◇ Sing my Love






 ぼすっとベッドに寝転がって、天井を見つめる。いつもと何ら変わりない古びた少し染みのある天井。見慣れた染みを数えながら、おれはさっき見たドラマで主人公が云っていたセリフを思い返した。
 練習の無い日曜日の昼下がり、再放送していた二時間ドラマ。映像が古かったから、きっとおれが小さいころのものだ。悲惨な過去を持ち、現実社会と戦っていくうちに精神的に病んでしまった主人公とそれを支えるヒロインとのラブストーリー。その中で主人公は自分で自分に問いかける。
 俺が生きている意味ってなに?
 有り触れたもののはずなのに、何故だか心に残って離れないその言葉。おれが今、生きている意味って何だろう。
 そう云えば、考えたこと無かったなあ。ぼやいた声はしんと静まり返った午後の空気に溶けていく。誰もいないのを云いことに、ごろごろと寝返りを打ちながら、思いつく限りの「生きている」意味を口にしてみる。
 皆とサッカーしたいから。本当のサッカーを取り戻すため。信助や葵たちと一緒にいたいから。父さんや母さんがおれのこと大切にしてくれてるから。好きな人が悲しむから。けれどどれも何だかしっくりこない。
 何だか考えている内に頭がぐるぐるしてきて、パンクしそうになる。あんまり難しいこととか考えたこと無かったから、考えていることが堂々巡りになって、何が何だか解らなくなってきてしまう。おれの頭はそんなに高性能じゃないんだ。
 そうして、迷路の中に迷い込んだ子どもみたいにぐるぐる同じところを回っていたら、枕元の携帯が鳴った。はっと現実に戻されて、慌てて通話ボタンを押すと、聞こえる低い声。

「剣城?」

 電話の向こうにいたのは、おれの大切な人だった。ついこないだ告白して付き合い始めたばかりの恋人。病院の帰りにうちへ寄っても良いかと問いかけてくる剣城におれは二つ返事で頷いた。
 ドキドキしたあ。うるさく鳴る心臓に深呼吸しながら、携帯をぎゅっと握り締める。剣城の方からうちに来たいなんて云ってくれるの初めてだ。部屋汚くないかな。冷蔵庫にジュースあったっけ。そんなことを思い巡らせていたら、秋姉の呼ぶ声がした。剣城が来たみたいだ。アパートの玄関まで迎えに出て、部屋まで案内する。

「いきなり悪かったな。邪魔だったか?」
「う、ううん。暇だったよ。ちょっとおかしな考え事してただけ」
「考え事?」

 おれが差し出した座布団に座りながら、少し眉を下げて剣城が云う。おれはぶんぶん首を横に振って否定した。ついでに云わなくていいことまで口から飛び出てしまい、剣城に訝しげな顔をされる。不思議そうに首を傾げる剣城におれは誤魔化し切れずに正直に話すことにする。

「へえ、おまえもそんなこと考えることがあるんだな」
「何だよその言い方っ。おれだってちょっとは考えることあるよ!」

 おれの話を聞いた剣城はつり目がちな目を丸くして、感心したように溜息を漏らした。あんまりな剣城の反応におれは唇を尖らせる。確かにおれは馬鹿だし、あんまり難しいことは考えないたちだけれど、幾らなんでもその反応は失礼すぎやしないだろうか。
 剣城はおれの抗議に小さく笑った。その顔がすっごくかわいくて、おれはさっきまでのちっぽけな怒りを忘れてしまう。いつも思うことだけれど、その顔は反則だ。おれの悩み事とか感情とか、色んなものを吹っ飛ばしてしまうんだから。

「あんまり考えすぎるなよ。禿げるぞ」
「なっ、おれ、まだ13だよ? 禿げないよ!」

 剣城の大きな手がおれの頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。同時に降ってくる失礼な言葉にもう!と怒ってみせると、剣城はまた笑顔になった。好きだなあ。純粋にそう思う。おれは、剣城の笑顔が大好きだ。
 剣城は気が済むまでおれの髪をぐちゃぐちゃにして、それから少しだけ真面目な顔になった。

「生きてる意味なんてな、考えてもそう簡単には見つかるものじゃない」
「そうなの?」

 剣城の口調は凄くしっかりしていて、おれは剣城も考えたことがあるのかな、と思った。剣城も、自分が生きているのは何でなのか、疑問に思ったことがあるんだろうか。ううん、きっとあるんだろう。おれよりももっともっとたくさん。剣城の声はそんな経験者の重みが詰まっている気がした。

「ああそうだ。それよりもこれから生きてく意味を考えた方が良いんじゃないか?」

 そんな剣城が提示してくれた答えにおれは目を何度も瞬かせた。発想の転換。そっか、そう考えたらいいのかも。今、ここで生きている意味は解らなくても、これから生きていく意味を見つけた方がきっととても有意義だ。

