◇ ブルーバード  06






「美味しい。塩加減もちょうど良いし」
「だろ? 俺が作ったんだぜ」

 卵粥を一口食べた瞬間、吹雪の頬が綻ぶのに俺はそれだけであたふたと慌てながらも作った甲斐があったと思った。調子に乗った佐久間の発言も気にならない。
 本当のことを云えば、佐久間は火の番してただけで、しかもそれも最初だけで後はずっと電話をしていたのだが、もう突っ込むのも面倒だった。それよりも、吹雪の感想が嬉しい。やっぱり簡単なものでも作ったものを美味しいと云って食べて貰うのは嬉しいものだ。

「ヒロト、何か変なとこでもあったか? もしかして不味かった?」

 ヒロトがどんぶりの中身を見つめ、れんげで掬ってはまたじっと眺め、と中々食べないので、不安になった俺はヒロトの表情を窺いながら、恐る恐る訊ねてみる。すると、ヒロトはれんげを目の高さまで持ち上げて、しみじみと漏らした。

「へえ、卵粥って本当はこういうのなんだ……」
「へ?」
「姉さんの卵粥ってもっとどろどろで、卵がそのまま入ったみたいな感じだったから……」

 予想外の答えに思わず変な声が出た。ヒロトは真顔で感想を述べている。その顔が余りにも真剣すぎて、俺はつい笑ってしまった。佐久間も、吹雪も、ヒロトの発言に声を抑えられないようだ。くすくすという笑い声が部屋に響いた。

「あの監督さん、そんなに料理アレなんだな……」
「まあ瞳子監督もお前には云われたくないと思うけどな」
「どういう意味だよ」

 一頻り笑って、佐久間が零した一言につい突っ込む。正直、卵粥を作れない瞳子監督と目玉焼きも焼けない佐久間ならまだ瞳子監督の方がマシだと思う。

「でも、美味しいよ。塩辛くないし」

 ようやくれんげを口に含んだヒロトが笑みを浮かべて、俺を見た。俺も笑い返した。そうして皆でわいわい騒いでいる内に、吹雪のどんぶりもヒロトのどんぶりも空になった。元々そんなに多く入れてなかったから、ちゃんと全部食べてくれて安心した。これだけ食欲があればきっと大丈夫だろう。何より、佐久間と一緒に騒ぐだけの体力が残っているのだ。

「そういえば、それは何?」
「ああこれか。コンポートだよ。りんごがあったから作ってみたんだ」

 どんぶりを二人から受け取ってお盆に戻す、と吹雪が目敏くお盆の上の別の器に気が付いた。透明なガラスの器の中にコンポートが二切れ並んでいる。

「「コンポート?」」
「えーっとな、りんごを砂糖で煮たやつ?だったよな?」
「ああ」

 同じように小首を傾げる二人にさっき俺が云ったセリフそのままに佐久間が説明しようとして、結局語尾にクエスチョンマークがついたので、確認するように頷いてやる。

「食べるか?」
「うん、食べる!」
「オレも貰っていいかな」
「俺も俺も」
「はいはい」

 目を輝かせて大きく首を縦に振る吹雪にヒロトも同調する。ついでに佐久間まで云ってきた。器にフォークを添えて手渡すと、甘いもの好きな吹雪は早速フォークにりんごを引っ掛けて齧り付いた。

「甘い。けど、甘酸っぱくて美味しいよ、風丸くん」
「甘すぎなくてちょうど良いね」
「そっか。良かった」

 もぐもぐと咀嚼して、吹雪が満面の笑みでこちらを向いた。ヒロトもまたフォークを手に笑顔で俺を見る。
 良かった。ほっと胸を撫で下ろす。つい作ってしまったけど、口に合わなかったらどうしようかと案じていたから。吹雪はすぐに二切れ目に齧りつき、ヒロトは残り半分を口に含む。つられて、俺も余った一切れを食べてみる。
 味見はしたけれど、その時よりもずっと美味しくなっている気がした。やっぱり母親の云う通り、笑顔は一番のスパイスなのかも知れない。だってこんなにも胸が一杯になる。自己満足かも知れないけれど、作って良かったと思った。

「じゃあ俺はこれで帰るけど」

 コンポートを食べ終わり、とりあえずの市販薬を飲ませて、俺はグラスの乗ったお盆を抱えた。ちなみに佐久間は先に調理場に帰って貰っている。料理は出来ないが、洗い物は結構手早いので、後片付けを頼んだのだ。もうすぐ久遠監督が帰ってくるだろうし、マネージャーが帰ってくるまでに調理場は片付けておきたかった。

「他に何か欲しいもの無いか?」
「心配しないで。大丈夫だから」
「水あるし、氷枕はまだ溶けてないしね」

 最後に立ち上がる前に二人の顔を交互に見て訊ねるものの、二人の顔は相変わらずだ。本当に欲しいものが無いだけなのかも知れないけれど、吹雪の下がった眉やヒロトの歪められた口元を見ていると、それだけでは納得したくなくなってしまう何かがあった。何となく悔しくなって、お盆を置いて、二人の頭を両手でかき回しながら云う。

「無理するなよ。体調悪い時くらい、周りに甘えたって罰は当たらないぞ」

 最後に髪の流れを整えて手を離した瞬間、二人が急にぐっと唇を噛んで俯いた。何かを堪えているような様子にびっくりして、二人を見つめる。

「……? どうかしたのか?」
「いや、ただ。幸せだなって思ったんだよ」
「僕も。幸せすぎて、怖くなっちゃうくらい」

 顔を上げた二人は満面の笑みだった。お互いに顔を見合わせて笑いながら、俺の顔を見ては嬉しそうに微笑む。俺は何が何だか解らなくなって、その場で戸惑う。
 そうこうしている間に、ヒロトに腕を引っ張られ、そのままベッドの傍にしゃがみ込む。二人は布団に潜り込むと、吹雪は俺の右手を、ヒロトは左手を取って握った。

「でも、そうだな。じゃあ、眠るまでここにいてよ」
「あ、あのコンポート? 晩御飯の時にも食べたいな!」

 甘えというのは何処までなのかとか、これは幾ら何でも少しじゃ済まないわがままなんじゃないのかとか、色んなことがぐるぐると頭を駆け巡って、でも最終的には。

「……はいはい。解ったよ」

 溜息交じりの返事をする顔はどうやったって困った表情にはならなくて。浮かんだ笑みに吹雪とヒロトがまた、顔を見合わせて笑った。








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