◇ 改めまして、よろしくね  06






 あの後、一分も経たない間におばあさんが警察官を連れてきて、ひったくり男は現行犯逮捕された。そしておばあさんと一緒に俺たちも近くの交番で事情を説明することになり、結局、交番で1時間近く時間を潰した。
 まあそれは良いんだが、日本代表の選手だと云うことがばれて、監督に連絡されてしまい、最終的に古株さんがわざわざ交番まで迎えに来てくれることになったのは失敗だった。チームに迷惑をかけるつもりじゃなかったし、まだバスがある時間だったから普通にバスで帰ると云ったのに。

「でも、良かったね。おばあさん喜んでくれたし。やっぱり良いことした後は気分良いよね」
「まあな」

 ガタガタとイナズマキャラバンに揺られ、宿舎までの帰路を辿りながら、吹雪がふっと漏らした感想に俺はゆっくりと首を縦に振る。
 おばあさんはそれはそれは喜んで、俺たちに何度も頭を下げて、お礼の言葉を繰り返した。鞄の中には亡き夫から送られた大切な品物が入っていたそうで、お金よりも大事なそれが手元に無事に帰ってきたことにおばあさんは思わず涙ぐんでいた。ハンカチで眦を押さえながら、ありがとうと微笑むおばあさんに俺はどうしていいか解らず、柄にも無くおろおろとしてしまった。
 反対に吹雪は一瞬神妙な顔をして、それから、良かったですね、と俺が今まで見たことが無い、初めて知る笑い方で、柔らかく微笑んだ。大切なものが帰ってきて、本当に良かった、と。

「あの時の佐久間くん、凄い格好良かったよ」
「え?」

 警察署での出来事を思い出し、シートの背もたれに身体を預け、力を抜いてぼんやりとしていると、ふいに吹雪が恥ずかしいことを云い出して、俺はパッと顔を上げた。つい間抜けな声まで出てしまう。

「ひったくりを捕まえる時。すぐに追いかけて行ったでしょ。あの時の佐久間くん、格好良かった」
「お前こそ。犯人、綺麗にノックアウトさせてたじゃないか」
「あれは至近距離だったから。そう云えば佐久間くん、よく僕の意図が解ったよね。あのペットボトル」
「直感だよ。お前こそ、あそこでペットボトル蹴ろうとか普通思わないって」
「それを見事にひったくりの頭にヒットされた佐久間くんのコントロールには敵わないよ」

 にこにこと笑いながらそう告げる吹雪に俺はハッと我に返って云い返せば、逆に言葉が戻ってきて、お互いに健闘を称え合うことになった。
 まあ確かにあそこでペットボトルをボール代わりにしようと思う吹雪の発想も、咄嗟とは云え、それに対応出来た俺も規格外であることに変わりない。まったくこんなところで目と目で意思を伝え合うチームワークを発揮することになるとは。

「ふふ。……でもまさかこんなところでサッカーの練習が役に立つとは思わなかったよね」
「確かに」

 くすくすと笑い声を零す吹雪の言葉に苦笑いしながら頷く。というか、あんな風に練習でやってきたことを使うことになるとは思わなかった。

「今日は本当に楽しかった。一日で佐久間くんの色んなところ見れたし」
「そうか?」

 吹雪がうーんと背筋を伸ばしながら今日の感想を呟くのに、つい小首を傾げると、吹雪はふふっと笑いながら俺を見た。

「だって、ペンギンにあんなに夢中になるとこも、意外と大食いだってことも、音ゲーが得意だってことも、あんなに正義感強くて格好良いところあるんだってことも、昨日までの僕は知らなかったよ」
「それを云うなら、お前がこんなにマイペースだってことも、甘いもの好きだってことも、ちょっと常識外れで、あんなに突拍子の無いこと考えるってことも、俺は知らなかったぜ」

