◇ 改めまして、よろしくね 02
上映前のそんな疲れは何処へやら。ペンギンの可愛さに癒され、親子愛に涙し、生命の神秘といのちのたくましさに感動し、劇場を出る時、俺の胸は興奮で一杯だった。やっぱりペンギンは可愛い。何であんなに可愛いのか上手に説明は出来ないが、やっぱり可愛いものは可愛い。見に来て良かったと心底思う。
「可愛かったねえ!」
「ああ。やっぱりペンギンは可愛いな!」
「ヒナが可愛すぎて、親の気持ちが解ったよ」
「いなくなったヒナを探す親が切なくてな」
「うん。やっぱり親子って良いよね」
互いにそんな感想を云い合いながら、劇場を出る。ちなみに吹雪はあのバケツサイズのポップコーンを見事完食し、大量のオレンジジュースも飲み干していた上、俺のポップコーンまで摘んでいった。正直、俺よりも確実に小さいその身体の何処に入るのか、不思議で堪らない。
「ねえねえ、売店あるよ。パンフレットでも買う?」
「そうだな」
吹雪が劇場の片隅を指差して訊いてくるのに、俺は頷いて、連れ立ってそちらへ向かう。そこには今上映中の映画のパンフレットやグッズがたくさん並べられていた。その中で、アニメ映画のクリアファイルやキーホルダーに混じって、デフォルメされたペンギンのストラップがあるのを見つけ、思わずそれを手に取る。透明なビーズのストラップと共に小さなペンギンがぶら下がるそれはデフォルメの具合が愛らしく、俺はつい持ったまましばらく考え込んでしまった。
欲しい、けど、もうストラップは三つくらいつけていて、これ以上増やしたら、じゃらじゃらして邪魔な気もする。いや、でも欲しい。そんな葛藤をしていると、後ろから吹雪がひょいと顔を出し、俺の手元を覗き込んで、
「あ、それ、可愛いね」
と云って、棚から俺の持っているのとは色違いで少し表情の違うストラップを手にした。俺のペンギンは無口そうだが、吹雪のはにこにこと笑っているように見える。色もブルーベースでビーズも水色だ。
「佐久間くん、それ買うの?」
「いや、どうしようか悩んでて……。あんまりつけるとウザイだろ?」
「確かに。でもまあ、買ってからどれを付けるか悩んでも良いんじゃない? 僕、気分で変えるよ」
「ストラップを?」
「うん。組み合わせ考えるのも楽しいよー」
思いもよらないことを云い出されて驚くと同時、そういう方法もあるのかと目から鱗が落ちるようだった。だったら良いか。結局、吹雪に自分への言い訳を与えられた俺は誘惑に抗い切れず、ストラップを手にレジに並ぶ。
そうだ、別に一個くらい増えたところでそんなに変わらないじゃないか。吹雪の云う通り、付け外ししても良いんだし。言い訳だけなら幾らでも浮かんだ。
「吹雪も買うのか?」
「うん。色違いー。後ね、これ。可愛いでしょ?」
俺の後ろに並んだ吹雪の手にはさっきの青いペンギンストラップ。そして、もうひとつ、吹雪が嬉しそうに見せてきたものは。
「ポストカード?」
「白恋の皆に手紙送るのにちょうど良いかなって。メールも便利だけど、やっぱり手紙の方が僕は好きなんだ」
様々な種類のペンギンが氷上を歩いていたり、海中を泳いでいたり、子供の世話をしていたり。そんな姿を捉えた写真で出来たポストカードを手に吹雪はふわりと微笑んだ。その顔に、俺も何だか源田や辺見にメールのひとつでも送ってやらないといけない気分になる。そう云えば、一昨日に源田からメールが来たのに返信して以来、連絡を取っていない。思わず考え込む俺に吹雪はまたさっきみたいに柔らかく笑った。
「佐久間くんもいる? 一枚あげよっか」
「良いのか?」
「佐久間くんも日本に手紙出したら良いよ」
「サンキュ。俺も源田たちに手紙出そうかな」
「いいね。きっと喜ぶよ」
五枚入りだから一枚あげる、と云う吹雪に俺はそれも良いかも知れないと思う。そんなに字が綺麗な方では無いけれど、手書きだから伝わるものも、あるのかも知れない。微笑む吹雪を見ていると、そんな風に思わされて、俺は吹雪の申し出を有難く受けることにした。まあ源田はともかく、辺見辺りは何が起きたと気持ち悪がるだけかも知れないが。
そうこうしている内にレジの順番が来て、俺と吹雪は無事に精算を済ませ、映画館を出た。
「ちょっと休憩しない? ほらあそこ、ファミレスあるし」
本当にここは外国なのかと思うほど、この大通りには何でもある。吹雪の指差した先には某有名チェーンのファミレスがあった。ここ、太平洋のど真ん中だよな。日本じゃないよなと思わず確認したくなるが、ジャパンエリアの一角には何時の時代だよと突っ込みを入れたくなる昭和の町並みが広がっているので、これくらいで驚いてはいけないのだろう。
「そうだな。行くか」
まあこの後特に用事がある訳でも無いし、と吹雪の提案に乗ることにして、俺たちはファミレスへと向かった。
<prev/top/next>