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06. 下っ端危機一髪


中央管理室を壊滅状態にした後は、とりあえずアジト内の自室へ向かい自分の荷物を全て持ち出した。あそこまで派手なことをしてしまえばこれ以上ロケット団に潜入することは不可能だ、この混乱に乗じて逃げてしまうに限る。けれどその後アジトを脱出するというわけでもなく、あたしはこのアジトに潜入したときと同じように荷物の入った黒い袋を持ってまだロケット団の下っ端に成りすましている。
ペルシアン像が機能しなくなりサイレンも止んだとはいえ、アジトの中は不自然なほどに静まり返っている。人の気配が微塵も感じられない。これは好都合とアジトの物色を始めてしばらく経った今も誰とも鉢合わせることはない。
あの侵入者たちは今どの辺りにいるだろう。ここより下の階の実験施設か、それとも最深部のボスの部屋か。もしかするとヒビキなんかは幹部の誰かとバトルでもしているかもしれない。それならば助太刀に入るというのもアリだけれど……今はあたしにもやることがある、まずはそちらを遂行してからだ。
誰もいない通路を歩きながら、手当たり次第に扉を確認していく。そのほとんどはしっかり閉じられていて、鍵も持たずパスワードも知らないあたしはポケモンの技かなにかで無理やりぶち抜かない限りその中に入ることはできない。……いや、うちのポケモンたちならぶち抜けそうだけど、さすがにそれは……うん、駄目だよな。こんなに立派な施設だとはいえここは地下、生き埋めはごめんだ。
黙々と通路をひとり進んでいると、視線の先に開いた扉が見えた。きっと下っ端の誰かが逃げるのに夢中で施錠を忘れた、というところだろう。とにかくラッキーだ、不安定に開いたままゆらゆら揺れる扉に手をかけ、本当に辺りに誰もいないか確認してから部屋の中へと足を踏み入れた。
――部屋の電気も点けっぱなしのまま、やはり人の気配のないそこはどこかの会社のオフィスのようだ。規則的に並んだデスクに、ひとつずつパソコンが設置されている。試しにひとつ電源を入れてみたけれど、ただまっさらな画面が映し出されるだけだ。……たぶんこれ、データ全部消えてるよな。アジトを脱出する前に全部抜き取って行ったのか。ということは、きっとほかのパソコンも同じような状態だろう。一足遅かったか……。
溜息をつきながら視線を落とすと、デスクの引き出しが目に入った。また試しに上の引き出しから開けてみると、やはりその中は空っぽ。その下も同様に中身が抜き出された状態で……。
「……あ」
一番下、他のものより大きめの引き出しの中に紙の束が見えた。早速取り出すとそれは何十枚かの書類が束になってクリップで留められており、あたしはデスクに腰掛けて早速その書類を確認してみた。
『ブラックリスト』……ロケット団にとっての要注意人物のリスト、だ。適当にパラパラとページをめくっていると、あたしの名前を見つけた。一緒に描かれてある似顔絵はゴーグルを付けたままであまり意味を成していないけれど、名前のほかにヤドンの井戸で一緒にいた手持ちのポケモンの情報やヒビキとの関係についてなどしっかりと書かれてある。
もしかしてと1枚ページを戻してみると、ヒビキについての記載もあった。当然だ、ヤドンの井戸の時は元々ヒビキがロケット団に向かっていたんだし、今もあいつはロケット団の活動の邪魔をしていることになる。あたしのものとは違って似顔絵は本人によく似ていて、記載されている個人情報も明らかに多い。……どうやらヤドンの井戸以外でもロケット団と争ったらしい、これはもう主人公の宿命というやつか。
そのままヒビキについての記載を読み進めていくと、なんとコトネについての情報まであった。歌舞練場でヒビキと共に活動を妨害、とあるけれど……歌舞練場といえばエンジュシティ、そういえばエンジュで2人は一緒にいたんだっけな……。どうやらヒビキとロケット団の争いに巻き込まれてしまったらしい。……さすがに今は一緒にいないよな? あの子はあんまりバトルをしないらしいから少し心配だ。
とりあえず最後まで一通り目を通してみようとまたパラパラとページをめくっていると、ふとその手が止まった。止まったそのページに記載されているのは、『赤髪の少年』という人物。似顔絵はない。……様々な場所で、団員に難癖をつけて活動を妨害する。どう考えてもシルバーのことだけれど、あいつそんなこともしてたのか。この字面だけ見ると完全にただのヤンキーだな……。
その場面を想像して思わず吹き出しながらさらに読み進めていると、その少し浮ついた気持ちが一気に冷めてしまった。背筋が冷える。
全てパソコンで入力したような文字列の最後に、後から手書きで付け加えられたらしい『ボスのご子息?』という赤い文字。シルバーのことが、サカキの息子の存在が、ロケット団に既に知られている!!
ブラックリストはまだまだ続くようだけれど、残りを読むのは止めにして全てまとめて脇に置いていた袋に詰めてしまう。細かく内容を確認するのは後だ、それより今シルバーは無事なのか!? ただの侵入者じゃない、ボスの息子だ。そりゃあもう大層なVIP待遇で下手な扱いは受けないだろうけれど、そのあとどうなる。奴らはシルバーに父親の居場所を尋ねるだろうか。あたしはシルバーがサカキの居場所を知らないと踏んでいるけれど、もし知っていた場合、シルバーはロケット団に父親の居場所を素直に教えるだろうか。……そして、結局サカキが見つからなかった場合。シルバーは、どうなるだろう。
……駄目だ、早くシルバーをこのアジトから引き離さないと。下手するとあいつ新しいボスに仕立て上げられるぞ!
いくらあいつがワニノコ泥棒だからって、ロケット団のボスだなんて、そんなものになりたいはずがないのに。万が一なりたいんだとしたら、ブラックリストにあったようにロケット団の活動を邪魔したりしないだろうし、アジトに足を踏み入れるのにもこそこそする必要はない。
それにあたしは、あいつがただの悪人だとはもう思えないのだ。あいつ……いや、あいつのポケモンが何よりもそれを物語っていた。何度かシルバーのポケモンとは顔を合わせていたけれど、あいつらはシルバーのことを自分のトレーナーだとちゃんと認めているようにあたしは感じていた。シルバー自身はあまり自分のポケモンに愛情を注いでいるようではなかったけれど、それでもポケモンたちは自分のトレーナーに確かに愛情を注いでいたはずだ。だってシルバーと一緒に旅をしているあいつらは、とても活き活きとしていたんだから!
途中行く手を阻むキャスター付きの椅子を蹴飛ばしながら、急いで部屋を出ようとドアまで駆ける。とにかくシルバーを探そう、それかあたしがアジト最深部まで潜ってロケット団をぶっ潰そう。早く、シルバーがロケット団に見つかってしまう前に……!!

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