◇ あした、てんきになあれ。






「あ、降り出した」
「ほんとだ。これは本降りになるかもね」
「うええ、おれ、傘持ってきてないのにぃ……」

 サッカー棟に駆け込むと同時、突然降り出した雨に私たちは口々にぼやきながら、ミーティングルームへの廊下を歩いていた。もう少し早く片付けが終われば、雨に降られる前に家に帰れたかも知れないのに。そうは思うものの、予想以上に後片付けに手間取ったのだからこればかりは一年の仕事として諦めるしかない。もっとも、手間取った最大の原因は天馬が大ドジを踏んで、体育倉庫の備品をぐちゃぐちゃにしてしまったことが大きいのだけれど。
 きっと先輩たちはもうとっくに帰っているんだろうな、そんなことを考えながら、ミーティングルームの電気を付ける。ここを掃除したら、私たちの今日の仕事は終わりだ。

「雨、明日までに止むかなあ」
「朝の天気予報じゃ明日降水確率50%だったよ」
「つまり五分五分かあ。微妙なところだね」
「晴れてくれないかなー。やっぱり晴れてた方が気合入るよね、信助!」
「うん。やる気出る!」

 用具入れから掃除道具を取り出して、ほうきで床を掃きながら、天馬が明日の天気を案じるのに、今朝の天気予報を思い出す。明日は大切な試合だ。出来ることなら、晴天の下、思いっ切りやりたいと願うのは当たり前のことだと思う。私も、天馬たちには全てにおいて万全のコンディションでグラウンドを駆け回って欲しい。
 せめて今夜には雨が止めば良いのに。心の中で呟きながら用具入れからゴミ袋を取り出し、ゴミ箱に被せようとして、――― ふいに浮かんだ考えに笑顔になった。さっそく振り向いて、ゴミをちりとりに入れている天馬と信助に提案する。

「そうだ。ねえ、良いこと思いついたんだけど」
「何、葵?」
「あのね、てるてるぼうずを作らない?」
「「てるてるぼうず?」」

 まるで双子みたいにタイミングぴったりに首を傾げ、声を揃える二人に私は手に持ったビニールのゴミ袋を掲げ、頷いた。






「見てみて、天馬変な顔ー」
「っく、くくっ……信助、それ……っ!」
「センスありすぎ……っ!」

 黒のマジックペンでてるてるぼうずに顔を書いて、得意げに見せびらかす信助に天馬がお腹を抱えて笑う。信助のセンスが解りやすく表現されたそれに私も思わず口元を押さえる。
 ミーティングルームの机の上に広がる黒と透明のビニール袋、ティッシュの箱に色とりどりのカラーペン。はさみにセロテープ、そして私のペンケース。私の提案に面白そう!の一言で乗ってきた二人は現在、てるてるぼうず作りに夢中になっていた。

「それにしても天馬ってほんと昔から絵、下手よね」
「僕はある意味、天才的なセンスを感じるな」

 しみじみと呟く私に信助が苦笑いをしながら、天馬作のてるてるぼうずを手に取り、しげしげと眺める。小学校の頃から壊滅的だったけれど、案の定、天馬が今しがたマジックで顔を描いたてるてるぼうずは何処を見ているのか解らない、不気味な目をしている。

「二人ともひどい。これとか結構上手く出来たと思うんだけど、だめ?」
「ダメ。可愛くない」
「葵、もうちょっとオブラートに包んであげようよ…。そうだね、…何か、吸い込まれそうな目だね」
「信助、それ全然フォローになってないよ」
「はいはい、どうせおれは下手ですよーだ」

 ぷうっと頬をふくらませて、ふてくされる天馬。思わず信助と顔を見合わせて笑っていると、疎外感を感じたのか、天馬が不満そうに私を見る。

「そういう葵はさっきから何作ってるのさ!」
「え、見る?」
「う、うん。見る!」

 私の勢いに気圧されたように天馬が頷く。私は手に持ったてるてるぼうずを二人に見えやすいように眼前に突き出した。

「じゃっじゃーん。どう? 力作なんだけど!」
「これ……信助?」
「そう、信助! 可愛いでしょ? 結構似てると思わない?」
「うん、かわいい! ありがとー。葵って手先器用なんだね」
「こういうのはちょっとだけ得意なんだ」

 手芸とか工作とかは昔から得意だ。顔の描き方を少し工夫して、ペンケースに入っているメモ帳を使って信助が普段しているバンダナをつけて巻いてみただけなのだけれど、思ったよりも上手に出来たと思う。目を輝かせててるてるぼうずを見る信助に私まで嬉しくなった。