「そっか。そうだね」

 頷くおれに剣城は少し照れくさそうにそっぽを向いて、小さな声でぼそりと呟いた。

「俺は、おまえにそれを教えられたんだけどな」
「え、おれ?」
「ああ。……俺が、これからどうしようとか、どうしたいとか、そんなことを考えられるようになったのは、おまえのおかげだ」

 思いもよらない剣城の発言に驚く。おれ、そんなことしたっけ。どんなに記憶の糸を手繰っても、まったくもって思い出せない。
 疑問符を浮かべたまま固まっているおれに剣城はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。ひとつひとつの言葉を心の中から丁寧に取り出して、慎重に吟味しながら、声にしている。そんな雰囲気だった。普段はクールで中々見えない剣城の心の一片を覗けた気がして、うれしくなる。覚えはないけれど、おれが剣城の助けになれているのなら、それはとってもうれしいことだ。

「剣城は、これからどう生きていきたいの?」

 気付いたら、調子に乗ってそう聞いてしまっていた。剣城はおれの問いに俯いて少し考え込んで、それから顔を上げた。自分で自分の心を確かめるように唇を震わせる。

「兄さんに迷惑かけないようにしたい。守りたいものを、守れるようになりたい。……皆と、おまえと、サッカーしたい」

 剣城の答えはシンプルで、だからこそ、それが純粋な願いなのだと知れて、おれは何だか切なくなった。まだ剣城がシードをやっていたころ、苦しそうに眉間に皺を寄せてボールを蹴っていたのを思い出す。今の剣城は、とても楽しそうにグラウンドを駆けている。剣城はきっと今、サッカーが楽しいんだろう。それがおれはうれしい。
 そしてまた別の意味でも、おれの胸は熱かった。剣城は秘密主義だ。まだまだおれにたくさん隠し事があるみたいだし、あんまり自分の話もしてくれない。だからおれは剣城が何でフィフスセクターでシードをやっていたのかだとか、お兄さんが入院している理由や剣城がお兄さんを(恐らく普通の兄弟のそれよりも)大切に思っている訳だとかを知らない。でもそれでいいと思っている。知りたくない訳じゃないけど、剣城が話したくなったときにおれは聞いてあげたいと思う。そしてそれが、今なんだと思えた。今、剣城はおれに凄く素直に自分の気持ちを打ち明けてくれている。心をそのまま切り取って外に出したみたいに。

「おまえはどうなんだ?」
「おれ? おれは……」

 話し終えてから羞恥心を思い出したのか、一気に頬をばら色にした剣城はおまえも話せ!とばかりにおれをじっと見つめる。急に話を振られておれはしどろもどろになりながら、一生懸命答えを探した。
 おれがこれからしたいこと。生きていく意味。さっきよりはマシかも知れないけど、これだって十分に難しい問題だ。おれは浮かんだ一つ一つをゆっくりと拙いながらも、言葉にする。

「もっともっと強くなりたい。それで、皆と楽しいサッカーしたい。あと、」
「あと?」

 おれの言葉の続きを待つように小首を傾げて鸚鵡返しする剣城。それにおれは満面の笑顔を浮かべて云う。

「剣城ともっと一緒にいたいな!」

 剣城の頬が真っ赤になって、耳まで同じ色に染まる。恥ずかしいことさらっと云うな、反則だぞ。そう顔を背けながらぼやく剣城にほんとだよ、と念を押すように繰り返す。
 だって、ほんとなんだよ。おれがこれからも生きていく意味は、きっと皆と楽しいサッカーがしたくて、強くなりたくて、それで。大好きなひとたちと、剣城とずっと一緒にいたいからなんだ。
 溢れる気持ちを言葉以外でも伝えたくて、すぐ傍にある剣城の手をぎゅっと握り締める。剣城はびくっと驚いたように震えて、おれを見た。普段はクールな態度を崩さない面差しがへにゃりと歪んで、透き通った黄色い目がゆらゆらと揺れている。そして、躊躇いがちに握り返してくるおれよりも大きな少し骨張った手。

「……でも、俺も。おまえと、ずっと一緒にいたい」

 そんな顔でそんなこと云わないでよ。そっちこそ反則だ。ぼんっと赤くなっていく顔を抑えられずにおれは誤魔化すように握り締めた手に力を込める。おれよりも体温が低いはずの剣城の手は汗ばんでいて、ほんとはちょっと熱いけど、でも離したくないと思う。このまま、ずっと隣にいれたらいいなって、思う。


 生きていく意味なんてきっと、そんな他愛ないことで十分なんだ。








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