◇ 改めまして、よろしくね  03






「で、何で佐久間くんはそんなもの頼んでるの?」
「いや、ちょっと小腹減ったから」
「小腹でステーキセット頼む人なんて僕、初めて見たよ……」

 ウェイトレスが運んできた鉄板が白い煙を上げている。その上でジュージューと音を立てて焼けている分厚い肉。セットにはサラダとご飯。うん、ばっちりだ。だが、目の前でドリンクバーのレモンスカッシュをストローで啜る吹雪は何か変なものを見るかのような目で俺と机上を何度も見比べて、……溜息を吐いた。

「お昼もご飯お代わりしてたじゃない。さっきもポップコーン食べてたし。まだ食べるの?」
「だってもう三時だぞ。それに俺のポップコーンはお前が三分の一は食ってたろ」
「いやまあそりゃそうだけどさ……」

 ストローでグラスの中身をくるくるとかき混ぜながら、吹雪は遠い目をした。吹雪、そんなことしてると炭酸抜けるぞ、とどうでも良いことを突っ込みたくなったが我慢して、ステーキにナイフを入れる。ちょうど良い焼き具合。美味そうだ。ランチタイムでも無いのにこれで700円なら十分だよな。

「まあいいや」
「あ、ドリンクバー行くなら俺のも取ってきてくれないか?」
「何飲むの?」
「コーラ」
「佐久間くん、コーラ好きだね。さっきからそればっかりだよ」

 グラスを手に席を立つ吹雪についでにと空になった自分のグラスを渡し、飲みたい物を告げる。吹雪は呆れたように軽く眉を寄せつつも、一言ぼやいて、二つのグラスを持つと、ドリンクバーへと歩いていった。

「はい、佐久間くん」
「おう、サンキュ」

 3分くらいして吹雪は帰ってきた。そして左手に持ったグラスを俺の前に置く。

「なあ、吹雪」
「なに?」
「これ、何入れた」
「えーっと、オレンジジュースとレモンスカッシュとカルピスソーダとジンジャーエール、とコーラ」

 汗をかいたグラスの中には白を混ぜたようなまろやかなオレンジ、でありつつも、普通のオレンジジュースよりも暗い色をした何かが入っていた。見れば、吹雪のグラスの中も何だかメロンソーダというには明るすぎる黄緑色をしている。
 思わずじとりと吹雪を睨めつけるように見つめてしまう俺に吹雪は悪びれる様子も無く、平然と中身の成分を解説してみせた。

「何、ごちゃ混ぜドリンク作ってるんだよっ!」
「でもちゃんとコーラ入ってるよ?」
「そういう問題じゃないだろ……」
「ちなみに僕のはオレンジジュースとメロンソーダとレモンスカッシュとカルピスだよー。美味しいの作るためには割合が大事なんだ」

 さすがに黙っていられずに突っ込む俺に見当違いの返答をする吹雪。これには俺も溜息を吐くしか無かった。いやまあ、頼んだ俺も不味かった……のか? いや、そんなはずは無いだろう。
 つい自己突っ込みをしてしまう俺に対し、吹雪は楽しそうに明るい黄緑色の正体を明かしながら、ストローを口元へ持っていく。まあまあ飲んでみなよ、美味しいから、と笑う吹雪に捨ててくる訳にも行かずに俺は渋々口をつける。もちろん、不味かったらこれ、全部お前が飲めよ、と釘を刺しておくことを忘れずに。

「ね? 美味しいでしょ?」
「…………まあ、飲めないことは無いな」
「意外と美味しいんだよー。面白いし!」
「お前の場合、確実に面白いからやってるだろ」
「まあね」

 小首を傾げてしたり顔で俺の表情を窺う吹雪にたっぷり間を置いて、返事をする。まったくもって不本意だが、確かに飲めないことも無かった。見た目よりは美味しいと云えなくも無い、かも知れない。正直、認めたく無いが。
 元々俺は料理に調味料をかけまくる奴が嫌いなんだ。わざとおかしな食べ合わせをする奴とか。何でもかんでもマヨネーズや醤油をかければ良い訳じゃないんだぞ。絶対に不味いに決まってるだろ。
 吹雪はドリンクを取りに行っている間に届いた苺とキャラメルソースのパンケーキを口に運びながら、俺の満更でも無い反応に満足したのか、にこにこと笑っている。それがまた何となく腹立たしい、気がする。

「お前ってさ、見た目より性格悪いよな」

 顔と名前、そしてサッカーの実力は知っているものの、吹雪とは今までまともに接する機会が無かったから、俺の中の吹雪は外見と話し口調から来る、「おっとりとした性格の、なよなよした奴」だった。でもこうして改めて一緒に時間を過ごしてみて、それだけでは収まらない、結構くせのある奴だと思った。印象は易々と上書きされた。それが良いか悪いかは、まあ置いておいて。
 吹雪は俺の呟きに大げさに眉を顰め、唇を尖らせてから、パンケーキの大きなかけらを男らしく一口で食べた。そして、小さく笑いながら、

