◇ いちばんの贈り物






「そういえば、キミは何を選んだの?」
「は?」
「プレゼントの話。プレゼント交換用のプレゼント、買って持ってきてって春奈さんに云われなかった?」

 雷門中へと向かう道すがら、少し前を歩いていた吹雪はふと振り向いてそう訊ねてきた。ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで、だらだらとその後を追っていた俺は突然の質問に要領を得ない返事をしてしまう。
 吹雪は少し唇を尖らせて、俺を叱るように眉を顰めた。幼い印象のある吹雪が、そういう顔をすると何だか子どもに叱られているみたいだ。

「ああ、それか。それなら聞いたぜ」

 「サッカー部でクリスマスパーティーやりませんか!」 そんな音無の些細な一言で始まったそれは我らがキャプテン円堂が乗っかったことにより、一気に現実となった。音無が張り切って、木野と準備をしていたのは記憶に新しい。
 そして、そのパーティーの企画のひとつでプレゼント交換をやることになったのだ。予算は1人500円から1000円まで。
 当然、俺も用意した。中身はネタに走るか散々悩んだ末に普通にマグカップにした。ただし、マグカップの柄はネタだ。半田辺りが当たって、使い道に困ればいい。

「キミは何を買ったの?」
「それ教えたら面白くねえだろうが」
「ええー。当たるかどうかも解らないのに。僕にだけ教えてくれたって良いじゃない」

 小首を傾げて問いかけてくる吹雪に俺は素っ気無く返した。
 実際、今ネタばらしをしても面白くない。ああいうのは、パーティーが盛り上がって、テンションが変な方向へ上がった時にするから楽しいのであって、落ち着いた今明かしても恥ずかしいだけだ。
 だが、吹雪にはそういう俺の思惑はまったく伝わらなかったようで。不満そうに零しながら、吹雪は手に持った可愛らしい水色の紙袋を揺らした。

「そういうお前はどうなんだよ」
「僕? 僕はねー・・・・・・、やっぱりないしょ」

 紙袋に視線を投げながら云えば、吹雪は云い淀み、少し思案して、それから人差し指を唇に当てて微笑んだ。
 その子どもみたいな仕草に俺は呆気に取られる。突っ込みも追いつかない。というか、素でやったのかそれは。・・・・・・何だか顔が熱い気がするが無視をした。

「何だそれ」
「だって染岡くん教えてくれないし。僕も内緒。お互いにお互いのが当たったら良いね。そしたら見れるもんね」

 いや当たっても、お前、ネタだぞ、俺の。そう思ったが、目の前で微笑む吹雪を見ると何も云えない。更に云えば、お前の分は別に用意してある、なんて口が裂けても云えない。しかもそれが、・・・・・・だなんて。
 そもそもあれ、あの時の俺は何か血迷ってたんだ。クリスマスムード一色な雰囲気に飲み込まれてたんだ。そうだ、そうに違いない。そうじゃなきゃ、俺があんな恥ずかしいもの、・・・・・・しかも、店員に「彼女さんにですか?」なんて聞かれながら買い物をするという有り得ないくらいの羞恥プレイを出来るはずがない。

「染岡くん?」
「あ、ああ。何でもねえよ」
「そう? 早く行かないと、キャプテンたち待ってるかも」

 あの日の出来事とポケットに転がるラッピングされたプレゼントのことで頭がいっぱいにしていると、吹雪は不思議そうに目を丸くして小首を傾げる。狼狽した声で返事をすれば、吹雪はもう一度、首を軽く傾げて、それからまた前を向き、雷門中への道を進んでいく。
 前を歩く吹雪は楽しそうに紙袋を揺らす。中身は何なのだろう。吹雪のことだから、ネタには走らないだろう。俺みたいにマグカップとか、文房具とか、お菓子とか、その辺だろうか。考えれば考えるほど、紙袋の中身が気になってくる。
 そうすると今度は吹雪のプレゼントを受け取るやつも気になってくる。どうやら吹雪は俺宛のプレゼントは用意していないようだし、吹雪のプレゼントはあれひとつだけなのだ。俺じゃない誰かに、吹雪が贈るプレゼント。当たり前のことなのに、何だか胸がもやもやする。嫌な感情に気づきたくなくて、そのもやもやに俺が蓋をしようとした、その時。