 次々云い連ねていく吹雪に負けじとこちらもつらつらと並べ立てる。でもこうやって口にしてみると、俺から見た吹雪も、吹雪から見た俺も、初めの印象は何だったんだと思わされる。第一印象は当てにならないと云うけれど、それをここまで思い知らされることって中々無いんじゃないだろうか。
 俺にとって吹雪は皆の云うことをにこにこしながら聞いているイメージがあった。どちらかと云うと、円堂や染岡に振り回されている側というか。でも実際は結構マイペースで強引なところもあって、それでいて、ずっとおばあさんの背中を撫でていてあげるような面もあって。本当に、人間なんて接してみないと解らないものだと思う。良いところも悪いところも触れて見なければ解らない。

「でもさ、こうやってお互いのことを少しずつ知っていくのって楽しいよね。……僕、やっぱりイナズマジャパンに帰ってこれて良かったな。だって、佐久間くんとこんな風におしゃべりする機会、日本代表に戻ってこれなかったら、無かったかも知れないから」
「そう、だな。俺も、日本代表になれて良かった」

 長い睫毛を伏せて、しみじみと云う吹雪の顔はたくさんの感情があるようで、俺には上手く読み取れなかった。けれど、吹雪が口にする言葉の示すところは明確で、俺はゆっくりと頷いた。お互いにその言葉の裏側に秘めた感情は違うかも知れないけれど、云いたいことは一緒だ。
 イナズマジャパンでサッカーが出来て良かった。きっと、ただそれだけのこと。
 そこから生み出されるものはたくさんあって、その多くの出会いや経験や思い出の中に今日も刻まれていくのだろう。そしてその機会はこうして二人、同じチームで一緒にサッカーをしていなければ生まれなかった。イナズマジャパンに召集されなければ、吹雪とこうして映画を見に行くことも無かったし、鬼道と一緒にまた皇帝ペンギンを打つことも、不動と同じチームで再び顔を合わせることも無かった。そう考えると、現在とは何とも不思議なもので。思えば、今日一日だって可笑しなことばかりだった。

「吹雪と一緒に映画を見に行くなんて、考えたことも無かったぜ、俺」
「でも、楽しかったでしょ?」

 小首を傾げて満面の笑みでこちらを覗き込んでくる吹雪の顔ももう見慣れてしまった。マイペースなこの笑顔に何度も振り回されもしたけれど、でも、確かに。

「ああ、楽しかった」

 吹雪が嬉しそうに声を上げて笑うのに、俺も何となく顔を見合わせて笑ってしまう。何が可笑しい訳でも無いのに、まったく箸が転がるだけで笑える年頃だとはよく云ったものだ。
 ひとしきり笑ったところで、吹雪のお腹がぐうと盛大な鳴き声を響かせた。吹雪は一瞬恥ずかしそうに眉を寄せたが、すぐに開き直って夕食について話し始めた。

「あーあ、お腹減ったー!」
「俺も。皆もう食ってるんだろうなー」
「ねえ佐久間くん、佐久間くんは今日の晩御飯、何だと思う? っていうか、何食べたい?」
「そうだな……肉なら何でも良いな」
「佐久間くん、ほんとにお肉好きだね。僕はそうだな、カレー食べたい。…ねえ古株さん! 今日の晩御飯、何でした?」
「今日はハンバーグじゃったと思うぞ!」
「ほんと? 良かったね、佐久間くん、ハンバーグだって! お肉だよ!」

 古株さんの返答にはしゃいだ声を上げて、嬉しそうに俺を見る吹雪。そうして好きな食べ物の話に花を咲かせていると、キャラバンはいつの間にか宿舎に到着していた。古株さんにお礼を述べて、キャラバンを降りる。食堂への廊下を並んで歩いていると、ふいに吹雪が俺の表情を窺うようにして、問いかけてきた。

「ねえ佐久間くん。また一緒に遊びに行こうね」

 ふわふわと微笑みながら云う吹雪に食堂のドアを押しながら答える。吹雪の笑みは深くなるばかりだ。

「また、な」








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