※ 「新しい日々を」と微妙に繋がってますが、未読でも大丈夫です。






◇ 君と出会えた奇跡






「もしもし烈斗くん? 明けましておめでとう。うん、なに? うん、うん。ちょっと待って。・・・・・・ねえおばあちゃん、これから皆で初詣に行くんだって。行ってきても良いかな?」
「しょうがないね。行ってらっしゃい」

 年が明けてしばらく。突然携帯が鳴って、何かと思って電話に出たら、烈斗くんからだった。これから紺子ちゃんと珠香ちゃん、流くんと一緒に近所の神社に初詣に行くらしい。
 吹雪も一緒に行かないか?と誘われて、僕は一番最初におばあちゃんの顔色を窺った。おばあちゃんが微笑んで了承の答えをくれるのに、僕は行く、と烈斗くんに告げる。
 神社の階段前に集合!との掛け声に少し名残惜しかったけど、僕はすぐにこたつを出て、自室へと向かった。普段着の上に丈の長いコートを着て、マフラーを巻く。

「夜遅いから気をつけて行きなさい。ちゃんと防寒していくんだよ」
「大丈夫。懐中電灯、借りてくね」

 ニットの帽子を被って、携帯と財布をポケットに突っ込んで、手ぶくろをして、玄関へ向かう。廊下でおばあちゃんが心配そうに云うのに、僕は笑顔で答えた。
 玄関先に置いてある懐中電灯を片手に、行ってきます、と云うと、おばあちゃんが手を振って送り出してくれた。
 夜の雪道は昼の内に溶けた雪が氷になって、つるつる滑って危ない。外灯の少ない田舎道を懐中電灯で照らしながら、神社へと歩いていく。完全防寒をしていても、北風に直接当たる顔が寒かった。

「・・・? 烈斗くんかな」

 ふいにポケットの中で携帯が鳴る。手ぶくろをした手では扱い難かったけれど、何とか通話ボタンを押して耳に押し当てると、ぶっきらぼうな声が聞こえた。
 ・・・・・・染岡くんだ。

『おっ、やっと繋がった。・・・・・・よう、吹雪』
「染岡くん?・・・・・・珍しいね、君から電話してくるなんて」
『いや、何となく、な。明けましておめでとう』
「うん、おめでとう。去年はいろいろとありがとう。今年も宜しくね」

 僕はびっくりして、思わず携帯を取り落としそうになった。ぎゅっと冷たい機械を握り締めて、平静を装って言葉を交わす。
 驚いた。染岡くんから電話をかけてくれるなんて。
 電話だってメールだって、恥ずかしがりやな染岡くんから来ることは滅多に無かった。しかも、いつもは何だかんだと適当な理由をつけてくるのに、今日はそれも無い。
 どうしたんだろう。僕と話したいと思ってくれたなら嬉しいけど、染岡くんのことだからきっと本当に、「何となく」なんだろう。仮にも恋人として、それが寂しくないと云えば嘘になるけれど、でも、染岡くんが何となくでも、僕に電話をかけてくれたことが嬉しかった。

『おう。そっちはどうだ?』
「すっごい雪だよ。今はちょうど止んでるけど。これから、白恋の皆と初詣に行くんだ。染岡くんは?」
『俺もこれから円堂たちと初詣だよ。ったく、寒くて敵わねえな』
「ふふ。こっちほどじゃないだろうけど、冬なんだからちゃんと防寒しないと風邪引いちゃうよ」

 神社への道を歩きながら、何気ない世間話をする。次第に話題は去年のことになった。自然と声のトーンが少し落ちる。

「一年って、早いよね。去年は今、こんな風に過ごしてるなんて思わなかった。まだ、・・・アツヤもいたしね」
『そうだな。俺も去年はまだ、お前はもちろん、豪炎寺や今の奴らとも出会ってなかったしな。そう考えると、一年って早いよな』

 そうやって考えると、僕たちの時間の短さを思い知る。僕と君は知り合って一年も経っていなくて、それ以前の君を知っている人はこの世界にたくさんいる。
 それが少し悔しいし、寂しい。だって僕たちの間にはとっても長い距離というものがある。一緒にいられる時間は、これからも決して長くは無いかも知れない。
 でも、だからこそ思うこともある。こうして僕が君やキャプテンや豪炎寺君や、色んな人に出会えたことは奇跡みたいなものなんじゃないかって。
 君たちがストライカーを探しにわざわざ北海道まで来なかったら、僕は皆と出会えなかった。エイリア事件が起こらなければ、豪炎寺くんがいなくなることも無い。
 そんな風に色んな出来事が積み重なって、こんなに素敵な奇跡が生まれたのなら、僕はそれ以上を望むよりも、この奇跡を大切にしたい。
 寂しくて苦しくて仕方が無くなる時もあるけど、それだって君と出会えたからなんだって、今はそう思えるから。

「うん。それで改めて思ったんだ。僕、皆と出会えて良かったなあって。・・・・・・僕ね、君に会えて良かったよ」
『・・・・・・そうか』
「君に会えて良かった。君を、・・・好きになれて良かった。だって、君と喋ってるだけで寒いけど、寒くないんだ」

 染岡くんは黙って、時々相槌を打ちながら僕の話を聞いてくれた。それが、凄く嬉しい。繋がってるんだ、僕たち。そう思うと、心がぽかぽかとあったかくなる。
 本当は手ぶくろしてるのに指先は悴んでいて、冷たい携帯を押し当てた耳は痛いけど、でももう、僕は昔みたいに寒くないんだ。これ、全部君のおかげなんだよ。

『最後意味解んねえよ』
「はは、ごめんね」

 素っ気無い返事は照れ隠しなんだって解ってるから、僕は笑った。そういうところも、好きだよ。君の恥ずかしがりやで、素直じゃないところ。嫌いじゃないよ。

『さっきな、・・・・・・お前に電話したの、何となくって云ったけど、』
「うん」

 何だかぽやぽやした気分で、雪道を辿る僕に染岡くんは何かを云いかけて、途中で言葉を切った。
 染岡くんはおしゃべりがあんまり得意では無いみたいで、よくこうやって口の中で言葉を探しているんだろうなと思うような間を作る。でも、そういう時は大抵、君は真面目な顔をして、真剣な声で話すから、僕は大人しく待つことにしている。
 次の言葉を期待して、僕は電話の向こうから聞こえる、微かな息遣いに耳を傾けた。

『嘘だ。本当はお前の声、聞きたくなったから電話した』
「染岡くん、」
『今年一番最初に、って訳にはいかないけど、その、メールとか手紙じゃなくて・・・お前に直接、今年も宜しくって、云いたかったんだ』

 少し躊躇いがちな、だけどしっかりした声が僕の鼓膜を擽る。僕は知らず知らず携帯をぎゅっと握り締めていた。冷たい機械が今、僕と染岡くんを繋ぐ唯一のもの。
 別にそうしたからと云って、僕の胸に溢れる言葉にするには難しいあったかい気持ちや、僕のほっぺたが一瞬で寒さだけじゃない何かに染まったことや、僕の心臓がうるさく鳴り出したことなんて、伝わるはずも無いのに、そういうもの全てが伝われば良いのにって思いながら、僕は携帯をきつく耳に押し付けた。
 そして、電波の向こう側できっと顔を赤くして、一生懸命唇を震わせているだろう染岡くんの全てが、僕の目の前にあれば良いのにと思った。

『俺も、お前に会えて良かった。今年も、宜しくな』
「うん。・・・・・・染岡くん、大好き」

 照れ臭そうに笑っているだろう君の顔に、今すぐキスしたい。そんな気持ちを込めて囁いたら、電話の向こうで慌てる染岡くんの声。

『馬鹿、お前、恥ずかしいだろ・・・・・・、こんな顔、他の奴らに見られたら絶対からかわれる』
「大丈夫だよ。こんなに寒かったら、ほっぺたくらい赤くなるから」
『そういう問題じゃねえ」

