◇ 午前0時のワンコール






「新年明けましておめでとうございます!」

 甲高い声とクラッカーが鳴る大きな音で目が覚めた。寝惚け眼を擦りながら、携帯で時間を確認するとぴったり0時。日付が変わっていた。
 枕にしているクッションに顔を埋めて、うう、と唸る。どうやら、テレビを付けっ放しにして、こたつで寝てしまったみたいだった。
 こういうのは本当は駄目なんだけどなあ。こたつは暖かくて、ついつい眠くなるから困る。解っているのに、心地好さから抜け出せず、布団を肩まで引っ張った。

「新年、かあ・・・・・・」

 いつの間に寝てしまったんだろう。スーパーで年越し蕎麦を買ってきて夕食を済ませ、こたつでテレビを見ながらアイスクリームを食べたところまでは覚えている。が、その後の記憶が無い。まあ起きていたからと云ってすることも無いし、別に良いのだけれど。ああでも、あの特番は面白かったから最後まで見たかったかも知れない。
 今、テレビ画面は全然違う番組を映していた。見たことのあるタレントや芸人たちが楽しそうに歓声を上げながら、新年を祝っている。
 明るいそんな場面がふいに虚しくなって、腕で視界を塞ぐ。そうしたら、今まで気にしていなかった隙間風が急に僕の頬を撫でた気がして、身体が震えた。
 こたつに潜り込んで、クッションをぎゅっと抱きしめる。早く眠くならないかな。口の中で呟いた。眠ってしまえば、時間は過ぎる。三が日が終われば、練習も始まるだろう。キャプテンにも染岡くんにも、鬼道くんや風丸くんにも会える。そう、なればいい。目を閉じて開けたら、三日経っていたら良いのに。

「馬鹿だなあ、僕」

 瞼を持ち上げたら、視界が滲んでいた。それに気付きたくなくて、もう一度目を閉じたら、今度は目尻から顔の横へつうと何かが伝っていった。
 強がりなんて、云わなければ良かった、と思う。北海道にも帰らずたった一人、アパートで年を越す僕に豪炎寺くんは豪炎寺くんの家で一緒に大晦日を過ごそうと云ってくれた。
 だけど、夕香ちゃんと豪炎寺先生と三人での家族団欒を壊したくなくて、僕は頑なに断ったのだ。その判断を間違っていたとは思わない。来年も家族で一緒に過ごせるか解らない、そんなこと僕が一番よく解っているから。当たり前にあったはずの幸福がある日突然、ふいに失われてしまうことを。
 豪炎寺くんもそれを知っているから、僕の言葉に渋々ながら引き下がった。次の日には一緒に初詣に行こうと約束をして。

「寂しい、なあ」

 でもどんなにもっともな理由を並べ立てたとしても、感情に嘘はつけなくて。やっぱり寂しいものは寂しかった。一人、こんな風にいると余計に胸を締め付けてくる、「孤独」
 唇から零れた溜息混じりの本音は、狭いアパートによく響く。アツヤがいたら、話しかけたら答えてくれて、他愛ないおしゃべりでこんな寂しさ紛らわせた。
 もう頼ってはいけないと解っているのに、こういう時、やっぱりアツヤがいたら、と思ってしまう。アツヤがいたら。寂しくなかったかも知れない、なんて。

「豪炎寺くんに叱られちゃうなあ」

 あの雨の日、河川敷で一人、膝を抱えた時のことを思い出す。寒くて、寂しくて、何よりも一人が怖かった。奥深くに潜り込んだまま答えてくれないアツヤ、前へ進みたいのに進めない自分。板挟みになって、雨に濡れたあの日。
 今と同じだ。ぎゅっと身体を丸めて、下唇を噛む。暖房は利いてるし、こたつの中はあったかい。なのにどうしてだろう、こんなに寒くて寂しいのは。僕はもう、一人じゃないはずなのに。

「・・・・・・だれ?」

 今にも何かが溢れ出してきそうで、きつく目を瞑る僕の耳に馴染んだメロディが流れた。クッションに顔を埋めたまま、手探りでその辺に放り出したままの携帯を掴む。
 相手の確認もせずに通話ボタンを押して、耳に押し当てると荒い呼吸音が聞こえる。同時に鼓膜を震わせる低い声。

「はあ、はあ・・・、やっと繋がった」
「ごうえんじくん」

 ついさっきまで、涙腺を刺激していたものが一気に消え去って、僕は呆然と彼の名前を呟いた。何で、どうして、まさか。色んな感情がぐるぐると渦巻くのに、言葉にならない。咽喉の奥で詰まったみたいに、何も出てこない。
 豪炎寺くんは深呼吸をひとつすると、落ち着いた声で話しかけてきた。

