◇ しあわせ日和






 麗らかな午後だった。日差しがぽかぽかと暖かく、柔らかい風が頬を撫でる。まるであつらえられたかのような、とても心地好い空間。
 昼食を終えて、腹ごなしにと皆は自主練をしている。本当は練習開始まではもう少し時間があるのだけれど、そういうマネージャーに対して、身体を動かしていなければ落ち着かないのだとキャプテンは笑った。何ともまあ、キャプテンらしい理由だと思う。つられるように、豪炎寺くんや鬼道くん、風丸くんたちもキャプテンと一緒にサッカーボールを追い掛け回していた。
 僕はといえば、それをベンチから眺めている。今日はちょっとお昼を食べ過ぎちゃったから(おにぎりが美味しかったのがいけない)、少しだけ休憩してから、参加しようと思ったのだ。

「豪炎寺さんっ!」
「ああ、行くぞ、虎丸!」
「「タイガーストーム!!」」

 あ、今、豪炎寺くんと虎丸くんがタイガーストームを決めた。防ごうとキャプテンも必殺技を使ったけれど、僅かのタイミングで間に合わなくて、ボールはそのままゴールネットへ。
 やっぱり格好良いなあ、豪炎寺くんは。虎丸くんも小学生とは思えない、凄いプレイだ。素直に感心してしまう。僕も頑張らなくっちゃ。怪我でチームを離れていた間、皆はもっと前へ進んでいるんだから。
 悔しい気持ちも無い訳じゃない。むしろ、すっごく悔しい。悔し涙が出るくらい。でも、もう解ってる。だから空回りしたりなんかしない。
 僕の帰りを、笑顔で迎えてくれた仲間たち。完璧になることの、本当の意味を。もう二度と、見失ったりはしないから。その為に、僕はこの場所へ帰ってきたんだ。

「皆、楽しそうだね」
「ヒロトくん。君は参加しないの?」

 じっと練習風景を見つめていると、僕の隣にヒロトくんが腰を下ろした。ヒロトくんは練習しないのかな、僕が小首を傾げて訊ねたら、

「ちょっとね、食べ過ぎちゃったから。休んでからにしようかなって」
「何だ、僕と一緒だね」

 と苦笑しながら云った。僕とまったくおんなじ理由だったので、僕はおかしくなって小さく声を上げて笑ってしまう。ヒロトくんも目を丸くしていたけれど、一瞬の後、眦を下げて唇を綻ばせた。
 ヒロトくんって笑うと可愛いな。改めて、そんなことを思う。普段は切れ長の綺麗な目をしているのだけど、こうやって笑うとその目が柔らかく弧を描く。それが少しヒロトくんを幼く見せて、とっても可愛い。
 こんなことを云ったら、ヒロトくんはどんな顔をするのかな。嫌がるかな、それとも喜ぶだろうか。これが緑川くんならきっと照れながら恥ずかしそうにはにかんで、染岡くんだったら眉を顰めて嫌がるんだけど。

「ヒロトくんって笑うと可愛いね」
「ありがとう、褒め言葉と受け取っていいのかな?」
「うん、もちろん。僕、ヒロトくんの笑った顔、好きだよ」
「オレも、君の笑顔、嫌いじゃないよ」

 ヒロトくんの反応が気になって、口にしてみたら、ヒロトくんはちょっとびっくりした顔をして、それからまた僕に向かって柔らかく微笑んでくれた。それが嬉しくて、僕はヒロトくんの問いかけに大きく頷く。
 すると、ヒロトくんは僕の答えに僅かに苦笑を滲ませながら、それでも笑顔で僕に返事をくれた。何だかもっと嬉しくなって、僕は笑った。二人、顔を見合わせて微笑みあう。
 だって、やっぱり笑顔が好きだよ。皆、笑っていられるのが好きだよ。悲しいことや辛いこと、悔しいことだってたくさんあるけど、でもそれを乗り越えた先で、最後には笑っていられたらいいなって、思う。
 ほら、こんな風に。

