◇ 改めまして、よろしくね  01






「ちょ、待てって、吹雪!」

 人がごった返している大通りをスキップでもしそうな勢いで駆けていく吹雪の背中を見失わないように早足で追いかけながら、俺は今にもスピードを上げて走っていきそうな吹雪にストップをかける。吹雪は俺の声に足を止めて、こちらを振り返った。
 表情からもすぐに解るはしゃいだ雰囲気。にこにこと満面の笑みを浮かべて、俺を見る吹雪は普段のユニフォームやジャージでは無く、何だか新鮮に見えた。いつもと違う、それを改めて認識する。

「吹雪、そんなに焦らなくても映画館は逃げないぜ。まだ上映時間まで余裕あるし」
「ごめんごめん。解ってるけど、何か嬉しくって。映画とか久しぶりだし」

 立ち止まった吹雪に追いついて、隣に並ぶ。滲み出る苦笑を隠さずに突っ込めば、吹雪は垂れ気味な眉を更に下げて、人差し指で頬を掻いた。申し訳無さそうな顔をしながらも、やはり吹雪は楽しそうで、るんるんと今にも鼻歌でも歌い出しそうだ。たかが映画一つで、と思わないでも無いけれど、楽しみなのは俺だって一緒だから鼻で笑い飛ばすことは出来なかった。

「そういや俺もそうだな。ま、こっち来てから練習で忙しくて見ることとか無かったしな」
「だよね。あー、楽しみ!」

 そう叫んだ吹雪は俺を見て、嬉しそうにふふと笑った。その顔に俺も自然と笑い返しながら、映画館への道程を辿る。吹き抜ける風が爽やかで、それだけで今日という一日が良いものになる予感がした。






 そもそも何でそんなに接点の無い俺達が一緒に出かけることになったのか。事の始まりは昨晩にまで遡る。
 俺は夕食後、談話室として設けられた部屋で雑誌を読んでいた。この島についての情報誌で、明日の休日をどう過ごそうか悩んでいたのもあって、俺はパラパラとページを捲り、各国のエリアを調べていたのだ。鬼道を誘って買い物に出かけても良いな、とかそんなことを考えていると、ふと一つの記事に目が釘付けになった。それはジャパンエリアの繁華街にある映画館が今週上映する映画を紹介しているページで、どうやら今週はあるドキュメンタリー映画を上映するらしい。
 ペンギンの生態を追いかける、ドキュメンタリー映画を。

「佐久間くん、そういうの好きなの?」
「え?」
「じっと見てたよね?」

 食い入るように雑誌を見つめていた俺はふいに隣から聞こえた声に驚いて顔を上げた。俺の後ろに立って背後から雑誌を覗き込んだ吹雪は、振り向いた俺に対し、小さく首を傾げてみせる。何時の間に、と思いつつ頷くと、吹雪はパッと表情を明るくして語り出した。

「あ、ああ、まあな」
「ペンギン可愛いよね。あの覚束ない歩き方とか」
「お前も好きなのか!?」
「うん。僕、動物好きなんだ」

 自然な動作で俺の隣に座った吹雪は俺の問いに大きく首を縦に振り、微笑んだ。それからの俺達はきっと周りの人間が見たら若干引くんじゃないかと思うくらい、ペンギンについての話を繰り広げた。俺がイナズマジャパンに加入した時には既に吹雪は離脱していたし、復帰してからも今まで吹雪とこんな風に話すことは無かったから、正直、声をかけられた時は驚いて少し警戒もしていたのだが、そんなこと一瞬で忘れて、俺は会話に没頭した。やっぱり好きなものについて語り合うのは楽しいものだ。

「地上では可愛いのに、泳ぐ時は格好良いんだよね」
「ああ、そのギャップが良いんだよな! 普段は可愛いのにっていう…!」
「うんうん、皇帝ペンギンとか可愛いよね」
「いやいや、イワトビペンギンのあの眉も捨てがたいぞ!」
「ヒナも可愛いよね。小さくてふわふわしてて」
「確かにヒナも可愛いが、あのヒナを抱える親の顔も堪らないんだ! あの幸せそうな表情……!」

