あかとあおとみどりとむらさきの続きの話です。






◇ ある朝の風景






「あ、風丸くん、おはよぉ……」
「おはよ……って吹雪、お前、そのパジャマどうした」

 朝、洗面所で顔を洗っていると、後ろからまだ夢の世界から抜け切れていない、とろんとした声が聞こえた。普段から朝が苦手だと公言して憚らない吹雪だが、今日は珍しく早起きが出来たらしい。
 慌てて泡を洗い落として濡れた額を拭いながら、顔を上げると、……そこには眠たそうに目を擦る緑色のペンギンがいた。

「あ、これ? 佐久間くんに貰ったの。やっぱり変かな?」
「いや変って云うか……それ以前の問題というか」

 タオルや歯ブラシ、それにポーチを抱えて立っている吹雪はまさしくペンギンだった。絶句する俺に吹雪は自分の格好を見下ろして、不安げに小首を傾げる。
 いや、似合ってはいる、似合ってはいるんだが。逆に似合ってる方が不味い気がするのは気のせいか。だってこれ、確実に子ども用だろ。

「デザインは可愛すぎるけど、着心地は結構良いんだよー。汗吸い取ってくれるし」
「…………」

 デザインの可愛さもあれだが、何よりもその可愛らしいフードを被っているのが間違いだと、俺は思う。
 突っ込むにも突っ込み切れずにいる内に吹雪は俺の隣で顔を洗い始めた。ブルーのクリップで前髪を上げて、ばしゃばしゃと水音を立てる。俺も歯磨きをしようと歯ブラシを出した、ところでまた何かおかしなものがやってきた。

「風丸、おはよう」
「佐久間……、お前、それ……」
「あ、このパジャマか? 可愛いだろう?」
「うん、まあ確かに可愛いな」

 そんなに自信満々に云われたら、そう返す以外の言葉が思い浮かばなかった。佐久間は赤いペンギンで、これまたきっちりフードを被っていた。こちらはポーチもタオルもペンギンだ。解ってたけどお前、どれだけペンギン好きなんだよ。

「あ、吹雪、お前も着てくれてるのか!」
「佐久間くん。おはよー」
「やっぱりペンギンは可愛いよな!」

 俺の隣で顔を洗い終えた吹雪を見つけると、佐久間は嬉しそうに声を弾ませた。タオルで顔を拭いながら、吹雪はふわふわと笑い、挨拶をする。佐久間は吹雪の隣の洗面台にポーチを置いて、タオルを肩にかけた。
 一々突っ込んでいたら埒が明かない。ペンギン談義を繰り広げ始める二人を放置して、歯ブラシに歯磨き粉をつけて、口に突っ込む。そして大方磨き終えて口を漱いだところで、

「……っ!」
「鬼道! 着てくれてるんだな!」
「ああ、まあな」

 思わず口の中の水を噴き出してしまうところだった。ギリギリのところで耐えたことを俺は自分で褒めてやりたい。よくやった俺、本当によくやった。
 だってまさか、鬼道が青ペンギンになって現れるなんて思わないだろ、普通……。あの真面目な鬼道が……。

「鬼道くん、結構似合ってるよ、それ」
「吹雪には適わない。まあ一番は佐久間だが」
「そうか? 皆似合ってるぜ!」

 お互いに褒め合う三人にもう突っ込む気すら起きない。鬼道もまたきっちりフードを被っていて、トレードマークのドレッドヘアが綺麗に隠れてしまっている。の割にはマントはちゃんと羽織っている辺り、鬼道の基準が解らないのだが。お前のトレードマークって結局どれなんだ。
 赤、青、緑と三色のペンギンが洗面所に集うさまは何処か異様だった。何だか色々疲れてきた時、救世主は現れた。

「あ、不動くん!」
「不動、お前もか」

 不動ならこの状況に突っ込んでくれるだろう、と思った。だって絶対におかしいだろこれ。不動なら馬鹿じゃねえのかお前らとか云って、鼻で笑い飛ばしてくれるに違いない。そう思った。だから救世主だと、一筋の光が差したと、そう思ったんだ。だが現実はそう甘くは無かったらしい。

「不動……お前もか……」

 洗面所の入り口に立つ不動は紫ペンギンだった。お前は一般的な感覚を持っていると信じていたのに。見事に裏切られた。
 不動は顔を赤くしながら、洗面所に入ってくる。三色のペンギンたちは口々に不動に話しかけた。云い返す不動の口ぶりにもいつものキレは無い。案外解りやすい奴だよな、お前も。

「ほらやっぱりお前も欲しかったんじゃないか。ペンギンパジャマ可愛いだろ?」
「ち、ちげえよ。これはあれだ、いつの間にか部屋の前に置いてあって……勿体無いから着てやろうとだな……」
「不動くん、似合ってるよー」
「意外と似合うものだな。紫か」

 三色が、四色になった。四色のペンギンが楽しそうに談笑するのを遠い目で見つめながら、俺は自分の感覚が本当に正しいのかを疑い始めていた。








<top



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -