◇ ブルーバード  02






 冷蔵庫には木野や音無たちマネージャーが作っておいてくれた補給用のスポーツドリンクがたっぷり冷やされていたので、その中から二人分のボトルを抜いて、吹雪たちの枕元へ置いておいた。
 二人は俺が食堂へ行っている数分の間に寝付いてしまったようで、どちらも少し眉間に皺を寄せながら眠っていた。見た目は元気そうだったヒロトも額に汗で髪を貼り付かせて寝ていたので、やっぱり苦しいんじゃないかと思いつつ、濡れタオルで汗を拭ってやった。
 そこまではいい、そこまでは。問題は、

「困った……」

 何処かのレストランの調理場にでも置かれていそうな大型の冷凍庫を覗き込み、俺は途方に暮れていた。思えば、俺の料理スキルってそんなに大したものじゃない。母親を手伝って夕飯を作ったり、家庭科の調理実習で何度か作ったりしたことがあるくらいだ。料理の本があればレシピ通りに作ることくらいは出来るけれど、この場にそんな便利なものがある訳も無く。更に云えば、ここは合宿所の調理場。普段はマネージャーたちと古株さんが主立って管理していて、自宅の台所とはまるで勝手が違う。
 つまるところ、俺は冷凍ご飯を発見出来ず、鍋と米を前に立ち尽くしているのだった。

「とりあえず研ぐか」

 ボールに米を量って入れ、蛇口を捻る。おかゆは前に母親が風邪で倒れた時に作ったことがあるが、その時は冷凍ご飯を電子レンジでチンして、それを鍋に放り込み、水を加えて煮立てただけだった。後は最後に溶き卵を円を描きながら流し込むだけ。
 しかし、冷凍ご飯なんてものがこの合宿所にあるはずも無いことを失念していた。さすが成長期の中学生と云うべきか、人数が多いのも手伝って、毎回炊飯器の限界ギリギリまで炊いても、米粒一つ残らず平らげてしまうのだから。

「粥って水何割だったっけ……」

 研いだ米の水を切って、鍋に入れる。後は水を入れて煮立てれば良かった、と思うのだが。作り方がうろ覚えな上、米一合に対して水何リットル要るのかが解らない。
 計量カップ一杯に水を満たして、これを入れるべきか数秒悩む。今頼れるのは自分の勘しかないのは解っているのだが、俺は元々余り思い切りが良い方では無いのだ。

「風丸?」

 一頻り計量カップと睨めっこをしていると、ふいに調理場の入り口から声をかけられる。宿舎には誰もいないと思っていただけに思わずびくりと反応してしまい、計量カップから水が零れた。

「佐久間か。何だ、驚かすなよ」
「風丸こそ。こんなところで何やってるんだ?」
「いやそれが……」

 入り口を振り返れば、そこには出かけたと思っていた佐久間が訝しげに眉を寄せて立っていた。それはそうだろう、調理場に選手が立つことなんて滅多に無い。練習に追われる俺たちに食事を作る時間なんて無いからだ。
 佐久間は不思議そうに小首を傾げる佐久間に俺は計量カップを一旦まな板の上に置いて、どうしてこうなったのかを説明した。

「それは大変だな。俺も手伝うぜ」
「サンキュ。正直一人じゃ心許無くて困ってたんだ。助かるよ」
「ああ! 任せとけ!」

 一通り事情を話すと、佐久間はぐいっと腕まくりをして手伝いを申し出てくれた。その様子に何だかほっとする。やっぱり一人でやるよりも二人でやる方が安心出来る。結局ヒロトも寝込んでしまったし、突発的な出来事に対処するには少し心細かったのかも知れない。

「で、何をすれば良いんだ?」
「今米を研いだところなんだけど、俺、米に対して水が何割だったか、分量忘れちゃってさ。佐久間は知ってるか?」
「すまん、俺も知らない。力になれなくて悪いな」

 俺の隣に並んで状況を問う佐久間に粥の作り方を知っているかと訊ねる。しかしどうやら佐久間も知らないようで、俺の質問に首を横に振った佐久間はまな板の上に広げられた鍋や計量カップやボールを物珍しげに見つめ、洗った米に指を突っ込んでいる。
 しょうがないな、と頷きかけた俺はその様子に一抹の不安が脳裏を過ぎっていくのを感じる。さっきもこんな感じだったんだよ。吹雪と云い、ヒロトと云い。で、案の定二人とも風邪だった。
 ということは。
 俺の第六感が告げる何かはあからさまなオーラを漂わせていて、今更確認しても落胆が待っているだけと知っていても、訊ねずにはいられない俺は本当に損な性分だ。

「なあ、佐久間、……お前、料理出来るのか?」
「いや、出来ないけど?」

 恐る恐る問いかけてみた結果は案の定だった。思わずがくりと肩が落ちる。一瞬だけでも助かった!と思っただけにショックは大きい。というか佐久間、じゃあさっきのあの自信満々な態度は何なんだ。そして何でそんなに平然と答えられるんだよ!

「ああでも、カップラーメンくらいなら作れるぞ」

 そんな補足情報、何の役にも立たないんだが。カップラーメンなんて蓋捲ってお湯注いで待つだけだろ。

「目玉焼きは?」
「いつの間にかぐちゃぐちゃの卵そぼろになる」
「カレーとか……」
「作ったこと無い」
「……帝国には家庭科の調理実習とか無いのか?」
「いつも源田任せだったからなー」

 最低限の料理スキルくらい持っていてくれ……と祈るような気持ちでした質問には見事に裏切られる答えしか返ってこない。
 まあ一般的な中学生男子はこんなものなのかも知れない。鬼道とか豪炎寺とか皆作れたから、その基準で考えてしまっていた俺が悪いのだろう。円堂だって出来ない訳だし。まあ目玉焼きくらいは作れてたが。目玉焼きなんてフライパンに卵割り入れるだけの料理、どうやったら失敗出来るのか、そっちの方が不思議になる。
 余りの俺の落ち込みように今まで平然としていた佐久間もさすがに罪悪感が沸いてきたのか、ジャージのポケットから携帯を取り出して、アドレス帳を開いた。

「そんなに落ち込むなよ。大丈夫だ、源田にでも電話して聞いてみる」
「待て携帯で国際電話は通話料がっ……って、そうか、その手があったか!」

 つい普段のくせが出てしまい、電話しようとする佐久間を止めようと手を伸ばして、そこで俺ははたと気が付いた。もしかして俺はとんでもないことを忘れていたんじゃないか……?

「は?」
「ネットだよ! ネットでレシピ検索すれば良いんじゃないか!」

 何で今までこんなことを忘れていたのか。この宿舎には情報収集用にと自由に使えるノートパソコンがあるのだ。要領を得ない様子で目を瞬かせる佐久間に目線を合わせて力説すると、佐久間はようやく俺の云いたいことが解ったのか、はっとした顔をして頷いた。

「そ、そうだな。じゃあ俺、ノートパソコン取ってくる!」
「ああ、頼んだぞ佐久間!」

 ノートパソコンを取りに調理場を出て行く佐久間の背中を見送りながら、俺はようやく粥が作れると胸を撫で下ろした。唇の端から深い安堵の溜息が漏れていく。
 ……この時点で大分疲れた気がするのは気の所為にしておきたい。何だか余計に疲れる気がする……。








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