「よーし、じゃあ僕も作ってみよー」
「じゃ、じゃあおれも!」
「変なの作んないでよ天馬。呪われちゃう」

 マジックペンを片手に張り切る信助に同調する天馬。ついつい突っ込んでしまった私に二人はきょとんとした顔をした。

「え、てるてるぼうずって呪うの?」
「僕、聞いたことないけど」
「ごめん、適当云った」
「もう、あおいー!」
「だって天馬が作ったら、わら人形になりそうなんだもん」

 ノリで云った言葉にここまで真面目に反応されるとは思わず、素直に謝ると天馬は唇を尖らせて叫んだ。そう云えば、天馬は怪談話とか苦手だったなと今更ながらに思い出す。
 再びてるてるぼうず作り(と云っても良いのかな?)に没頭し始める二人。私もまたもう一人を作るためにはさみを手に取った。

「ねえねえ、信助。どうかな? どうかな?」
「うーん、まあ見えるには見えるから良いんじゃない?」
「やった、ちゃんと見えるんだ! わーい、じゃあ完成!」
「え、天馬、何作ったの?」
「えっとねー…、」

 しばらくして、二人でこそこそと話している天馬と信助に問いかければ、天馬はもったいぶったように手に持ったものを机の下に隠した。そして得意げに笑いながら口を開いた、ところで低い声が入り口から飛んできた。

「おまえら、そんなとこで何やってんだ」
「剣城!」

 振り返ると、予想通りの人物。雨に降られたのだろう、タオルで身体を拭いながら歩いてくる剣城くんがいた。

「剣城くん。遅かったね、一人で大丈夫だった?」
「ああ、別に。それより掃除は終わったのか?」
「バッチリだよ!」

 最初、私たちは4人で天馬がぐちゃぐちゃにした体育倉庫の片付けをしていた。しかし最後に高い棚の上に備品を片付けねばならず、背の高い剣城くんがそれを買って出てくれたのだ。実際、私たちでは手が届きそうに無く、数もそんなに無かったので、剣城くんに後は任せることにして、私たちは先にミーティングルームの掃除を請け負ったのだった。

「ねえねえ外、雨ひどかった?」
「見れば解るだろ。どしゃ降りだよ」
「うう、やっぱりかあ……帰り、どうしよ……」

 信助の問いに剣城くんは肩にかけたタオルで濡れた髪を拭きながら答える。確かに体育倉庫からサッカー棟まではそんなに距離が無いはずなのに、凄い濡れようだ。天馬がしょんぼりと肩を落とす。

「で、何やってたんだ」
「てるてるぼうずを作ってたの。明日の試合、晴れますようにって」
「子どもみたいだな」

 散らかしたままの机の上を見て、剣城くんが怪訝そうに目を細める。私は完成品をひとつ手に取って、剣城くんに見せた。私のてるてるぼうずを見つめ、剣城くんは呆れたように感想を漏らす。でもその声に馬鹿にしたような色は感じられず、私は思わず微笑んだ。当初を考えれば、彼も随分柔らかくなったものだと思う。

「…そうだ! 見て見て剣城!」
「何だよ」

 落ち込んでいた天馬がパッと顔を挙げる。不機嫌そうに眉を寄せ、天馬を見る剣城くんの目の前にてるてるぼうずを突きつける天馬は胸を張って得意げだ。

「ほらこれ、剣城!」
「……はあ?」

 剣城くんが心底呆れたような声を出した。気持ちは、解らないでも無い。ぽかんと唇を半開きにして、てるてるぼうずを凝視する剣城くんをよそに天馬は弾んだ声で説明を始める。

「頑張ったんだよー。紙でね、剣城のその後ろのぴょんって出た髪とか再現してみたんだ。ほらほら、あのマントみたいのも羽織ってるし。どうどう?」
「……馬鹿かおまえは! ぜんっぜん似てねえ」

 ようやく現状を把握したらしい剣城くんが声を張り上げる。天馬は剣城くんの反応にショックを受けたように反論した。

「ええー! 信助は似てるって云ってくれたよ!」
「何処がだ。っていうかおまえ、壊滅的に絵が下手だろ! 何で人間の顔を描こうとしてここまで不気味に描けるんだ」
「何だよ。そういう剣城は絵上手いのかよー」
「少なくともおまえよりは上手い」
「そんなに云うならやってみてよ! ほら、ペン!」
「何で俺がそんな幼稚園児みたいなことしなきゃいけないんだ? もう下校時間過ぎてるんだぞ、さっさと帰らせろよ」
「良いじゃんか! おれのことそこまで馬鹿にするならやってみせてくれたって! …あ、解った。実は剣城もへたくそなんだろー」
「……良いだろう、やってやるよ」

