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「君は知らないようだが……俺はワタル。ポケモンリーグ本部、チャンピオンのワタルだ!」
「……はあ!?」
ワタル!? って、チャンピオン!?
あんぐりと口を開けたまま、心の声の一部が漏れ出した。
「ワタルって、あの……!」
ワタルといえば、四天王最強のドラゴン使いだ。それがこの男……というか、チャンピオンだって!? あいつ3年前から出世したんだな!? いや、それより……!!
今あたし、チャンピオンを相手にしてるのか……しかも、完全に敵だと認定された状態で。駄目だこれ、どうやっても勝ち目がないぞ。だってチャンピオンだ、ポケモントレーナーの最高峰だ。それにお互い楽しんでのバトルならまだしも、相手は本気であたしをぶちのめそうとしている。
固まったまま次の言葉を発しないあたしを見て、男……ワタルは表情を変えないまま話を続ける。
「……そうか、名前は知っているようだな。なら話は早い、ここは素直に降参して……」
「……よし」
けれど、これではっきりとした。あたしの呟きに眉間のしわを深めたワタルに少しだけ笑う。
この男は本当にあたしの……というか、ヒビキの味方だ。正義の味方でなく、ヒビキの味方。正義と悪なんて立場によって変わってしまう、それよりヒビキの味方だということが大事だ。主人公を正しい方向に導いてくれるお助けキャラ、きっとこの男はそういう立ち位置にいる。この世界の中がリアルすぎて忘れていた、ここは元々ゲームの中の世界だ。
なら……なら、主人公への手助けのおこぼれをもらおう。
「お前のほかにアジトに侵入した子供が2人いるはずなんだけど、今どうしてるかわかる?」
ワタルが目を見開く。実際には荒れ狂う竜巻の轟音が鳴り響いているのに、とても静かだ。
「……カイリュー、一旦やめろ」
ワタルの指示で、即座に竜巻たちが消えていく。ふわりと飛び上がったカイリューはワタルの横、あたしから見てワタルの左側に降り立った。視線は変わらずにあたしたちに向いたままだ。
突然攻撃が止んで戸惑った様子のウリムーがあたしの足元までやってくる。レアコイルもバトルが中断されてしまい再開の合図はまだかとチラチラこちらを見ている。2匹には視線だけで合図して、黙ったままワタルの次の言葉を待った。
「……それを答えてどうなる」
こちらの反応を窺うような、慎重な口調。……ああ、さっきの言い方だとあたしが残りの侵入者を捕まえようとしていると思われるか。ワタルは残りの侵入者のことを庇っている、少なくともヒビキがアジトに潜入していたことは知っているということなのか?
「どうなるって……安否確認だよ安否確認! 居場所とかはいいから無事かどうかだけでも!!」
自分でもわかる、今あたしはかなり胡散臭い笑みを浮かべているはずだ。手を合わせて頼み込むようなポーズまでしてみせて、ワタルはさぞ気味が悪いに違いない。
「……1人はアジトを脱出するところを確認している。もう1人はこのアジトで会ったが、今はどうしているか……きっと彼も既にアジトを脱出しているはずだ」
こちらに詳しい情報を渡したくないのか、曖昧な答えが返ってくる。それぞれヒビキとシルバーのどちらを差しているのかはまだ判断がつかない。まあ、それでも答えてくれただけありがたい。
「それ、確か?」
「さあな……装置を止めてからここに来るまでにアジトを色々見て回ったが、君の他に誰もいないことを考えるともう脱出していると考えるのが賢明だな」
ワタルが嘘をついていないなら、ヒビキもシルバーも今は無事にアジトを脱出している。その後のことはわからないけれど、ひとまず2人の無事を確認するためにこのアジトの中をこれ以上動き回る必要はなさそうだ。
そのほかにわかることといえば、ワタルが装置を止めてからここに来るまでアジトを物色して回ったらしいということ……。
「……装置を止めた?」
気付いて思わず呟いていた。装置、怪電波発生装置。……ということは、もう怪電波発生装置は動いていない?
「そっか……ならいいや」
思わず口が緩んで、ワタルが訝しげにこちらを見るのがわかる。来たぞ、これは完全にあたしにツキが回ってきた!!
