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地下通路からさらに地下へと潜った先の光景は、チョウジのアジトを思い出させた。ということは当然、ロケット団の姿もたくさん見えるわけで。あたしたちは口を閉じたままひたすら奥へと進んでいた。
ひとまずの目的地は、爺さんが縛られているらしい倉庫。爺さんって誰だろう。ブラックリストの内容を思い返すにしても、この少ない情報だけでは特定するのは無謀なことだ。今回の事件に関わりのある人物であるという期待だけはしておこう。
そして向かうべき倉庫の場所だけれど、まあ当然わからない。今歩いているこの通路を進んでいけばきっと辿り着けるだろう、そう楽観視して奥へ奥へと潜り込む。この通路はやけに入り組んでいて、壁のスイッチを押すと仕切りが動いて通ることのできる道が変わる仕組みらしい。こんなの絶対自分では動かしたくないな、と目の前で黒ずくめがスイッチを操作しているのを盗み見ながら心の中だけでため息を吐いた。
ガシャン、重い音を鳴らしながら壁が動く。そうして現れた新しい道に黒ずくめが吸い込まれるのにあたしも付いて行く。道がわからないのならば、わかっている奴に付いて行けばいいだけだ。大体目的地が同じであろうロケット団員に何となくあたりを付けて、さもそれが当然かのようにその後ろを歩く。堂々としていれば案外気付かれないものだ。帰りで困らないように来た道とスイッチの操作だけは忘れないように気を付けながら、何度か付いて行く対象を変え、あたしたちはようやく倉庫らしき場所にまで辿り着いた。

――いた、あの人だ。段ボール箱がそこかしこに積まれた道をさらに奥へと進んでいくと、身体中を縛られて床に転がされている壮年の男性を発見した。その横には椅子に座って男性を監視しているらしいロケット団員の姿も見える。
「……行くよ」
独り言でも呟くように小さく話しかける。返答はない。気絶したふりを続けるシルバーの規則的な呼吸音を聞きながら、あたしはまっすぐロケット団員の目の前へと躍り出た。
「この少年をここで縛っておけと言われたのですが」
縛られた男性をぼうっと眺めていたらしい黒ずくめの顔が上がり、目が合った。深く被ったハンチング帽の中は暗く、どんな視線が向けられているのか全く見えない。……やっぱり苦手だな、この帽子。ロケット団の不気味さが増してる気がする。
「上の奴から聞いている。ほら、これで縛っとけ」
そっけない言葉と共に何かを放り投げられる。空いている左手で受け止めると、それはロープとガムテープ。すでに縛られている足元の男性を拘束しているものと同じものらしい。ロープで体を縛って、ガムテープで口を塞ぐ。ここに辿り着くまでの近未来的な仕掛けに比べると随分原始的なものだ。
とりあえず指示通りに動くため、肩に担いだシルバーを床に降ろす。これ以上身体を痛めないように、ゆっくりと慎重に。ロケット団に顔を見られないよう、身体の向きには気を付けて。そうしてあたしはまずガムテープでシルバーの口を塞ぐため、一旦ロープをシルバーの顔の横あたりに置き、ガムテープを左手に持って――――。
「――――んなわけあるかーい!」
勢いよく立ち上がり、何も持たない右手で思い切り黒ずくめの顎のあたりを薙いだ。いわゆる鉄槌打ちというやつだ、握り拳の小指側でガツンとブッ叩く。普通に正拳突きをするよりも小さな動きで結構なダメージを与えることができる、お得な技だ。おまけに顎みたいな固い部分を殴ってもあんまり手が痛くならない!