「吹雪、玄関、開けてくれ」

 頭は混乱したままで何が何だか解らなかったけれど、とりあえず豪炎寺くんの云う通りにしようと、僕は携帯片手にこたつからむくりと起き上がった。がやがやと騒ぐテレビの音がうるさくて、リモコンに手を伸ばし消す。
 防寒も何もせずに、僕はひたひたと短い廊下を歩き、サンダルを引っ掛けて、玄関の扉を開けた。ひゅう、と冷え切った夜風が頬を切るように吹き込んでくる。

「吹雪、」
「豪炎寺、くん」

 扉の前には、ずっと焦がれていた人。僕は目を見開いて、豪炎寺くんの顔をまじまじと見つめてしまった。何で、ここにいるの。君は今頃、家族水入らずで、過ごしているはずなのに。
 オレンジのダウンを身に纏った豪炎寺くんは射抜くような鋭い眼差しで僕を見たかと思うと、ふいに携帯を持っていない方の手を伸ばしてきた。冷たい手に身体が竦む。

「泣いてたのか」
「えっ・・・・・・、ち、違うよ」
「嘘を吐くな。濡れてるぞ」

 問い質すように僕を見る豪炎寺くんに僕は慌てて首を振る。冷たい手が、僕のこめかみの辺りの湿った髪に触れる。
 ああ、バレちゃった。
 大切な人の前だから、余計に出てしまう僕の強がりのくせは豪炎寺くんの黒い瞳の前にはきっと、意味をなさないのだろう。あの目は僕のどんな嘘さえも見透かしてしまうから。
 豪炎寺くんの手が、僕の髪を梳いて、そのまま頭を引き寄せられて、僕は豪炎寺くんの胸に飛び込む形になった。外は寒いのに、ここまで走ってきたのだろう豪炎寺くんの身体は熱を持って、温かい。僕は彼に流されるまま、自分の身を委ねるように、俯いて肩に額を押しつけた。

「ゆ、夕香ちゃんはどうしたの。それにこんな時間、豪炎寺先生は、」
「夕香ならもう寝た。父さんには、友達と初詣に行ってくると伝えてある」
「でも何でわざわざ、明日には一緒に初詣に行く約束でしょ?」

 心地好い温もりに包まれながら、それでも浮かんでくる疑問を僕は払拭できずに口にした。豪炎寺くんは淀みなく、すらすらとそれに答えてくれる。
 納得できずに尚も云い募る僕に豪炎寺くんは初めて、何かを躊躇うように視線を逸らした。歯切れの悪い言葉で、困ったように眉を顰める。

「それは、そうなんだが。・・・・・・お前が、泣いてるような気がしたんだ」

 その声は、僕の胸に沁み込んで、内側から身体を温めていくようだった。甘えたらいけないって、解ってるのに、どうして君はこんなにも僕に優しいんだろう。
 そんなに優しくされたら、甘えちゃうよ。もっと突き放して、叱って欲しい。そうじゃなきゃ、僕は駄目になってしまいそう。君がいなくちゃ、生きていけなくなって、きっと際限なく、君の優しさを貪ってしまう。それじゃいけない。アツヤに求めていたものを、豪炎寺くんに求めるようになったら、駄目なのに。

「そう思ったらいてもたってもいられなくなって、・・・来てみたら、案の定だった。お前は、嘘が下手だな」

 でもきっと、そんな僕の強がりも、君の真っ直ぐな瞳にはお見通しなんだろう。頑張って強がって、甘えないように努力をしていても、君はこうやって僕の殻をひとつずつ壊していくんだから。

「・・・・・・豪炎寺くんには隠し事、出来ないね」

 降参。負けました。そんな気持ちでいっぱいだった。僕はきっと一生、豪炎寺くんには敵わない。何だか今まで強張っていた心がほっと緩んだようで、僕は自然と笑みを浮かべていた。
 豪炎寺くんはそんな僕を見て、少し照れ臭そうにはにかんだ。そっと背中に回された腕は、僕の強がりや甘えや依存心を全て包み込んで、そして優しく解いていく。

「豪炎寺くん、」
「何だ」
「僕ね、君が思っているよりもきっと、ずっと甘えん坊だし、わがままだよ。・・・それでも、今年も一緒にいてくれる?」

 するすると零れ落ちていく言葉は、僕の本音だ。僕は君が好きだ。もしかしたらもう、君がいなくちゃ生きていけないくらい、君に甘えてしまっているかも知れない。それでも良いのかな。
 上目遣いで問いかける僕に豪炎寺くんは何を今更云っているんだとでも云いたげな顔で返事をする。ぐっと腕に力が篭って、僕の身体はいとも簡単に彼と密着する。

「当たり前だろう」

 そう云って、きつく抱き締めてきた腕を僕はもう、どんな強がりを以ってしても、振り解けなかった。








<top



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -