◇ てっぺんの星とサンタクロース






 「そういえばさ、昔、クリスマスに兄貴、大泣きしたことあったよな」
「そんなこともあったっけ」

 リビングから声をかけられて、僕は生クリームが入ったボール片手にかしゃかしゃと泡だて器をかき回しながら、その声の方へ振り向いた。
 声の主、僕の弟であるアツヤは、リビングでクリスマスツリーを飾っている。ちりんちりんと綺麗に音を奏でる赤いリボンのついたベルをツリーに引っ掛けて、アツヤは不思議そうに小首を傾げる。

「何かすげえ泣きじゃくってたけど、オレ、何で兄貴が泣いたのか解んなくてさ。困っておろおろして。なああれ、何であんなに泣いたんだ?」

 アツヤの言葉にそんなこともあったなあ、と思い返す。何だか懐かしくなって、僕はキッチンに広げられたケーキの材料へと視線を向けた。
 そこには焼きあがったスポンジ、飾りつけ用に下処理したいちごやチョコレートで出来たプレートと並んで、本日のケーキの主役、砂糖で出来たサンタクロースがこちらを見ている。
 白いひげを生やして微笑むそれに、僕は微笑み返しながら、記憶のページを手繰った。






 僕とアツヤは正反対の性格だとよく云われる。実際小さい頃から、僕はそんなに押しが強い方では無くて、アツヤは自分の主張をはっきりと云う子どもだった。
 たったひとつしか離れていない歳とそんなアツヤのある意味わがままとも云える性格のせいで、僕はよく我慢を強いられていたけれど、僕は半分、諦めていた。だって僕は、アツヤみたいにお父さんやお母さんに困った顔をさせてまで、自分の気持ちを伝える勇気は無かったから。
 だけど、僕にだって、わがままを云いたいときだってあって、そういう小さいことの積み重ねが、爆発してしまったのがあの時だった。




 あれはまだお父さんもお母さんもいて、僕がまだ幼かった頃のことだ。


 年中クリスマスみたいだと云われるこの町でも、やっぱりクリスマスは特別だった。僕のお母さんはとっても料理が上手な人で、クリスマスだからと張り切って、ご馳走をたくさん作ってくれたし、お父さんはその日だけは早く帰ってきて、一緒にツリーの飾りつけをしてくれた。僕たちは小学校に上がって早々にサンタクロースの正体を暴いてしまったけれど、それでも、クリスマスが楽しいイベントであることに変わりは無かった。
 でもあの時のクリスマスは、ちょっとだけ違ったのだ。




 きっかけはほんの些細なこと。ケーキの砂糖菓子のサンタクロースを、アツヤに取られたこと、本当にそれだけだった。
 だけど僕はその前に、クリスマスツリーのてっぺんの星を飾るのも、ローストビーフの最後の一枚も、フライドチキンの最後のひとつも、アツヤに譲ってあげたのだ。クリスマスプレゼントにお母さんが編んでくれた帽子の色だって、アツヤが青の方がいいというから、本当は僕のだったけど、交換してあげた。
 なのに、なのに。

「オレ、サンタクロースもーらいっ!」

 アツヤは勝手にケーキの上からサンタクロースを浚っていってしまった。僕は放心状態で、何が何だか解らなくて、ただ目頭が熱かったことだけを覚えている。
 鼻の奥がツーンとなって、涙が拭っても拭っても溢れてきて、滲んだ視界にアツヤは慌てふためいているのが見えた。お父さんは苦笑いをしていて、お母さんは優しく笑って、僕を抱きしめてくれた。
 お母さんの腕の中で、お父さんに髪を撫でられながら、涙でお母さんのエプロンがびしょ濡れになるまで、僕は泣いた。






「懐かしいなあ」

 端的に云えば、僕は子どもだったのだと思う。自分を主張することが下手で、わがままを適度に云うことで爆発することを防ぐ方法も知らなかった。更にいえば、甘えることも、僕は下手だったのかも知れない。
 結局あの後、僕が泣き止んだのは、しばらく経って、お母さんが

「後で士郎にだけケーキ買ってあげるから、ね。今はアツヤに譲ってあげて」

 そう耳打ちした後だったのだから。お母さんに久しぶりにぎゅっとして貰えて、お父さんに髪を撫でて貰って、「自分だけ」甘やかされて、僕は満足したのだろう。

「なあ兄貴、教えてくれよ」

 天使の格好をした飾りを手に、アツヤが振り向く。その横顔はいつの間にか精悍になって、少し大人っぽくなったような気がする。毎日見ているからあんまり解らないけど、でも、少なくともあの頃より背も伸びたし、身体も大きくなった。もちろん、僕も。

「やだ。僕と母さんの秘密だよ」
「何だよそれ」

 アツヤが不満そうに唇を尖らせる。だけど、これはずっと内緒だ。僕がアツヤに対する不満を爆発させて泣いたことも、あの後お母さんと一緒にケーキを食べたことも。
 だって、お母さんもアツヤには内緒だって云ったもの。だからこれは、ずっと僕とお母さんだけの秘密。

「それより飾りつけ終わったらこっち手伝ってよ。まだ料理半分も出来てないんだから。早くしないと、紺子ちゃんや烈斗くんが来ちゃうでしょ」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい・・・・・・」

 泡立った生クリームの固さを確認しながら、叫ぶ僕にアツヤの気の抜けた返事が響く。畳み掛けるように云えば、案の定な声が返ってきた。
 でもその声とは裏腹にアツヤはてきぱきとツリーの飾りつけを終えていく。この辺も、きっと成長したところなんだろう。僕も、前よりも美味しくケーキが作れるようになった。これも、些細な成長。
 そんなことを思いながら、アツヤがツリーのてっぺんに星を飾るのを横目に、僕はケーキのデコレーションに取り掛かった。








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