奇襲を仕掛けられた男は鉄槌の衝撃で大きくのけぞり、高く積み上げられた段ボールの山へとダイブした。当然山は崩れてしまったけれど、中身は軽い物ばかりなのか派手な音も鳴らず男へのダメージはほとんどないだろう。段ボールによる即席ベッドに倒れ込んだ男は何やら呻いている。目でも回っているのか。今の内だ、叫ばれて人を呼ばれると面倒だからさっさと口を塞いでしまおう。そのための道具はこの男が渡してくれた。
「おい、これ……」
用済みとなったガムテープを放り投げると、背後からシルバーの声。同時にロープの握られた手が後ろから伸びてきた。ナイスタイミング。振り向かずにロープだけ受け取り、反撃をされないよう男の上に馬乗りになって、とにかくぐるぐる巻きにする。そこでようやく正気を取り戻したらしい男が何とかもがこうとしているけれど、もう遅い。こちらを睨みつけているのが気になったからハンチング帽をさらに深く被らせることにした。これで男の暗い目元は完全に隠れ、心なしか黒ずくめの不快さも紛れてくれたような気がする。
「よし、じゃあそこの爺さん助けてさっさと……」
言いながら振り向くと、あたしが投げ捨てたガムテープを拾って立ち尽くしているシルバーがいた。……あれ? 今日あたしずっとこんな反応されてない? もしかしてドン引かれてる? いやこれ怖がられてるって方が合ってるな!! 大丈夫、怖くないよ! 多分!
「あーっと……ほら、あたし小さいころからヤンチャでさ! 何となくわかるだろうけど! それとロープありがとう、タイミング完璧だった」
無理やり自分にフォローを入れてからシルバーの肩を軽く叩く。余計怖がらせてしまわないように、本当に軽く。あたしのゴーグルで隠れている顔色はどうにか和らいだだろうか。見えないシルバーの表情を頭に思い浮かべつつ、未だ床で転がっている男性の元へと向かった。あたしを見上げるその視線には若干の恐怖が混じっているようだ、身体は縮こまり瞳は不安げに揺れている。しゃがみ込んでまず口を塞いでいたガムテープをゆっくりと剥がすと、早速自由になったそこから掠れた言葉が零れ落ちた。
「……君は、ロケット団じゃないのか?」
うわ、嫌なこと聞かれたな。けれど今のあたしの格好とそれにそぐわない今の行動からすると当然の疑問だった。ここでイラついていても仕方がない。
「説明すると長くなりますね……とにかく、今からロープも解くんで、じっとしててください」
言いながら男性の身体を転がし、後ろにまわされたまま縛られていた手首から解放することにする。旅の道中でも愛用していた折り畳み式ナイフを取り出し、手早くロープを切ってしまう。手首が、足首が、身体があっという間に自由になっていく。そうやって完全に解放された男性は立ち上がり、スーツの汚れを軽く払っている。目立った怪我がないようで何よりだ。
「おい、誰か来てるぞ!」
いつの間にこの場を離れていたのか、シルバーが駆け寄ってくる。彼が指差すのは丁度あたしたちがやって来た通路の方向、つまり帰り道だ。まさかあたしたちのことがばれているわけではないはず、けれどこの状況を目撃されてはまずい。早くここから立ち去らねば。
「動けますか? さっさとここから逃げましょう!」
「あ、ああ……」
言いながらいくつかボールを取り出す。チョウジのアジトの時と同じだ、ポケモンたちの力を借りて無理やりにでも脱出してしまおう。脱出するだけならば少々暴れても大丈夫、とにかく捕まらずに遠くまで逃げ切ってしまえばいい。今回は連れが2人もいるけれど、何とかなる、はず。
つい先ほどまで縛られていて身体が動かしづらいだろうと男性の手を引くと、少しの抵抗があった。立ち止まって後ろを振り向く。
「逃げるなら、こっちの方がいい」
「え?」
男性は高く積み上げられた段ボール――の後ろ、隠されるようにそこにあったもうひとつの通路を指し示していた。
「でもそっち、もっと奥の方に行っちゃうんじゃ……」
来た道はしっかりと覚えている、だからあたしが間違えているわけではない。そもそもこんな通路、今の今まで全く気が付かなかった。そんなあたしに男性は少し笑って、ばちこんと星でも舞いそうなウインクを決めて言った。
「コガネに住んで長いからね、地下通路もその昔ただの不良の溜まり場だったころから知ってるんだ」
だから早く。……迷っている時間はなかった。ついでに言うとツッコミを入れる時間もなかった。つい視線を逸らすと、先程の男性の行動が見えていなかったらしいシルバーがあたふたとこちらと通路の方を交互に見ているのが目に入った。本当にそこまでロケット団が迫っているらしい、あたしは急いでシルバーを手招きしてこのお茶目な男性の言うとおりに進むことにした。

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