 そうして俺達は意気投合して、しばらく話していたのだが、一息ついたところでふいに吹雪が、

「そうだ、ねえ佐久間くん。良かったら、明日のお休み、一緒にこの映画見に行かない?」

 なんて誘ってきたものだから、俺はつい二つ返事で頷いてしまったのだ。まさか今まで何の接点も無かった吹雪にいきなり一緒に出かけようなんて云われるとは思っていなかったから、少しは面食らったけれど、何と云うか、その場のテンションとでも云えば良いのか。まあ実際、良いなあ見に行きたいなあとは思っていたから好都合だったのだが。
 ということで、俺は今日、練習続きのイナズマジャパンでは珍しい休日を吹雪と一緒に過ごしているのだった。






「ねえねえ佐久間くん、佐久間くんはポップコーン、キャラメルにする? 塩にする?」

 疎らに人が散らばる平日の映画館で、満面の笑みを浮かべて、売店のメニューを見上げる吹雪。振り返って俺を窺うその手には財布を握り締めている。

「塩で。キャラメル、甘ったるいし」
「ええー、あの甘いのが良いのに」
「そうか? 手、ベタベタするし、匂いからして甘そうだろ」
「そう云って、バターかけるんでしょ。そっちのが手、汚れるよ」
「おま、あれはバターかけるから美味いんだろ!」
「じゃあ結局、手汚れても良いんじゃないか!」

 何ともくだらないポップコーン論争を繰り広げる俺達に目の前の店員は懸命に笑顔を作っていた。おい、努力は認めるが、頬が引き攣ってるぞ。絶対苦笑いしてるだろ。

「ま、いいや。じゃあ、ポップコーン二つ。塩バターとキャラメルで。あ、佐久間くん、飲み物は?」
「コーラ」
「じゃ、コーラとオレンジジュースで」

 さっきまでのことが無かったかのように、平然と吹雪は注文をする。見た目に違わず繊細そうなイメージだったのに、意外と図太い奴である。店員はついに笑顔を保てず、苦笑いで両腕で抱えなければいけない程大きな容器に零れ落ちそうなくらい大量のポップコーンを掬い入れた。それをどんとカウンターに二つ並べ、更にこちらも通常サイズにはとても見えない大きな紙コップにジュースを注いで置く。そう云えば、サイズを云わなかったような。聞かれもしなかったけど。
 会計を終え、自分の分のポップコーンとジュースを懸命に抱えて、劇場へ入って行こうとする吹雪の隣を歩きながら、思わず突っ込む。

「吹雪、これ、サイズ何頼んだ?」
「え、Lだけど」
「お前、どれだけポップコーン食べる気なんだよ。さっき昼飯食べただろ」
「良いじゃん、食べ切れなかったら僕が食べてあげる」
「いやそういう問題じゃ……」

 根本的な問題は解決してない気がするんだが。ていうか、お前はこれを食べ切るつもりなんだな。バケツくらいあるんだけど、これ。
 今にも転んで中身をぶちまけそうな吹雪を案じつつ、劇場の中へ入る。ていうか、何も無くてもポップコーンを零しそうで不安だ。別にどうという訳では無いけど、何となく危なっかしい気がするのは何でだろう。子どもみたいにとんとんと一段飛ばしで階段を上っていく吹雪に注意しようとしたところで、

「吹雪、そんな焦らなくてもまだ時間は……って遅かったか」
「せ、セーフ、かな?」
「いや、どう見てもアウトだと思う……」

 見事に階段に足を引っ掛けて、ポップコーンの中身を三分の一ほど床にぶちまける吹雪に俺は色んな意味で溜息を吐く。ほら云わんこっちゃない。試合中はあんなに機敏に動くのに、階段ですっ転ぶとか幼稚園児じゃないんだぞ。こんなところで変なギャップを発揮しないで欲しい。

「片付けはスタッフに任せれば良いだろ。行こうぜ」
「うん」

 落としたポップコーンを名残惜しそうに見つめる吹雪を引っ張って、階段を上る。映画を見る前にどっと疲れた気がした。








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