そうとなったら先手必勝、早い者勝ちだ!!
「レアコイル! 1時の方向にラスターカノン最大出力!!」
あたしの指示からノータイムで光線が発射される。標的はカイリュー……ではなく、壁だ。カイリューもワタルも綺麗に避けて、ワタルの斜め後ろの壁にぶつかる。
普段は電撃を生み出すのに使われる6つのU字磁石から、光る球体が生み出される。見るだけで目が痛くなってしまうほどの、強烈な光。一点に集めたその光を、相手に向かって放つ――鋼タイプの大技だ。以前にミカンさんとジムバトルをしたとき、技の名前だけは聞いていた。鋼タイプなのに鋼技を使えないコイルに覚えさせたらどうか、というアドバイスだ。習得までに時間はかかってしまったけれど……うん、問題なく使えてるな!
「レアコイル、そのままラスターカノン! ウリムーはカイリューに凍える風!」
突如謎の行動を始めたレアコイルの対処に動こうとしていたカイリューに、ウリムーの技を今度はしっかりと当てる。意識が完全にレアコイルのみに向いていた一瞬の隙、絶対に見逃さない。
一旦はカイリューの不意を突くことには成功した、けれど長くはもたないだろう。すぐに持ち直して今度はそれこそ破壊光線でも撃ち込まれるかもしれない。もちろんあたしもろとも。その前に……!
しっかりと肩に担いでいた袋の口に片手を突っ込んで、ピンクのボールを掴み取る。
「クロバット、もう大丈夫だろ!?」
ボールから出てきたクロバットは即座に辺りの様子を確認し、困惑しているようだった。未だ黒ずくめの格好のままのあたしに、見たことのない部屋、絶賛交戦中の自分の仲間たちと強そうなドラゴンポケモン。それになにより、今まで感じていた不快感の消滅。
……お前を苦しめていた怪電波は、もうない!!
それぞれ攻撃を続けているレアコイルとウリムーを、そのままボールの中に入れてしまう。カイリューは凍える風から解放され、ラスターカノンの的になっていた壁には大きな穴があいている。……まさかラスターカノンの初披露がこんな形になるとは夢にも思ってなかったよ! でもやっぱお前技の威力は一級品だな! 狙い通りだったとはいえコンクリの壁ガッツリぶち抜いたぞ!! お前それ絶対に人間相手に放つんじゃないぞ!? 死ぬどころか跡形もなく消し飛ぶから!! ……いやポケモン相手でもどうなることかちょっと怖い!!
頭の中でレアコイルへ立て続けにツッコミを入れられるほど、あたしは調子を取り戻していた。調子を取り戻していたのはクロバットも同じだ、一瞬で状況を理解してあたしに背を向けて低空飛行をしている。……準備は万端らしい。
袋の口をしっかりと結んで腰のベルトに無理やりつないで、あたしのお腹とクロバットの背中で袋を挟み込むようにしてクロバットの上に乗った。あたしの体制が整ったのを感じたクロバットは高度を上げ、レアコイルがあけた穴をまっすぐ見据える。
クロバットに跨った前傾姿勢のまま、顔だけワタルへと向ける。あっという間の出来事に口を開けてあたしを見ていた。目が合って、相手の動揺が伝わってくる。……ついさっきとは逆だな、あたしたち。
「……じゃ、お先!」
高らかに言い放って、視線を目の前の穴に戻す。今まさに逃亡しようとしているロケット団の下っ端を捕まえようと、ワタルの手がこちらに伸びてくるのが見えた。
「くっ……待て!!」
「だから待つわけないっての!!」
言い終わる前にワタルはあたしの視界から消えていた。焦ったワタルの声も、敵を逃すまいとするカイリューの咆哮も、もう聞こえない。
「クロバット、飛ばせえええ!!!」
クロバットは超音波で辺りの様子を知ることができる、ハイスピードで狭い場所を進んでいても障害物にぶつかることはない……!
アトラクションのような激しいフライトで、本当に間一髪、あたしたちはロケット団のアジトからの脱出に成功した。


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