※円堂←秋、円堂←夏未を前提としています






◇ My and her world






 最初にその白くて細い手にご飯粒を一杯引っ付けて、彼女が笑ったのはいつだっただろう。まだフットボールフロンティアが終わっていなくて、雷門中サッカー部はようやく弱小から少し抜け出したところだった。今はもう無いボロボロの部室で、私たちは笑いながら、白い湯気の立つ炊きたてご飯をたくさん、たくさん三角にした。家事などしたことが無いと公言する彼女はお世辞にも上手いとは云えない、危なっかしい手付きでぎゅっぎゅっとご飯を握っていた。そんなに強く力を込めたら、ふんわり美味しいおにぎりにはならないよ、とアドバイスしたら、今度は力を入れなさすぎたのか、お皿の上でボロッと形が崩れてしまったのも良い思い出だ。
 そんな彼女も、今はもう大分手馴れた様子だ。コトアールから帰ってきた彼女はイナズマジャパンのマネージャーとして今再び、私の隣でおにぎりを作っている。梅に鮭にたらこ、具を詰め込んで彼女が握るおにぎりはその手付きとは反対にやっぱり歪なまま。私や音無さん、冬花さんが握ったものとは明らかに違う形をしている。それでも、もう彼女はご飯を熱いと云って放り投げることは無い。一生懸命、真面目な顔で塩加減を調整して、なるべく三角になるようにと手の中のご飯と睨めっこしている。その様を見ていると、その真剣な眼差しが注がれる相手を思い浮かべてしまう。
 彼女がこうしてやったことも無い料理をするようになったのも、サッカーにこんな風に深く関わるようになったことだって、全て全て、彼の影響なのだ。私はずっとずっとサッカーが大好きだったけれど、彼女は彼に出会ったからサッカーを好きになった。一之瀬くんの死によって幾つかの色を失った私の世界にまた色を取り戻してくれたのが彼なら、不器用な彼女をぐんぐん引っ張ってその世界を広げてくれた人も彼なのだろう。私たちの世界は確実に、彼の影響を受けて今、ここにある。

「おはようアキ、夏未。二人とも早いな」
「おはよう円堂くん。円堂くんはこれから練習?」

 ふいに廊下から調理場を覗き込まれて、どきっとしてしまう。その声はいつだって私の感情を揺さぶって、掻き乱していく。何とか平静を装って挨拶を返せば、彼はにかっとあの太陽みたいな笑顔で元気よく頷いた。

「ああ。もうすぐ決勝戦だからな! 気合入れないと!」
「そうね。リトルギガントはとっても強いチームだわ」

 彼女が歪な形のおにぎりを彼の目に届かないよう遠くへ置き、更に自分の身体で隠しながら、尤もらしく返事するのを微笑ましく思った。同時に、胸が詰まるような感情が溢れる。切なかった。眼差しを通い合わせる彼女と彼はもちろん、何よりも、

「だからその分練習しないとな!」
「ええ、頑張って」
「おう!」

 心の底から愛おしそうに瞳を柔らかく細める彼女のその眼差しの奥に秘められた気持ちが痛いほど解ったから。でも何にも知らない彼はあっけらかんと笑って、グラウンドへ向かって走っていく。彼の心はいつだって、サッカーのものなのだ。これはきっと誰にも変えられないんだろうなあ、と思う。彼にとっての一番が、サッカーであることはきっと一生揺るがない。
 だから私たちの気持ちは行き場が無い。強気な彼女の不器用な想いも、私のどうしようもなく胸が苦しくなるような気持ちも、何処へも行けずに胸の奥底に秘められている。いつか届く日を夢見て、ずっとずっと大切に仕舞われている。
 彼から隠したおにぎりをもう一度形を整えるように握り直してから、彼女はそれをお皿の上に並べた。私のと彼女のと音無さんのと冬花さんの。四列に並んだおにぎりはそれぞれに少しずつ形が違って、私のは少し丸っこくて、音無さんのはサイズが小さめで、冬花さんのはきっちり三角だ。そんなそれぞれ性格が出たおにぎりの中で、彼女のものは一際目立つ。大きさも形もひとつひとつ違って、ところどころ崩れていたりもして、中には具が覗いているものもある。だけど、それは彼女の努力の証なのだ。彼女のご飯粒まみれの白い手が、まるで勲章のように朝日を反射して輝いている。

「夏未さん、おにぎり握るの上手になったね」
「そう? 木野さんたちに比べれば、まだまだだわ」
「ううん、確かに形はまだちょっと歪だけど、…でも、美味しくなったよ」

 最初に彼にしょっぱい、と漏らされた彼女のおにぎりはあの頃からは見違えるように美味しくなった。少なくとももう塩加減を間違えたりはしない。丁度良い塩梅で、たまに具が多すぎることもあるけれど、それも彼女らしい愛嬌で、とっても美味しい。
 そう云って笑いかけると、彼女は小首を傾げながら謙遜した。でも私がもう一度駄目押しみたいに笑ったら、彼女もまた照れたように笑い返してくれた。

「……ありがとう」

 学校ではお嬢さまと崇められ、プライドが高くて意地っ張りなところがある彼女がこんな風に控えめに頬を染めて微笑むことがあるなんて、きっと一年前の私は知らなかった。それだって、全部彼のおかげなのだ。私たちは彼がいたから繋がることが出来た。私は彼女と同じ世界を、少しだけ見ることが出来た。
 だからこそ、私は思う。今の彼女の微笑みを彼が見ていてくれたら良かったのに、と。






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 BGM : タブレット(シェリル&ランカ/マクロスF)



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