人たちが仕事をしているところはあまり見ていない、ただ夜中に出歩いている子供に早くポケモンセンターへ行くよう注意しているだけだった。けれど、こういう時こそ働き時じゃないのか!? あいつら今のままだとただの子供見守り隊で終わるぞ!?
そういえば警察署ってここにもあるんだっけ、とタウンマップを開こうとしたところで女の悲鳴が耳に届いた。また路地裏から顔を出すと、ポケモンセンターの自動ドアが開いている。悲鳴はその中から聞こえてきたようで、一緒に物が倒れるような音やポケモンの鳴き声らしき音も聞こえる。やがてひとりでにドアは閉じられ、ポケモンセンターの中からの情報は完全に遮断されてしまった。
なんだ今の、まさかさっきのロケット団が……? ポケモンセンターの中で行われていることを想像して、生唾を飲みこむ。こちらに近付いていたあの黒ずくめたちの姿はもうない、奴らはポケモンセンターの中で何をしている?
嫌に自分の呼吸音が気になる。緊張感の中に、ほんの少しの恐怖が紛れ込む。もうここまで来るとテロリスト集団だ。この世界で最も重要な施設のうちのひとつであろうポケモンセンターが、ロケット団の手に堕ちてしまった……そう想定できるような場面に遭遇してしまった。
意識して呼吸を落ち着かせていると、また別の場所で誰かの悲鳴が上がる。いや、怒号か? とにかく複数の叫び声と、何かが暴れる音。ポケモンセンターだけではない、他の場所でも同じことが起こっている。
ロケット団は、コガネシティ全体を占拠しようとしている……なんて、考えただけでも壮大過ぎる。一度解散した、ボス不在の残党集団にそんなことをするだけの力が残っているのか。ボスの帰還と団の完全復活を夢見て地下に潜っていたはずなのに。チャンピオンと複数人の子供が侵入したことでそのアジトも手放したというのに。
やっぱり、ここにもあったんだ。あたしが見逃していた、あいつらの拠点が。そして、チョウジで大量の新人下っ端を入団させていたのと同じように、ここでも。
ふらふらと、ポケモンセンターの前まで吸い寄せられ……途中で足を止めた。中にいるロケット団は数人程度のはず、そのくらいならあたしとポケモンたちでどうにでもできそうだ。隣に並ぶシャワーズも完全に臨戦態勢で、ポケモンたちと言わずこいつだけで事足りるだろう。
けれど、今目指すべきはここではない。ここを救っても、きっとキリがない。今のロケット団が一体どの程度の規模なのか想像がつかない、コガネシティのような大都市を占拠しようとしているならかなりの人数であることくらいしかわからない。この日に向けて、チョウジのアジトで行っていたのと同じように団員を増やしていたはずなのだ。ポケモンセンターに入った数人を倒したところで、また別の下っ端たちが現れるだろう。そうなるとあたしはここで長い間足止めを食らうことになる。
……また、誰かの声が聞こえる。今度は悲鳴などではなく、ただの話し声。……その内容はただの会話ではなさそうだ、視界の隅にやはりあの黒を捉えた。
シャワーズは既に殲滅対象を変えていて、近寄る黒い影に焦点を合わせている。あたしはそんな彼の背を軽く撫で、こちらを向いた鋭い顔つきに向かってただひとつ頷く。それだけでトレーナーの意を汲み取ってくれた、少し不満げにその痛いほどのオーラを弱めてくれた。ありがとう、後でちゃんと暴れさせてやるから。
もう一度シャワーズの背を撫でてから、彼を一旦ボールの中に戻した。隠れて行動するならあたしひとりの方が都合がいい。黒ずくめからこちらの姿を捉えられる前に、目的地へと向かうため路地裏まで走った。

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