「何か、幸せだね」
「そうだね」

 僕の唇から知らぬ間に零れた本音にヒロトくんは静かに頷いた。澄んだ、だけど何処かやさしい眼差しがコートに注がれて、僕もまたそちらへ視線を投げた。

「いいぞー、壁山!」
「風丸さんっ」
「ああ!」

 フィールドでは壁山くんが虎丸くんからボールを奪って、それを風丸くんへパスしているところだった。キャプテンがにかっといつもの笑顔で皆に声援を送る。ああ、眩しいな。僕は目を細める。
 風丸くんはそれをドリブルして、鬼道くんへ渡した。鬼道くんが不動くんと対峙して、しばらくフェイントをかけあった後、抜き去る。そしてそれをすぐ傍にいた染岡くんに渡した。

「染岡っ!」
「おう、決めてやるぜ!」

 染岡くんが綱海くんを抜き去って、シュートをする体勢になる。キーパーの立向居くんが真剣な顔でボールを睨みつけた。そして、染岡くんのシュートを何とかキャッチする。
 立向居くん、強くなったなあ。染岡くん、すっごい悔しそうだ。僕は何だか微笑ましくなって、ふふ、と笑い声を漏らした。隣でヒロトくんが苦笑いをして、ぽつりと呟く。皆を見つめる緑色の瞳はとってもやさしい。

「サッカーって楽しいね」
「皆と一緒だからね」
「そっか。・・・・・・うん、そうだね」
「僕ね、ヒロトくんと、・・・・・・皆と一緒にサッカー出来るようになって、凄く嬉しいよ。とっても幸せだって思う」

 にこっと笑って云えば、ヒロトくんは少し思案顔で瞳を翳らせる。でも、ちゃんと僕に笑い返してくれた。その顔がやっぱり可愛いな、と僕は思う。ヒロトくんには笑ってる顔のほうが似合うよ。
 その綺麗なグリーンの瞳も、暗い色を映すより、太陽の光に煌めいているほうが、もっとずっと綺麗に僕には見えるもの。
 だからね、この気持ちは本当。君と、皆と一緒にボールを蹴るのが、僕はすっごく楽しいんだ。楽しいことをしていたら、自然と笑顔になる。それが嬉しい。ずっとそうやっていられたら、すごく素敵だなあって思う。
 だってさ、サッカーって皆で楽しんでやるもので、そしてそれは僕たちに笑顔をくれるものなんだって、僕はもうちゃんと知っているから。

「おーい、吹雪、ヒロト! もう大丈夫だろー? お前らも一緒にやろうぜ!」
「キャプテン」
「円堂くん」

 ゴールからキャプテンが僕たちに向かって、大きく手を振る。元気のいい声で呼ばれた僕の名前が何だかくすぐったい気がして、いつもと同じなのにな、と苦笑する。
 キャプテンの声に周りの皆が反応して、ちらほらとこちらを振り返る視線。やさしい眼差し。何でだろうね、こんな些細なことが幸せだなあって感じるのは。きっと、大好きな皆だからだね。

「吹雪! ヒロト!」
「うん、今行く!・・・・・・ほら、ヒロトくん、行こう」

 皆が僕たちの名前を呼ぶから、僕は大きな声で返事をした。それから、少しぼうっとしてるヒロトくんに手を差し出す。ヒロトくんは目をぱちぱち瞬かせて、一瞬戸惑って、でも僕の手を取ってくれた。
 重なった、少し体温の低い手を引いて、僕たちはコートへと駆け出す。その先には、大好きな皆と大好きなサッカーが待っている。
 キャプテンが笑顔で、ヒロトくんの肩を叩いた。ヒロトくんがちょっと困ったように笑って、僕を見る。やっぱり可愛いな、僕はそう思いながら、掴んだ手を離す。そんな僕の肩をキャプテンが叩いた。
 にかっと笑うキャプテン。ああ、眩しいな。僕は微かに目を細めて、笑う。


 暖かい日差し、柔らかい風。なんて素敵な絶好のサッカー日和。それに大好きな仲間たちがいてくれるなら、笑顔で迎えてくれるなら、これ以上、必要なものなんてないよね。
 こんな風に幸せだって思えること、昔の自分だったら考えられない。生きていることにさえ、何処か怯えていた僕。でもそれに気付かせてくれたのも、きっと皆だから。


―――――― 今ここで笑い合えるしあわせに、ありがとう。








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