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つまりは、こうだ。
ラジオ放送からロケット団による声明が流れたとき、アカネちゃんはコガネ百貨店の中にいた。丁度お昼時でジム戦も休憩時間だったらしい。放送を聞いてすぐさまラジオ塔へ向かおうとすると、そこへロケット団がやって来た。他の施設と同じように占拠するつもりだったのだろう。そこでアカネちゃんはコガネシティのジムリーダーとして、町を守るため、コガネ百貨店の中にいる人やポケモンの不安を取り除くため、たったひとりで大勢のロケット団を相手したのだ。しばらくしてロケット団退治を終え、今度はラジオ塔へと向かうためにこの地下倉庫から地下通路へと行く途中にあたしたちと遭遇した、ということだ。ちなみにこの地下倉庫は元々コガネ百貨店のもので、偶然地下通路の近くにあるもんだからついでにつなげてしまったらしい。この存在を知っているのはコガネ百貨店の一部従業員とコガネシティの一部お偉いさん、当然ラジオ塔の局長やジムリーダーも知っている。けれど現在はほとんど使われておらず、だからこそロケット団に乗っ取られてもすぐに気付けなかったわけだ。
その話にうんうんと相槌だけ打ちながらアカネちゃんの後を付いて行く。丁度話が終わるのと同時に目の前に扉が現れた。よくあるステンレスのドアノブの付いた、本当によくあるドア。いよいよこの先がコガネ百貨店に繋がっているということだろう。立ち止まったアカネちゃんはひと段落付いたとばかりに大きく伸びをした。漏れ出た声には僅かに疲労が滲んでいて、たったひとりでのコガネ百貨店防衛がどれほどの労力を要するものだったのかが窺える。
「いやー、さすがのうちでもひとりでぎょうさん相手にするんはきつかった! せやから、警察来てくれたときはほんまに助かったわ!」
「……警察!?」
何の前触れもなく放り込まれたその言葉をそのまま突き返す。けれどアカネちゃんはそれを相槌の代わりと受け取ったのか、特に気に留めることもなく続けた。
「あっちゅう間にロケット団蹴散らしてしもたからなあ、数が多いとちゃうわ!」
あっはっは、と笑うアカネちゃんに対し、あたしはさぞ引き攣った笑みを浮かべていたことだろう。……なんてこった、警察仕事してるよ! まずい、いやまずくはないんだけどまずいぞこれは。そろそろ冷や汗でもかきそうなあたしに、アカネちゃんはまだ気付かない。
「ちゅーわけで今ここにおるわけやけど、まずは局長さん百貨店まで届けるんが先やな。警察も居るし今はあそこが安全やろ。ほんなら早よ行こ、もうあと階段上るだけ……」
「待って!」
「……どないしたん?」
このままコガネ百貨店まで連れて行かれそうになって、慌てて止める。ダメだ、今あそこに行って警察と鉢合わせるわけにはいかない。必死に考えを巡らせながら、慎重に言葉を選んだ。
「ごめん、アカネちゃん。あたしたち、行かなきゃなんないから」
「あたしたち……そこの君も?」
そこで初めて、アカネちゃんがシルバーについて言及した。シルバーもコガネジムに挑戦しているはずだけれど、さすがにこの格好では思い出さないか。振り向くと後ろのシルバーが身動ぎした。近寄ってその肩に手を置き、少し力を入れて抑え込む。
「こいつ、連れてくとこがあるから」
な、とシルバーに笑いかけると、黙ったままぎこちなく頷く。あたしはさらに続けた。
「あと、局長さんはアカネちゃんが助けたことにしてほしい。あたしたちがここにいたことは、できれば内緒で……」
……今のあたしたちが警察と鉢合わせることは、あってはならないことだ。シルバーはそもそもポケモン泥棒として警察に追われているはずだし、あたしの方もいろいろ事情がある。理由はともあれ一時はロケット団に属していたわけで、それがなくとも今回の事件の関係者として取り調べを受けることとなるだろう。そこでボロが出たら。あたしがこの世界の人間ではないとばれてしまったら。――それだけは絶対に避けたい。
改めてアカネちゃんと向き直る。腕を組んで暫し口を閉じていた彼女は、やがてにやりと笑みを浮かべていた。
「……なんやうちらに言えへん理由があるんやな。ええよ、わかった。局長のことは任しとき、秘密もちゃんと守る」
せやから安心しいや! そう言ってドンと胸を張るアカネちゃんは大層頼もしく見えた。何ならこの薄暗い地下の中で後光まで差しているように見える。
「ありがとう……!」
思わず両手を合わせて拝むように頭を下げてしまった。理由も聞かずにこんな頼みを聞くなんて普通ならありえない、それでもアカネちゃんは聞いてくれた。だからこそ本当のことが言えずに申し訳なく思ってしまう。本当にごめん、そして……ありがとう。
「ほなもう行くわ。気い付けるんやで!」
顔を上げるとアカネちゃんは既に局長と一緒にドアの向こう側に立っていた。その奥に見える階段に向かいながら手を振るアカネちゃんにあたしも手を振り返す。局長もそのあとに続き、けれどすぐにこちらを振り返った。閉じかけていたドアに手がかけられ、局長はあたしとシルバーとを交互に見ながら口を開いた。
「――リンさん! そしてそこの君も……ありがとう。この恩は忘れない、絶対だ!」
その言葉に何か返す前に、扉は閉じられてしまった。コツコツと階段を上る足音だけがドア越しに聞こえてくる。あたしとシルバーはどちらからともなく顔を見合わせ、この何とも言えない空気感にあたしだけ小さく噴き出した。
「よーし! とりあえず警察にしょっ引かれるのは回避できたな!」
誤魔化すようにわざと明るく言い放ち、くるりと身を翻しドアを背に立つ。それに倣ってかシルバーも体を反転させ、溜息を吐いた。
「……で、どうするんだよ。簡単には抜け出せそうにないぞ?」
「お、そっちも気付いてた?」
お互い目線はまっすぐ向けたまま、意識を集中させる。今聞こえるのは背後の2つの足音のほかに、前方からいくつか。バタバタと落ち着きのないそれは、奴らが走ってこちらへと向かっている証拠。局長の代わりに縛っておいたあの下っ端のことがばれたか、それとも――とにかく、時間はあまりない。ひとまず帽子を深く被り直した。
「ま、あとは脱出するだけだし……ここは素直に強行突破と行きますか!」
数歩前に進み、軽くストレッチを始める。それからいくつかのモンスターボールを手に持ち、シルバーを振り返る。彼の手にあるのもモンスターボール、考えることは同じだ。さらにその口元には笑みのようなものが浮かべられているような気がして、あたしは少しだけほくそ笑む。満面の笑みとは言えないけれど、まずまずだ。
「とにかくあたしが前でぶっ飛ばすから、何が何でも付いて来いよ!」
「わかってる!」
足音はさらに近付いてきている。けど大丈夫、あたしたち、逃げるのには慣れてるんだ。頭の中に逃走経路を思い描きながら、モンスターボールのボタンを押した。


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