改めまして、よろしくねの流れの話ですが、読んでなくても話は通じる、はず。






◇ あかとあおとみどりとむらさき






「あ、吹雪! ちょうど良いところに」

 午後の練習が一段落して、夕食までのひと時の休憩時間。少し早めに食堂に行こうかな、と思って廊下を歩いていたら、ふいに後ろから呼び止められた。

「佐久間くん、どうしたの?」
「なあちょっと俺の部屋に来てくれないか?」
「……? 良いけど」

 振り返って訊ねると、佐久間くんは僕の手を引いて、自分の部屋へと連れていった。佐久間くんの部屋は一階だ。そんなに距離も無く、僕は佐久間くんの部屋に辿り着いた。
 佐久間くんの部屋はそれはもう見事にペンギンだらけだった。ベッドのシーツは皺くちゃで椅子の背には無造作にジャージが引っ掛けられていて、お世辞にも綺麗な部屋とは云い難いのに、ペンギンのぬいぐるみだけは大切にされているようで、ベッドの脇や机の上に一つずつちゃんと整列して並んでいる。その中にはこの間、僕がゲームセンターで取ってあげたものやショッピングモールのファンシーショップで見つけたものも混じっていた。

「吹雪、これを見てくれ」
「……これは、」
「可愛いだろ? さっきちょっと買い物に近くのスーパーに行ったんだけど、衣料品売り場で見つけたんだ」

 思わず言葉を失くす僕に嬉しそうに広げて見せてくる佐久間くん。佐久間くんが両手で持っているものは、薄緑色をしたペンギンのパジャマ?だった。下は普通の綿の長ズボンなのだが、上は膝丈まであって、更にはフードがついている。フードには黄色いくちばしがついていて、くりくりした大きい瞳まで縫い付けられている。
 確かに可愛い、可愛いけど、明らかに子ども向けな気がする。ていうか、サイズ160センチって書いてあるんだけど。

「どうしたの? これ」
「吹雪、こないだ一緒に出かけた時、新しい寝巻き欲しいって云ってただろ?」
「……ああ、確かに」
「それ思い出してさ。あんまりにも可愛かったからつい。もう季節ズレてるから安かったし」

 突っ込むことも出来ずに小首を傾げる僕に佐久間くんは広げたパジャマを畳みながら説明してくれた。そう云えば、そんなことを話したような覚えがある。持ってきた寝巻きが洗いすぎてさすがにボロボロになってきたので、新しいのが欲しいと云ったような……。
 佐久間くんはパジャマを大雑把に畳み終えると、それをずいっと僕に向かって突き出した。

「吹雪に一つやるよ」
「え、良いよ。悪いし」
「良いって。980円だし。金なら、今度何か昼飯でも奢ってくれ」

 幾ら安いとはいえ、中学生には安くないお金がかかっているだろうものを簡単に受け取る訳にもいかずに断ると、佐久間くんはあっけらかんと笑って、僕の胸にパジャマを押し付けた。落としそうになるのを慌てて抱えながら、せっかく買ってきてくれたんだし、と頭を下げる。

「……ありがとう、佐久間くん」

 お礼の言葉を口にすると、佐久間くんは照れくさそうに笑う。それが何となく可愛くて、まあいっか、とパジャマをぎゅっと抱きしめる。確かに可愛いし、着る分には問題ないだろう。むしろ160というサイズに対して、大きくないかを心配してしまうのは切ないところだけれど。

「……っていうか、一つってことはまだあるの?」
「ああ。俺のと、鬼道のも」

 最初の戸惑いも落ち着いて改めて考えてみると、突っ込みどころを見つけてしまって、つい口を開いてしまう。
 佐久間くんは大きなスーパーの袋を持ってくると、中から二つのパジャマを取り出した。僕の腕の中にあるものと同じもので、色違いだ。青い方が鬼道くんので、赤い方が佐久間くんのものらしい。何だか奥の方にもう一着、紫っぽいのが見えた気がするけど、佐久間くんが見せないのだから違う服なのだろう。