「ねえねえ、染岡くん。ちょっとね、屈んでくれる?」
「何だよ」
「目、瞑って」

 次の角を曲がれば雷門中、というところで、吹雪が俺のダウンジャケットの裾を引っ張った。しょうがないので、ブロック塀に寄って、電柱の影になるような場所に立ってから、屈んでやる。欲求を口にするまでに散々悩む分、吹雪が一度云い出したら引かないことを俺は身を持って知っていた。こういう時は従うに限る。
 俺の肩くらいまでしか無い吹雪に合わせ、中腰になると、吹雪は更に目を閉じろと云ってきた。大人しく目を瞑って、吹雪の次のアクションを待つ。
 ・・・・・・正直、俺は吹雪がキスをしてくるんじゃないか、と思っていた。だから見つからないように電柱の影に隠れたし、吹雪と目線が合うように屈んだ。別に俺が自意識過剰とかそんなんじゃなく、吹雪はよくこうやって俺にキスしたり、抱きついてきたり、果ては後ろからおんぶをせがんできたりするのだ。
 だから今回もそうだ、と予想したのだが。俺の想像に反して、次に訪れた感触は唇に触れる柔らかいそれでも、背中に回される細い腕でも無く、俺の首に巻きつけられる、くすぐったい何かだった。

「マフラー?」
「うん。染岡くんにクリスマスプレゼント。最近寒いでしょ? ちょうどいいかなって思って」
「そ、そうか。サンキュ・・・・・・」

 吹雪が良いよ、と合図をくれたので、目を開けてみると、俺の首には紺色のマフラーが巻かれていた。毛糸で出来たそれは暖かく、確かにこれからの季節にぴったりだ。
 前できゅっと結ばれたそれに触れながら、俺は何だか色々と恥ずかしくなった。それはついさっきまで渦巻いていたもやもやが一気に晴れたからでもあり、目の前で吹雪が嬉しそうに微笑むからでもあった。ああくそ、何でそんな顔するんだよ。耳まで真っ赤になっているのが解って、俺は顔を半分、マフラーに埋める。
 そして、ダウンジャケットのポケットに右手を突っ込んだ。そこにはラッピングされた袋があって、それを指先でしっかりと確かめてから、俺は恐る恐る口を開く。
 きっと今を逃したら、もう渡すチャンスは無い。さあ云え、さあやれ、羞恥心なんて捨てちまえ! 俺がやらなきゃ誰がやるっていうんだ!

「あ、あのな、俺からもお前にプレゼントあるんだ」
「え、なになに?」
「目、瞑っててくれよ」

 興味津々と云った風に吹雪が大きな丸い瞳を輝かせる。期待に満ちた眼差しに若干気圧されながらも、俺はさっきの吹雪と同じ要求をした。
 吹雪の長い睫毛が伏せられる。やっぱり綺麗だな・・・・・・じゃなくて!
 ポケットからプレゼントを取り出す。受け取ってくれるだろうか、吹雪は、喜んでくれるだろうか。
 ほんの少しの不安と、吹雪なら喜んでくれるという根拠の無い確信。きっと、あのふわふわした雪みたいな笑顔を見せてくれるはずだ。そんな裏付けの無い自信。

「あのな、吹雪・・・・・・」

 勇気を振り絞って、吹雪の小さな手のひらを開き、中にプレゼントを握らせる。俺の緊張が移ったのか、吹雪の手のひらも少し汗ばんでいた。
 どきどきどきどき。心臓がうるさい。こんなことで動揺してどうする俺。吹雪に貰ったマフラーの端を掴み、窺うように云う吹雪に頷いてみせる。おいこら心臓、本気でうるさいぞ。

「ねえ目、開けてもいい・・・・・?」
「あ、ああ」






 そうして、吹雪の瞼が開く。手のひらに握らせたプレゼントを見た瞬間の、吹雪の満面の笑みを、その後抱きついてきた小柄な身体の感触を、俺はきっと一生忘れない。もちろん、二人合わせた唇の味も。
 多分あれが、俺にとって一番の、クリスマスプレゼントだった。








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