◇ ほんとうってなんだろう?






「何で、上手く行かないんだろう……」

 日暮れをとっくに過ぎて、夜闇に包まれた河川敷でただひたすらにボールを蹴っていた天馬はぽんとネットに吸い込まれたボールを拾いながら呟いた。
 帝国戦を明日に控え、練習時間は決して長くない。剣城を練習に連れてくることは出来ず、結局、アルティメットサンダーも未だ一度も成功出来ていない今、雷門サッカー部は明らかな決定力不足だった。だからこそ、天馬がこうしてシュート練習に励んでいるのだが、夕方、部活の時間からずっと練習しているものの、今までまともな成果を出せていなかった。
 元々天馬にキック力など望むべくもない。円堂も神童たちも天馬がシュートするならば、そのドリブルの巧みさとスピードを活かした形にするべきだとアドバイスをくれた。その言葉を胸に天馬は自分にとって最良のシュートフォームやそれまでの動きを考えては試している。けれど、どれもいまいちしっくりこず、天馬のコントロールが下手なこともあって、練習の結果は今のところ散々だった。
 シュートをするだけなら簡単なのだ。ただゴールに向かってボールを蹴ればいい。でもそれでは、帝国には通用しない。どうすれば、あの帝国学園に通用するだけのシュートを身につけることが出来るのか、天馬にはまるで解らない。そんな気持ちが迷いを生んで、更に練習を妨げているのかも知れなかった。

「帝国戦は明日なのに……」

 ボールを抱え込み、ゴールを見つめる。得意のドリブルで持ち込んで、そのまま勢いに乗ってシュートしたい。キーパーのスピードが追いつかないくらい、素早いシュート。イメージだけは浮かぶのに、中々具体的な形にならない。時間が無いこともあり、気持ちばかりが先走って上手くいかない。
 他の人は、どうやってシュートを打っているのだろう。記憶の中にあるシュートを思い出してみる。今までの試合で幾つか見た中で、真っ先に浮かんだのがこの間の万能坂戦で剣城が見せたシュートだった。化身を出現させてのシュートは試合展開も相まって、握り締めた手に汗が滲むほどの迫力と興奮を天馬に与えた。力強く、それでいてするどい。剣城の雰囲気やプレイスタイルを表したかのような技は見事に相手のゴールに突き刺さった。
 剣城なら、きっと帝国にも通用するのだろう。あのキック力とテクニックから繰り出されるシュートなら。アルティメットサンダーだって完成するし、帝国のゴールを抉じ開けることも出来るはず。でもそれは、期待出来ないものなのだ。
 病院で、天馬は必死だった。ついこないだまで小学生だった天馬にそんなに語彙は多くない。それでも、剣城にサッカーをして欲しくて、自分がまた万能坂の時のような剣城のサッカーを見たくて、懸命に言葉を重ねた。
 拙かったかも知れないけれど、天馬は本気だった。だから、剣城もあんなに本気で天馬を突き放したのだろうと思う。あの時の剣城の目は真剣で、たくさんの抑え切れない感情に揺れていた。まるで、万能坂との試合で天馬を庇った時のようだった。普段は冷静な顔をしている剣城の感情が溢れ出す瞬間。
 最初から天馬は剣城が素直に練習に参加してくれるなんて思っていなかった。一度は拒絶されるだろうと予想していた。でも、あんなに泣きそうな目で突き放されるとは思わなかったのだ。だから、天馬は剣城の後を追いかけられなかった。
 あの時剣城におまえには解らないと云われたけれど、天馬にだって剣城のことはまるで解らない。どうしてあんなにサッカーが上手いのに、サッカーをくだらないと云うのか、ただ純粋にサッカーを好きで、その気持ちだけでボールを追いかけてきた天馬には理解出来るはずも無かった。
 剣城にとって、サッカーって何なんだろう。
 それは、天馬の中でずっと渦巻いている疑問だった。あんなにサッカーを嫌いだと公言しているのに、剣城のサッカーを見て、一緒にフィールドを走った天馬には剣城が本当にサッカーを嫌っているようには思えない。
 むしろ、剣城だって本当はサッカーが大好きなんだろうと思う。じゃなきゃ、あんなにすごいシュートが打てるはずが無い。こんなにサッカーが大好きで、一生懸命練習している自分が出来ないことを剣城は簡単にやってみせるのだから。それまでにはたくさんの努力と失敗があるはずで、好きじゃなきゃそんなこと出来るはずが無いと天馬は思うのだ。
 だからこそ、天馬はもう一度、剣城とサッカーがしたかった。あんな風に突き放された以上、もう叶わないかも知れないけれど。

「……そっか、剣城も努力、してるんだよね」

 そこまで考えて、ふとそんな当たり前のことに気付く。初めて出会ったときから、剣城は圧倒的にサッカーが上手くて、それ以後も練習している姿を見たことが無いから忘れていた。でも、どんなに才能があったって、練習なしに出来ることなんて無い。円堂も云っていたではないか、練習に敵うものは無いと。
 きっと誰もが、上手くなりたいと、強くなりたいと今も練習を続けている。

「なら、おれも練習しないとね」

 時間はまだある。そうやって練習して、積み重ねた分だけ、きっと強くなれる。本当のサッカーにもう一歩近付ける。天馬はボールを足元に落とし、駆け出した。大切なのはきっと、シュートを決めることじゃなく、それまでに至る過程。帝国に通用しなくたって、本当のサッカーを貫ければいい。楽しいサッカーが出来ればいい。
 夜風に身を任せて勢いよくゴールへ走った天馬は自分に出来る精一杯の力でボールをゴールへと蹴り込んだ。








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