◇ 改めまして、よろしくね  05






「吹雪って意外とクレーンゲーム上手かったんだな」
「大きいのは厳しいけど、小さいのなら。それにここ、アームそんなに緩くなかったから楽勝だったよ」
「おかげで俺のペンギンコレクションがひとつ増えたぜ! サンキューな」

 小さなペンギンのマスコットキーホルダーを鞄の中に仕舞いながら、自動ドアを潜り、外に出る。ピンク、青、赤と三色の小さなペンギンたちは吹雪がショッピングモールの中にあるゲーセンで取ってくれたものだ。あんまり可愛かったので、俺が物欲しげに見つめていたら、吹雪がクレーンを巧みに操って、きっかり300円で三つもペンギンを手に入れてくれた。正直、俺はこの手のゲームが苦手で、大体金を無駄にするだけだったので本当に助かった。礼を云うと、吹雪は照れたように笑う。

「いいえ、どういたしまして。でも佐久間くんだって、あんなに音ゲ上手いなんてびっくりしたよ」
「結構帝国の奴らと放課後ゲーセン行ってたしな。俺より成神や咲山の方が上手いし」
「佐久間くんより上手いなら、その二人ってほんと凄いんだね」

 二人で某有名音ゲをやったのだが、吹雪のリズム感の無さと云ったら、どうしようも無かった。いや、ただ単に慣れてないだけなんだと思う。初心者だと云っていたし、最後の方は大分マシになってたし。まあ俺があいつらとゲーセンに行くのが日常茶飯事だった云うのも大きいのだろう。
 特に成神や咲山はこういうのが好きで、よく付き合わされた。逆に源田は壊滅的で、サッカー部内では下手な方に位置される辺見に馬鹿にされるレベルだった。ムキになって何度も練習していた姿が思い出される。こうして記憶を掘り起こすと、あいつらと最後にゲーセンに行ったのはもう1ヶ月以上前なんだと思う。日本代表に選ばれてから忙しくて、ゲーセンなんて行っている余裕も無かった。

「でも楽しかったー。久しぶりだったし、ゲーセンなんて」
「俺もだ。サッカーしてるのも楽しいけど、やっぱりこういうのもたまには良いな」

 吹雪が背伸びをするように腕を上げるのに、俺も手を組んで反転させ、腕を前へ突き出す。大きく深呼吸をすると、身体が解れた気がして、安堵感で胸が一杯になる。
 ゲーセンなんて身体に悪いと解っているが、やっぱりこういう息抜きも時々は必要なんだなと実感する。何と云えば良いのか、やっぱり世界大会となると、練習には気合が入るし、気も張り詰める。特に俺は後から参加していて、一度は代表落ちした身だ。チームの足手まといにはなりたくないし、やっぱりこうして代表に選ばれたからには、イナズマジャパンの一員としてチームに貢献したい。そんな緊張感が続く練習練習の日々は思ったよりも精神力を消費していたようだった。サッカーは楽しいし、また鬼道と同じチームでサッカー出来るのはとても嬉しいけれど、たまにはこういうのも良いかも知れない。どうせ休みなんてほとんど無きに等しいのだ。

「あ、咽喉渇いたな。ねえ、そこの自販機で飲み物買っても良い?」
「ああ」

 ふいに吹雪が近くの自販機を指差して訊ねてくる。頷いて、自販機へ歩いて行く。自販機に小銭を入れ、吹雪はサイダーのボタンを押した。ガコンガコン、と大きな音がして、ペットボトルが出てくる。

「ねえこれって今開けたら大惨事だよね」
「しばらく置いといた方が良さそうだな」
「炭酸ってこれだから嫌なんだよねー。好きなのに」

 ペットボトルの中でしゅわしゅわと泡立つ炭酸に吹雪が抑揚の無い声でぼやく。結局ペットボトルの蓋は開けず、宿舎までのバスに乗るために、俺たちは街中のバス停を目指した。
 時刻は午後5時を回ったところ。そろそろ帰らないと夕食に間に合わない。マネージャーが目を吊り上げて怒る顔が浮かんで、俺たちはくすくすと笑いながら、人の減らない大通りを歩いた。