「うわ、酷い言い草だね。……でも佐久間くんも、見た目より男らしいし、大雑把だよね。僕、もっと、何て云えば良いのかな、繊細な人だと思ってたよ」

 と俺の印象を語った。吹雪の云う俺はきっと見た目で判断されたものなのだろう。ちっとも嬉しくないが、自分の顔が所謂女顔に分類されていることは自覚している。ぜんっぜん、嬉しくないが。
 仕方が無いことではあるが、嫌な部分を突かれて、吹雪の言葉に眦を吊り上げると、案の定な返事が戻ってくる。

「どういう意味だそれ」
「いや、綺麗な顔してるからさ」
「コンプレックスなんだ、つつくな」
「ふふ」

 そっぽを向きながらぶっきらぼうに返せば、吹雪は軽やかな笑い声を上げて、パンケーキの最後のひとかけらを完食した。ごくりと飲み込んで、名前の無いごちゃ混ぜドリンクをストローでかき混ぜる吹雪を横目に俺も目の前のステーキを平らげ、最後に残ったご飯を咀嚼する。と、横を通り過ぎるかと思ったウェイトレスが俺たちのテーブルの前で止まった。

「お待たせ致しました。ご注文のストリベリーパフェでございます」
「あ、やっと来たー」
「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「うん。ありがとー」

 形式ばったセリフを口にするウェイトレスを見上げる吹雪の顔は零れ落ちんばかりの笑みを浮かべている。若いウェイトレス(高校生くらいか?)はそれだけで頬を薄っすらを朱色に染めて、瞳を潤ませている。吹雪……、お前って結構罪作りっていうか、酷い奴だよな。天然なのかわざとなのかまでは俺には判断出来ないが。そう云えば、日本にいた時はファンが凄かったと風丸が云っていたような。
 にこにこと笑う吹雪にウェイトレスは微かに震える声で皿を下げて良いかを訊ね、食べ終えた食器をお盆に載せて、そそくさと立ち去っていく。残されたのは、嬉しそうに声を弾ませながら、スプーンに手を伸ばす吹雪と、確実に一人で食べる用には作っていないだろうと思われるどでかいパフェ。アイスクリームに生クリーム、ヨーグルトにクッキーやスポンジ、コーンフレークにカスタード。そして、メインであろう大きな苺が何粒も透明な器の中に収まっている。

「吹雪……、お前さっきパンケーキ食ってただろ。まだ食うのか?」
「さっきのはほんの前菜だよ。これからが本番!」
「本番って……、お前、ポップコーン俺のも食って、パンケーキ食って、更にそのでかいパフェ食うのかよ。さっき俺のステーキセットに呆れてたけど、正直、お前の方がおかしいと、俺は思う」
「えー、主食とおやつは違うよ。それに大丈夫、甘いものは別腹だから!」
「そういう問題じゃない、っていうか、それおやつのレベルじゃないだろ……」

 パフェの大きさに目を瞠る俺に吹雪は戦闘体制と云わんばかりの真剣な顔で細長いスプーンを構えた。さすがに突っ込まずにいられずに口を開くと、吹雪は満面の笑みで云い切ってみせる。いや、そういうのを屁理屈って云うんじゃないのか?
 唇の端から自然と溜息が漏れる。それを吹雪は何と勘違いしたのか、口の周りを生クリームまみれにしながら、俺に向かってスプーンを差し出してきた。

「何、佐久間くんも欲しいの?」
「何でそうなるんだ?」
「何となく。佐久間くんも欲しいのかなあって」

 吹雪の行動が本気で理解出来ず、怪訝に眉を顰める俺に吹雪は小首を傾げ、答えにならない返事を寄越した。

「ほら、あーん」
「要らないって」
「良いじゃん、美味しいよ?」

 首を横に振って断っているのに、吹雪はにっこりと微笑んで、強引にずい、とスプーンを目の前に突きつけてくる。何だか俺はもう全てが面倒くさくなって、カゴからスープ用のスプーンを取って、パフェを掬った。たっぷりの生クリームに大きな苺。甘いものは嫌いでは無いが、甘ったるすぎるのは苦手だ。覚悟を決めて、スプーンを口に突っ込む。

「美味しい?」
「……ああ、うまい」

 期待に満ちた表情で俺を窺うように上目遣いで問いかけてくる吹雪に渋々ながら頷く。スプーンにこんもりと載っていた、バニラアイスに苺、ストロベリーソースのかかった生クリーム。それらが口の中で混ざり合って、予想していたよりも甘酸っぱかった。きっと甘ったるいのだろうと思っていたから、これは意外だ。確かに美味しい。だが、やっぱり認めるのは不本意だ。

「ここのパフェ美味しいんだー」
「そうか。良かったな」
「もう一口いる?」
「いい」

 即答すれば、吹雪はくすくすと笑って、大きな苺を掬うと口へと運んだ。まったくもって図太いというか、見た目の繊細さとは正反対だ。ちくちくと刺さる視線が痛くて、密かに周囲を窺えば、隣でテーブルの片付けをしていたさっきの若いウエイトレスが可哀想に、顔を耳まで真っ赤にしていた。そりゃそうだろう。一般的な中学生男子はファミレスでパフェをあーん、なんてしようとしない。まったくもって常識外れな行動をするやつだと改めて思う。
 そんな中、吹雪は周囲のことなどまるで気にせず、平然とパフェを食べ続ける。そんな吹雪を見、手持ち部沙汰にグラスの中身をストローでかき混ぜながら、俺は唇から溜息が漏れるのを止められなかった。








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