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最初に案内された部屋にひとまず荷物を仕舞ったあと、あたしはまだ男の後ろをついて歩いていた。どうやらあたしはこれから新入りの下っ端として上司に挨拶をしなければならないらしい。そしてあたしは……というよりあたしが着ているロケット団の制服を着るはずだったあの女の人は、その約束の時間に遅れていたようだ。
――って、さてはあの人、ロケット団に入る直前で逃げ出したんだな?
アジトの中で制服を渡されて、着替えて来いとでも言われてそのまま急いで逃げ出した……そんなところだったんだろう。元々ロケット団になる気でいたのが急に気が変わったのか、無理やりここまで連れて来られて何とか逃げだしたのか。ぶつかった一瞬しか姿を見ることができず顔もよく見えなかったあの人は、アジトから逃げ出した後は一体どうしているだろうか。あたしがあの人の代わりにここにいる以上ロケット団に追われるということもないだろうから、無事でいるとは思うけれど。
そんなことを考えつつ無言で歩いていると、ついに目の前の男が立ち止まる。『中央管理室』……男の目線の先にある自動ドアらしきものの横の壁に付いているプレートには、そう書かれてある。男がプレートの横の小さな機械をいくつか操作すると扉が開いた。
「ラムダ様、遅れていた新入りを連れて参りました」
「……お、ご苦労さん」
部屋の中にいたのは、机に軽く腰掛けた紫髪の男。ラムダ様と呼ばれたその男があたしの上司になるロケット団の幹部、ということらしい。服装はあたしのものと似た黒ずくめのものだけれど、所々デザインが違う。そして腰のベルトに取り付けられているものは……メイクブラシ?
じろじろとラムダを観察していると、ここまであたしを案内してくれた男に肘で突かれる。ああいけない、あたしは新入りのくせに上司の約束に遅れた馬鹿な下っ端だったんだった。ここはさっさと謝っておこう。
「えっと、ちょっと迷っちゃって……すみません」
「いいっていいって、新入りだから仕方ねえよな。けどこれからは気を付けろよ」
あれ、思ったより軽い反応だ。下げていた頭を戻すと、にやにやとした笑みで見られていた。……うん、優しいというより飄々としてる感じだな、この人。それにロケット団の幹部が優しいわけなんてないか。
「じゃ、改めて……」
咳ばらいをしたラムダはあたしに向かって手をひらひらと振る。あっちへ行け、と言われているような。改めて部屋の中を見回すと、壁沿いにずらりと並んだロケット団員がいるのに今更気が付いた。……あそこに並べってことならそう言えばいいのに。
そそくさと十数人ほどの黒ずくめの集団の列に加わると、ラムダはようやく机から腰を下ろしてあたしたちに向かい合う。肩を回して猫背気味の姿勢をわざとらしく正している。
「俺はロケット団幹部のラムダ! 新入りの下っ端のお前らには、俺の下に付いてもらう!」
幹部様のお言葉を聞きながら、あたしはこっそりと隣に並ぶ新入りたちに目を走らせる。みんな帽子を深くかぶっていて表情は見えないけれど、服装からして男ばかりで女はあたしだけだ。一応、同僚ってことでいいんだよな?
「お前らの主な仕事はこのアジトの見張りだ。侵入者がいたら真っ先にすっ飛んで……まあ、足止め程度になれれば上出来だな」
そうですね、見張り増やさないとあたしみたいな侵入者がじゃんじゃん入ってきますからね!
――そんな軽口を叩きたくなってきて、我慢した。駄目だ、ここであたしのいつもの調子でいると早々にボロが出る。気を引き締めて、大人しい女の子にでもなっていよう……。
「詳しいことはこいつに聞けよ、お前らの先輩だ」
そう言って、ラムダはここまであたしを連れてきた男の肩を叩く。
「……ってことで、後はよろしく頼むぜ」
「はい、ラムダ様……」
また男の肩を叩いて、ラムダはさっさと部屋から出てしまった。
幹部へのあいさつと言うからには色々話さなくてはならないのかと身構えていたのに、正直拍子抜けだ。それにあたしのほかの新入りはまだひと言も発していない。
改めてあたしの隣にずらりと並ぶ新入りたちを見る。……みんな同じ格好で、表情もよく見えない。
一瞬、全員同じ人物であるかのような錯覚に囚われる。いや、そんなはずはない。確かに同じ格好をしているけれど、よく見れば全員別人だ。別人なのに……。
その異様な想像のせいか、唐突に不安が襲ってくる。そうだ、今まで忘れていたわけではないけれど、こいつらはロケット団だ。金儲けのために数々の悪事を働くような組織、そしてここはゲームの中とはまるで違う世界。それにあたしは主人公ですらない、危ないときに都合よく助けてくれるお助けキャラなんていないのだ。……本当に気を引き締めないと、やられる。
咳払いが聞こえ、あたしは思考の渦から解放される。落ち着いて目線を先輩の男へと戻す。
「……というわけだ。それではここから詳細な説明に入る」
淡々とした男の説明を聞きながら、あたしは少しだけ、本当に少しだけ、思い付きでここまで来てしまったことを後悔した。


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