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間近で見るラジオ塔は、やはり奇抜だというのが正直な感想だった。コガネシティは日本で言う大阪だろうから、大阪人もコガネ人も派手好きということでいいのか?
そんなふざけたような言葉が頭に浮かぶほど、今のあたしは正直拍子抜けしていた。道中どうしても現れるロケット団の影に警戒しつつ進んでいたのに、いざラジオ塔に到着してみればその周りに黒い影は見当たらない。……なんだ、読みが外れた? てっきりラジオ塔は既にロケット団に占拠されていて、中も外も黒ずくめたちでうじゃうじゃしていると思っていたのに……。
路地裏から顔を出して、もう一度辺りをよく見回してみる。やはり誰もいない。いや、誰もおらず閑散としすぎている。確かラジオ塔の近くにはカントーと繋がるリニア鉄道の駅があるという話だ、あんなラジオ放送があったとなればやじ馬がわんさか湧きそうなものなのに。
しんと静まり返った中、意を決して路地裏から出る。とにかくラジオ塔に行ってみよう、あんな放送しておいてラジオ塔で何も起こっていないわけがない。誰もいないのなら好都合だ、堂々と入り口の前まで歩み寄る。何の変哲もない自動ドアだ。建物の内部が透けて見える。人は見えない、けれど本来は整然と並べられていたであろう観葉植物たちがめちゃくちゃに投げ出されているのは見えた。……やっぱり、何か起こったんだ。そう確信していざ中へ踏み込もうとさらに一歩踏み出す。開く自動ドア、そしてそれと同時に視界に入ってきたものにあたしは踏み出していた足をつい戻してしまった。
「あっ!?」
「お前……っ!?」
目の前の人物もあたしと同じような反応だった。何か続けようと口をはくはくと動かしながらも、お互い言葉が出ない。
この状況を打破してくれたのは、あたしの背後から聞こえていた微かな足音。おかげで少し冷静さを取り戻し、振り返って耳を澄ませる。……近い、けれどまだこちらからは姿が見えない。見つかる前に、とあたしは未だ言葉を失っている人物――シルバーの手首を掴み、有無を言わさず近くの路地裏へと連れ込んだ。

「――離せっ!」
先程まであたしたちがいたラジオ塔前に黒ずくめが集まるのを覗き見ていると、背後から小さく鋭い声と共に右腕が引っ張られた。……いけない、ずっと掴んだままだったのか。強く掴まれたあたしの右手から逃れようともがいているシルバーと目が合う。よく見る、険しい顔だった。
「ああごめん……」
拘束を解くと、シルバーは少し跡の残った手首を撫でながら顔をしかめている。無意識に力を込めてしまったらしい、痛かっただろう。もう一度ごめん、と呟くと小さく睨まれた。まあ仕方ないな、力の加減ができなかったのはあたしの方だ。
……そういえばこういう風にしてシルバーの手を引いて路地裏へ向かったことが前にもあったな、なんて思い出す。あれも確かコガネシティでのことだった。しかもこうやって面と向かって話すのもコガネシティ以来だ。久しぶりの再会、そんな思い出話に花を咲かせてみたい気もするけれど、状況が状況だ。視線だけラジオ塔へと向けて、あたしは事情聴取を開始することにした。
「シルバーは何でラジオ塔に?」
背後で息を呑む音だけが聞こえる。その心情を読み解くような余裕は今はない、どこから湧いて出るのかどんどん増えていくロケット団を見ながら返答を待った。
「オレは……あいつらをやっつけに来た」
「ロケット団を?」
「そうだ」
そうだろうとは思ってたけど――なんて無駄口は挟む間もなく、短い会話がテンポよく続いた。
ロケット団をやっつけに来た、そんな正義感溢れるセリフがこいつの口から出て来るなんて。ブラックリストに載っていたあいつの行動から少しは予想が付いていたものの、ここまでとは。これはますますこいつをロケット団側の人間にさせるわけにはいかない。
「お前はどうなんだ、どうしてラジオ塔に来た」
「あたしは……まあ、同じようなもんかな」
何となく答えを濁した。つい昨日までロケット団として生活していたからだろうか、少し後ろめたい。詳細を尋ねられる前にとこちらから質問を投げかけた。
「で、ロケット団をやっつけに来たのにどうして出て来ちゃったの? この短時間でやっつけ終わったわけないだろうし」
集まっていたロケット団員たちがどんどんラジオ塔の中へと吸い込まれていく。注意深く見つめながら回答を待つと、たっぷり時間をかけて溜息と一緒に返ってきた。
「……あいつがいた」
「あいつ……ヒビキ?」
こんな会話も前にしたな、いつだったっけ……。あの時もシルバーはヒビキの名前を言うことを渋っていた。背後からの返答はない、けれどそれが答えだった。微かに舌打ちの音が聞こえた気がする。
「そっか、ヒビキもコガネに……」
そうだ、彼がここにいないはずがない。いつからコガネにいたのかはどうでもいい、とにかくあいつは今度こそロケット団を倒しにラジオ塔を攻略しているところのはずだ。ゲームの主人公よろしく、周りの敵はばっさばっさとなぎ倒して。
なら今ラジオ塔に入って行った奴らは、ヒビキを倒すための増援ってところか。元々ラジオ塔にいた奴らはヒビキ相手にさぞ苦戦していたことだろう。
今ヒビキはどの辺りだろう、とラジオ塔を見上げてみる。3階の閉じられた窓ガラスが揺れるのが見えた。あそこでバトルの真っ最中だろうか、助太刀は必要だろうか。とにかく中に入らないことには、と目線をラジオ塔の入り口に戻した。
「あれ……?」
そこで見たものに、つい声が出てしまった。後ろの気配が近付く。あたしの横から顔を出そうとしているのを手で止めると、大人しく引き下がったようだ。その代わりに問いかけられる。
「どうした」
「いや、あいつら……」
ラジオ塔の前には、先程中に入ったはずのロケット団の奴らがいた。新たに集まって来たのではなく、確かにラジオ塔の中から出て来ていた。その数は増援に来たであろう人数のおよそ半分くらいか、その中のひとりがなにやら指示出しをしている。
ここからどこか別の場所へ行こうというのか、まさか増援が必要なくなった……!? 急いで3階を確認すると、まだ窓は揺れている。バトルが終わったわけではないらしい、ならどうして。ヒビキを止めることのほかに、重要なことがある……?
「シルバー」
「……なんだ」
ついに動き出した。指示出しをしていた団員を先頭に、一斉にラジオ塔から離れて行く。絶対に目は逸らさず、背後のシルバーを手招きする。あたしの隣に並んだシルバーは初めてラジオ塔前のロケット団の集まりを、そして奴らがどこかへ移動しようとしているところを見た。シルバーがこちらを振り向き、一瞬だけ目が合う。あたしはすぐさま視線をロケット団に戻し、わざとそっけなく言ってやった。
「あたしはあいつらを追おうと思うんだけど、お前はどうする?」
返事は待たず、黒ずくめの集団を追ってすぐに駆け出した。確かに後を追ってくる気配を感じて、あたしは少しだけ口元を緩めた。

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