「佐久間、もうすぐ飯だぞ」
「鬼道! ちょうど良い、入ってきてくれないか」
「……どうしたんだ、佐久間?」

 佐久間くんがベッドの上にパジャマを広げた丁度その時、部屋のドアがコンコンとノックされる。鬼道くんが食堂にいない佐久間くんを呼びに来たらしい。そう云えば、もうそんな時間か、と時計を見る。この感じだと風丸くん辺りが僕の部屋を訪ねてるかも知れないな。悪いことしちゃった。
 佐久間くんに誘われるままに部屋のドアを開けた鬼道くんは僕の存在に驚いたように目を丸くする。

「何だ、吹雪もここにいたのか」
「鬼道、ほらこれ、お前にも!」
「佐久間、どうしたんだこれ」
「さっき買ってきたんだ。鬼道はやっぱり青だよな」

 入り口付近に立ったまま、事態を把握出来ずに僕と佐久間くんの顔を見比べる鬼道くんに佐久間くんは青い方のパジャマを手渡した。鬼道くんが困った顔をして、佐久間くんを見つめる。

「くれるのか?」
「ああ! 俺は赤で、吹雪は緑なんだ。可愛いだろ?」
「……まあ、確かに可愛いが」

 疑問符を浮かべる鬼道くんに佐久間くんは大きく頷いた。同意を求めるように鬼道くんの顔を覗き込む。鬼道くんは佐久間くんの勢いに押されて苦笑いをしつつも、肯定を返す。
 佐久間くんは鬼道くんに認めて貰えたことが心底嬉しいようで、満面の笑みを浮かべている。困った顔の鬼道くんも嬉しそうな佐久間くんも何となく可愛かった。
 と、そんなところへ、

「へっ、ダッセェの」
「何だと、不動!」

 ドアの向こうからぶっきらぼうな声が聞こえてきて振り返ると、廊下に不動くんが立っていた。佐久間くんはさっきまでの緩んだ頬は何処へやら、きっと眦を吊り上げて不動くんを睨みつける。
 この二人、やっぱり仲悪いのかな。険悪な雰囲気に身構える。鬼道くんも垂れ下がっていた眉がきりっと持ち上がっていた。

「ペンギンとか、子どもみてえ」
「ふんっ、お前にペンギンの魅力は解らないだろうなっ!」
「んなダセエもん、解らなくて結構だぜ」
「そんなだからお前はトマトも食べられないんだよ!」
「トマトは関係ねえだろうが!」

 乱暴に吐き捨てる不動くんに攻撃的に云い返す佐久間くん。佐久間くんってペンギンが絡むと本当に性格変わるよね……。こんなきつい顔した佐久間くん初めて見たかも。
 最早ヒートアップしすぎて何に対しての口論なのか解らなくなりつつある二人の間に鬼道くんが爆弾発言を落とした。

「ていうか、不動、お前こないだペンギンの映画のCMを食い入るように見つめてただろう」
「え、そうなの?」

 あんまり真面目な声でさらっと云うものだから一瞬何を云っているのか理解出来なかった。不動くんは鬼道くんの言葉に目を瞠って、ぎっと鬼道くんを睨みつけた。

「っは、ん、んな訳ねえだろ、鬼道くん?」
「いや、俺は見たぞ。ついでに豪炎寺も見てるから、何なら聞いてこい」
「だから違うって云ってんだろーが!」

 不動くんとしては平然としているつもりなのかも知れないけど、目が泳いでるし、まったく隠し切れていない。口調だけはキツイけど、鬼道くんはまったく動じないで涼しい顔をしている。
 にしてもそっか、不動くんもペンギン好きだったんだ。で、自分だけ皇帝ペンギン3号打つ仲間なのにペンギンパジャマを貰えなかったのが悔しかったんだね。

「何だ、お前もペンギンパジャマが欲しいのか? 欲しいなら素直に云えば、やらないこともない」
「い、要らねえよ、そんなだっせえパジャマ!」

 佐久間くんが小首を傾げて問いかける。不動くんは恥ずかしさからか、耳まで真っ赤にしながら、捨て台詞を残して走り去っていった。まるで嵐のようだ。






 それから数日後、不動くんが紫色のペンギンパジャマを着ていたのは、また別の話。








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