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01. 怪しい気配


ポケモンセンターを出ると、狙いすましたかのように吹いた風に身を震わせてしまった。今身に着けているのはパーカーにスタジャン、下はシンプルにデニムパンツといつものスニーカー。適度に防寒しつつ、それでいて動きやすく。氷の抜け道を抜ける際に身に着けていた防寒具を含む大きな荷物たちは、次の目的地となる町のポケモンセンターへと配送する手続きを既に済ませてあった。あとは、あたし自身がそこへ向かうだけ。
「クロバット、まずはコガネシティまでよろしく!」
連れていたクロバットに声を掛けつつ、スタジャンの前を閉じて、ゴーグルを装着した。ここから始まる新たな目的へと向けて、まずは空の旅から始めよう。
ジョウト地方のジムバッジを全て集めた、その次に取り掛かるのはロケット団のアジト探しだ。ヒビキはまだあたしの旅には追い付いていないようだけれど、ヒビキがロケット団を再び解散させるであろうその前に何とかしてあたしがロケット団を見つけて、サカキに会う。……きっとそれは、あたしがやるべきことだから。
ヒワダタウンのヤドンの井戸での一件から今までロケット団の噂は耳に入ってはいないから、あれからは特に大きな騒ぎは起こしていないらしい。ジムバッジを手に入れることを最優先にしていたこともあってアジトの場所の手掛かりもほとんど得られていないけれど、最初に調べたい場所はある程度決まっていた。やっぱりコガネシティはジョウト地方でいちばんの大型都市だし、それに前に訪れたときに怪しい場所を発見している。今度は誰にも見つからないように、必要ならば実力行使しつつ調べようと思う。
気持ちを新たにしつつ、わざわざ低空飛行しながらあたしに背を向けているクロバットの頭に手を置く。実はクロバットに乗って空を飛ぶときには、トレーナー側に少しテクニックが必要だ。角のような耳のような部分の根本を持ち、太ももや膝でクロバットの全身を挟み込むようにしながら全身をクロバットの背中にくっつける。そうしないと空を飛んでいる途中にそのけた外れのスピードによって生まれる風圧で吹き飛ばされてしまう。
ちなみに安全な空の旅を送るためにクロバットにそのスピードを落としてもらう、ということはしない。それに慣れてしまえばスリル満点のアトラクションだ、もし振り落とされたとしても彼女ならきっと死に物狂いで助けてくれるだろう。
今回もちゃんと手順を踏んでクロバットに乗る。顔はここから見えなくてもけらけらと笑っているのが振動でわかる。どうやらあたしにべったり触ってもらえるのがかなり嬉しいらしい。……本当は空を飛ぶポケモンに装着させることでトレーナーが乗りやすくなるという器具があるという話だけれど、このクロバットのはしゃぎようを見るとそれが活用される日はきっと来ないだろう。それに使うとき以外にかさばりそうだし。
「よし……じゃあ、『空を飛ぶ』!」
準備が整って、クロバットは待ってましたと言わんばかりに勢いをつけて飛び上がる。ぐんぐん高度が高くなるほどにフスベシティの町並みが、ポケモンセンターやジムなどの施設のほかは黒っぽい茅葺屋根がちらほら見える程度の集落とも言えるほどの町並みが、どんどん小さくなっていく。
ある程度高度を上げると、クロバットはその場で留まった。これからどの方向へ飛ぶのか、あたしの指示を待っている。
朝日を背にして遠くまで見回すと、左前方に際立って鮮やかな紅葉が見える。この季節になると他の場所の木々も徐々に色付いているけれど、ゴーグル越しにでもよくわかるほどあんなに完璧に色付いているのはきっとあの場所くらいだ。だとしたらコガネシティは……。
さらに視線を左にずらしていくと、海岸線沿いにびっしりと灰色が敷き詰められているのが見えた。さらに左には、びっしりと敷き詰められた緑。……あそこだ、あの海岸線沿いだ。
「……クロバット、あそこ! あの灰色のところまで行くよ!」
上空に吹き荒れる強風に負けないように大声を張り上げる。それを至近距離で聞いたクロバットは目的地を確認して、間髪入れずに飛行を開始する。空を切り裂くような速さに必死に耐えながら、束の間の空の旅を楽しむことにした。
――その、ほんの十数分後。
「うわっ!?」
何もない空の上、あたしを乗せたクロバットは急にその場で停止してしまう。その反動で振り落とされそうになりながらも何とか耐えた。今のは本当に危なかったぞ……!
「クロバット! 急に止まると危な…………クロバット?」
うっかり死にかけたことについて非難しようとすると、クロバットの身体が僅かに震えているのに気が付いた。飛ぶために翼を動かす反動によってではなく、変に力が入ってしまっているような……とにかく不自然だった。
「何かにぶつかった……わけでもなさそうだけど、どこか痛む?」
聞きながらも、そんなことはないはずだと頭の中で否定する。フスベのポケモンセンターを出る前にクロバットを含め手持ちのポケモンは全員ジョーイさんに見てもらっている。もちろんそこで何かしらの異常が発見されることはなかった。ここまで来るのにも同じく空を飛ぶ野生のポケモンに鉢合わせることもなく、至って順調な空の旅だった。
クロバットはあたしの問いかけにうんともすんとも言わず、ただ身を固くしている。ここからではその表情を窺うこともできない、とにかく早く地上に戻ってちゃんとクロバットの様子を確認したい。とはいえコガネシティまではまだまだ距離があるし……。
「……よし! 一旦下りよう! ほらあそこ、とりあえずあそこまでは頑張れ!」
目に入った、今いる場所からいちばん近い赤い屋根を目指すように声をかける。渋々ながらそこへ向かってゆっくりと降下するクロバットに、あたしはまた違和感を覚えていた。

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