 言い争った末に剣城くんは乱暴に空いている椅子を引いて座ると、てるてるぼうずを作り始めた。天馬の小学生みたいな挑発に乗るなんて、剣城くんも大概子どもっぽい。天馬はそんなに似てないかなあとてるてるぼうずと睨めっこしている。

「ねえ、さっき天馬が作ってたのってあれ?」
「うん。見えなくも無いでしょ、剣城に」
「まあ……天馬にしては上出来かもね」

 抑えた声で信助に聞いてみると、信助は苦笑気味に頷いた。うん、まあ確かに見えなくは無い。というか、造形は天馬にしては頑張った方だと思う。黒のビニールであの見た目学ランっぽいのに袖が無いといういまいち理解不能な服を作って着せてあるところもそうだし、これまたどうやったらああなるんだか解らない髪型もそこそこ似せてある。天馬の場合、絵を描くのが本当に下手なので、表情を描き入れた時点で台無しになってしまうのが悲しいところだけれど。

「そうだ葵、見てみて。僕はキャプテン作ってみたんだ」
「うまいうまい! キャプテンそっくりだよ」
「やった。髪のウェーブが難しかったんだー」

 そんな他愛の無い会話を交わしている間に剣城くんはてるてるぼうずを完成させたらしい。ずいっと天馬に突きつけ、ふっと鼻で笑う剣城くんに天馬は悔しそうに唇を噛んでいる。

「どうだ」
「……悔しいけど、上手いです」
「ほんとだ、剣城上手!」
「これ天馬だよね。頭のくるくる、よく出来たね。難しかったでしょ?」

 信助と一緒に横から覗いたてるてるぼうずは確かに上手だった。クラフト紙で出来たメモ帳を円を描くように切ることで天馬の天然パーマを再現している。表情も天馬らしい天真爛漫な感じが出ていて、何だか凄く意外だ。

「意外と手先器用なんだねー。工作とか得意?」
「別に。こんなの普通にやれば、そこそこのもんになるだろ。下手に上手く描こうとするからおかしくなるんだよ」

 素っ気無く答える剣城くん。てるてるぼうずを机の上に置き、面倒臭そうに立ち上がった、ところを引き止める。

「これで満足だろ。俺は帰るぞ」
「待って待って、これ、吊るすの手伝ってくれない?」
「……は?」
「だって剣城くん、背、高いし」
「椅子でも何でも使えば良いだろ」
「良いじゃん剣城。ちょっと手伝ってよ」
「……はあ。ったく、しょうがねえな。さっさと終わらせて帰るからな」

 結局のところ、剣城くんは天馬に甘い。押しに弱いと云うべきかも知れない。大分渋っていたけれど、最終的には大きな溜息を吐きながらも残ってくれた。

「どうでも良いけど、何処に吊るすんだよ。この部屋、窓無いぜ」
「そう云えばそうだね」
「じゃあ、前のホワイトボートのとこに貼り付けちゃおうよ」
「って、それならおまえら、手届くだろ……」

 剣城くんに突っ込まれ、肝心なことを綺麗さっぱり忘れていたことに気付く。タイミングよく信助が妙案を提示してくれたので、それに乗ることにして、てるてるぼうずを持って、ホワイトボードの前に移動した。

「誰だ、この頭でっかちなの作ったの」
「あ、おれだ」
「おまえな、てるてるぼうずっていうのは頭がでかいと上手くいかないんだよ」
「雨降りぼうずになっちゃったね」
「え、何それ」
「てるてるぼうずを逆さにすると、逆に雨が降るんだって。天馬知らないの?」
「知らなかった。信助、物知りだね!」
「で、これ、どうするんだ」
「あっ! 明日、雨になっちゃうよ!」
「大丈夫、セロテープで補強すれば何とかなるよ。はい、剣城くん。テープ」
「ああ面倒くせえ……」

 剣城くんは四苦八苦しながらも、天馬作てるてるぼうずの大きな頭を上にすることに成功したようだった。全部で10個もあるてるてるぼうずをホワイトボードにセロハンテープで貼り付けて、四人並んで眺める。

「これだけ並ぶと圧巻だね」
「おまえら、何個作ってんだよ。てるてるぼうずでボード見えないぞ」
「でもこれだけあれば、明日晴れるよね!」
「うん! きっと晴れるよ!」
「じゃあ最後に皆でお願いしよっか。明日、晴れますようにって」

 口々に感想を述べた後、皆で目を瞑って、手を合わせた。横目に皆を確認したら、天馬も信助も、意外なことに剣城くんも、ちゃんと目を閉じてお祈りしていた。その様に微笑んで、私もまた、目を閉じる。
 明日、無事に晴れますように。そして皆が楽しいサッカーが出来ますように。


 あした、てんきになあれ。






おまけの剣城兄弟








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