◇ ふたちぼっちの夜 01






 帰宅途中のサラリーマンやOLでごった返す改札口を巧みに擦り抜けて、京介は駅の階段を駆け下りた。背負ったランドセルががたがたとうるさく、肩にかけた小さめのスポーツバッグが邪魔で仕方が無かった。
 早く、早く帰らないと。京介の頭はそれで一杯だった。普段ならこんなに焦ったりはしない。家に帰っても父も母もいないことが大半で、夕食だってフィフスセクターの施設で食べることが多い。でも、今日は違う。今日は、京介にとって一番大事な人である兄、優一が病院から一時帰宅しているのだ。
 駅前の通りはとうに日が暮れたと云うのに、ネオンと街灯で明るく照らされている。金曜日の夜は特に人が多い。その中を縫うように走り抜け、京介は近くのスーパーの自動ドアを潜った。夕飯の食材を買わなければならない。
 カートにカゴを載せ、スポーツバッグをカートの下に置く。そしてカートを押しながら、食材を物色する。これからご飯を炊くのは厳しい。冷凍ご飯があったはずだから、オムライスにでもしよう。冷蔵庫の中身を思い出しつつ、献立と見比べ、京介はてきぱきと慣れた手つきで足りないものをカゴに入れていく。
 こんなことになるのなら、先に云ってくれれば良かったのに。そうしたら、黒木さんに事情を話して学校が終わってすぐ家に帰った。仕事の所為だから仕方が無いのだと解ってはいても、せっかく久しぶりに帰宅したのに家で一人、自分を待っているだろう兄を思うと、思わず母への恨み言を零したくなってしまう。
 京介の両親は共働きだ。二人とも忙しいからと日付が変わるまで帰ってこないことも少なくない。こうして帰りにスーパーに寄って夕食の買い物をすることも京介にとっては日常茶飯事だった。
 だが、今日は母がこれから土日月と三連休を家で過ごす優一を病院へ迎えに行く為に休みを貰ったと云っていたのだ。だから京介は安心して、黒木からの呼び出しを受けていたのもあり、フィフスセクターの本部へと向かった。ところが、夕方になっていきなり行けなければならない仕事が入ったらしい。命ぜられた仕事を終えて確認した京介の携帯には「急に仕事が入ったから優一のこと宜しくね」と書かれた短いメールが一通。京介は慌てて電車に飛び乗って、自宅へと急いだ。

「デザート、何にしよう」

 安売りの鶏肉にたまご、玉ねぎにレタス、トマト。ついでに明日の朝ごはんに食パンとベーコン、牛乳。切れていたマーガリンとケチャップ。一通り必要なものを揃えてから、デザートコーナーを覗く。
 優一は甘いものが好きだ。そして、甘いものを食べている時の優一の幸せそうな顔が京介は大好きだ。だからお見舞いにもよく甘いものを持っていく。時間が時間なので種類はそう多くは無いが、並べられた和菓子や洋菓子を眺め、京介は悩む。結局、こないだお団子を買っていったから今日は洋菓子にしようと小さなホールのチーズケーキを選んだ。崩れないようにカゴに入れて、レジに並ぶ。
 スーパーを出た頃にはもう時計は8時近くを指していた。遅くなるとメールをしてはあるけれど、さすがに8時を過ぎたら心配するだろう。

「早く帰んないと」

 スポーツバッグをかけ直し、手にしたスーパーのレジ袋を揺らさないよう気を付けながら、京介は自宅の方角へ向かって駆け出す。サッカーで鍛えられた持ち前の足で、なるべく早く家に着くようにと全速力で兄の待つ家へと走った。








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