「秋さん、怒ると怖いんだよね」
「音無も大概だぞ」
「染岡くんが前に音無じゃなくてやかましだって云ってて笑ったなあ」
「云い得て妙だな」

 こんなことを云っていることがあの二人に知られたら、それこそ目を吊り上げるだけじゃ済まない気がしないでも無い。本人がいないからこそ云える他愛ない会話を交わしながら、途中、色んな店に惹かれつつ、雑踏の中を進んだ。
 辺りはオレンジに染まり、もうすぐ日が暮れそうだと云うのに、町は賑やかなままだ。飲食店の呼び込みがうるさい。擦れ違う人と肩がぶつかって、思わず立ち止まった、瞬間。大きな悲鳴が聞こえて、辺りを見回す。

「大丈夫ですか!?」
「え、ええ、私は大丈夫、だけど、鞄が……」
「ひったくりか!」

 吹雪が車道との境にある花壇に倒れ込みそうになっているおばあさんを支えている。おばあさんは震える指先で車道の端を走る原付を指差した。距離にして10メートル。追いつける可能性は低い。でも吹雪に落ち着くように背中を撫でられて怯えた顔をしているおばあさんを見ると、自然と身体が動いた。ぐっと右足を踏み込んで、走り出す。

「佐久間くんっ! これっ!」

 後ろから吹雪が大声で叫ぶのが聞こえて一瞬後ろを振り返る。と、吹雪は手に持っていたサイダーのペットボトルを放り投げ、俺の方へ向かってシュートしてきた。
 こちらを見つめ、口角を上げる吹雪に何が云いたいのかを即座に理解した俺は、素早くこっちに飛んでくるペットボトルにタイミングを合わせて駆け出し、原付の後ろ頭に当たるように俺も思いっきり蹴りつけてやった。キック力にもボールのコントロールにもそこそこ自信がある。吹雪の力が加われば尚更だ。
 ペットボトルは勢いを保ったまま、見事にひったくりの後ろ頭にヒットした。基本一本道の通りで幸いだった。本来はこういう風に使うものでは無いのだろうが、これも一種のシュートチェインかも知れないと思う。
 ひったくりはバランスを崩して、花壇に倒れ込みそうになりながらも、何とか急ブレーキを引いたらしい。原付はぴたりと止まった。
 逃げられては堪らないと急いでひったくりの元へと走ると、男は鞄を持って逃げ出した。慌てていたのか、原付を乗り捨てて走る男を全速力で追いかける。ひったくり男は一生懸命走っていたが、だんだん息切れが激しくなり、速度が緩んでいく。元々体力や足に自信のある奴では無いのだろう。軽々と追いついて、鞄の取っ手の掴み、奪い返す。
 後はこいつを警察に突き出すだけ、と鞄を抱え、顔を上げた時。

「くっそぉっ!」
「危ない、佐久間くんっ!」

 男の悔しげな大声が響き、次いで吹雪の切羽詰って上擦った声が聞こえ、咄嗟に目を瞑る。暗い視界の中で、俺の耳元をひゅっと何かが風のように通り過ぎていくのが解った。

「良かったあ……、間に合って……」

 吹雪の安堵し切った声に恐る恐る辺りを確かめてみると、ひったくり男は道路の真ん中で綺麗にひっくり返って伸びていた。道端にナイフらしき刃物が転がっているのを見つけ、吹雪が危ないと叫んだのはこれか、と俺は何とか事態を把握した。
 更に地面は水で濡れていて、何かと思えば、さすがに二度目の衝撃には耐え切れなかったのだろうサイダーのペットボトルが変形して、中身が零れているようだ。これが見事男にヒットしたらしい。男は髪も服もサイダー塗れだった。

「助かったぜ、吹雪」
「まさか刃物を持ってるなんてね。無事で良かった…。試合前に怪我したら大変だもん」
「確かに」
「まったく、無茶しすぎだよ」
「それはお前もだろ?」
「まあね」

 吹雪に云われて、自分の行動の無茶っぷりをようやく自覚する。改めて考えたら、試合前の大事な時期によくこんなことをしたものだ。怪我でもしたら大変なことになると云うのに。身体が何時の間にか動いていた、というのが正しいのだけれど、それにしたって理性というのは脆いものである。
 でもやっぱりそんな中でも達成感なんてものもあって、安心したのもプラスされ、思わず、吹雪と顔を見合わせて俺は笑ってしまった。本当にお互いに無茶苦茶だ。警察に通報するでも無く、ひったくりを自分で捕まえようとした俺も、ペットボトルをボール代わりに使おうとする吹雪も、それでひったくりをKOしてしまった俺たちも。
 終わり良ければ全て良しとは、こういうことを云うのだろう。そんなことを思いながら、俺たちは男を捕まえ、警察が来るのを待った。








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