 僕も真っ赤だし。思わずくすくす笑いながら云うと、染岡くんは拗ねたようにそう云った。唇を尖らせてぼやく様が想像出来て、僕は余計に笑ってしまう。

『染岡ぁ! 遅いぞ! あれ、誰と電話してるんだ?』
『誰だって良いだろ』
『何だよ、隠さなきゃいけないような奴なのか?』
『あーもう、吹雪だよ、吹雪!』
『吹雪か! おーい、吹雪!』
『ちょ、円堂っ・・・』

 ふいに懐かしい元気の良い声が聞こえて、電話の向こうで何やら話している声がした。キャプテンだ。皆で初詣に行くと云っていたから、待ち合わせ場所に着いたのだろう。

『吹雪、明けましておめでとう! 今度はちゃんと年越してるぞ!』
「キャプテン。うん、確かに越してるね」
『おう! 今年も宜しくな!』
「うん、宜しくね」

 電話の相手が僕と解ると、キャプテンはあの太陽みたいなにかっとした笑顔を思い起こさせる、弾んだ声で僕に話しかけてくれた。
 その声に僕はさっきのメールを思い出して、笑ってしまう。キャプテンは年が変わってもキャプテンのままみたいだ。明るくて前向きで、どんな時だって諦めないキャプテンのまま。

『ちょ、携帯返せっ円堂!』
『良いじゃん、オレも吹雪と話したい』
『自分でかけろ!』

 どうやら染岡くんは携帯を奪われていたようで、二人の会話だけで向こうの様子が目に浮かんだ。何とか携帯を取り返したらしい染岡くんの荒い息が電話越しに聞こえる。

「ふふ、キャプテンは相変わらずみたいだね」
『ったく・・・・・・、しょうがねえな』
「でも久しぶりにキャプテンの声聞けて嬉しかったよ。もう着いたんでしょ? キャプテンや豪炎寺くんたちに宜しく云っておいてね」

 疲れたように溜息を交えながら、染岡くんは諦めたように云う。ざわざわとした空気がこっちにまで伝わってきて、やっぱり東京は人が多いんだなあ、と感じる。
 遠くで、キャプテンだけじゃなく、鬼道くんや風丸くんの声も聞こえた。皆、全員集合みたいだ。

『ああ、解った。・・・また後でかけ直す。まあ、明日になっちまうだろうけど・・・・・・』
「うん、待ってる」
『じゃあな』

 わざわざまたかけるなんて、約束をしてくれる染岡くん。何だか珍しいなあと思うと同時、嬉しくて携帯を握る手に力が篭った。答える声が自然と弾んだ。
 別れの挨拶をしたのに、中々途切れない電話に僕が疑問に思っていると、ふいに凄く近くで染岡くんの声が聞こえた気がした。鼓膜を、低くてぶっきらぼうで、でも優しい声が叩く。

『吹雪、云い忘れてたけど、・・・・・・俺も、お前のこと好きだぜ。じゃあな』
「えっ、ちょ・・・・・・切れちゃった」

 反則だよ、染岡くん。
 真っ赤になった頬を持て余して、僕はマフラーに顔を埋める。電灯の下で手を振る紺子ちゃんに手を振り返しながら、僕は熱を払うように足を速めた。






「吹雪くん、どうしたの? 顔、赤いべ?」
「風邪引いたんじゃない? 熱は無い?」
「大丈夫だよ。ありがとね、紺子ちゃん、珠香ちゃん」
「あー解った! どうせ恋人と電話でもしてたんだろ! 今年も君を愛してるよ、とかそんなの」
「えっ・・・・・・」
「ちょ、烈斗! 何云うの!」
「だって吹雪、携帯握り締めてるし。何か熱に浮かされたような顔してるし」
「吹雪くんはそんなこと云わないわ! 大体、風邪よりも先に疑うことがそれ?」
「烈斗くんも珠香ちゃんも止めようよ、吹雪くん困ってるよ」


「・・・・・・で、図星なの? 吹雪くん」
「ち、違うよ」
「そう」
「(何か流くんには見透かされてる気がする・・・)」








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