◇ Puppy love






AM 09:46




 どうしてこいつはこんなにも余裕なんだろう、と思うことがよくある。いや、当たり前なんだ。俺なんか比べ物にならないほど、こいつのそういう経験値が高いのは部内では周知の事実で。
 だけど、そのノリでこられると、俺は、どうすればいいのか戸惑ってしまう。ああ、解ってる。要するに俺は恋愛に対しての知識も免疫も無さ過ぎるんだってことくらい。






「ねえ染岡くん。日曜日って部活無いよね、空いてる?」

 部活帰り、二人で歩いていた時、唐突に吹雪がそんな誘いをかけてきたのは、確か一昨日のことだったと思う。
 俺たちはその、何というか、一応、恋人ってやつだ。あれ、この場合、俺は吹雪の彼氏になるのか? ・・・・・・まあいい。それで、お互いに好きだと気持ちを確認して、俺は吹雪と、いわゆるお付き合いというものをしている。
 だがしかし、俺たちは中学生だ。しかも部活で忙しい。だから、俺たちの日常はそんなに今までと変わりがある訳じゃなかった。毎日、一緒に帰るようになった、とかそれくらいのことで。土日も基本部活だし、学校で会う以外の機会なんてそうあるものじゃない。そして学校で会うということはイコール、人目があるということだ。
 つまり俺たちは、クラスの女子たちがはしゃぐような、恋愛っぽいことをまるでしていなかった。正直、自分でも友達だった頃と何が違うのかたまに解らなくなる。決死の思いでした告白も、無かったんじゃないかと思えるくらいに。
 そんな時に、この発言である。俺は吹雪の言葉の意図が掴めず、思わず立ち止まって、有り得ないくらい間抜けな顔をしてしまった。

「は?」
「だから、日曜日、空いてる?って聞いてるの。僕、こっち来てから全然、遊びに行けてないから、付き合ってよ」

 そんな俺を一歩先から振り返って、見上げる吹雪は不満そうに唇を尖らせた。ここまで来て、吹雪の言葉の裏が読めないほど、俺は馬鹿ではない、と思う。吹雪は、俺をデートに誘っているのだ。
 ・・・・・・これ、デートで良いんだよな?

「あ、ああ、まあ良いけど・・・・・・」

 しどろもどろになりながら頷いた俺は今までに無いくらい狼狽えていた。いや、吹雪に告白したときの方が狼狽えてたか。
 うろうろと落ち着かない視線を何とか吹雪へと向けると、何とも幸せそうな顔で微笑んでいた。その表情にどきん、と胸が高鳴る。
 くそ、これくらいのことでそんな顔するな、恥ずかしい。ちょっと遊びに行くだけだろ。別に友達同士でも行くじゃねえか。俺、こないだ半田とゲーセン行ったぞ。・・・・・・何でこんなに動揺してるんだ、俺は。

「何処に行きたいんだよ」
「いっぱいあるよ? ディズニーランドも行きたいし、東京タワーとかお台場とか。あ、上野の動物園も行きたい!」
「そんなところ、俺だって滅多に行かねえっての」
「ふふ。近くにあると意外と行かないよね」

 自分の感情を持て余して、投げやりに聞いた俺に吹雪は心の底から嬉しそうに笑って、定番の観光スポットを挙げた。ついこないだまで吹雪が住んでいた北海道の、しかも山奥の雪原と比べれば、確かに東京にはたくさんのものがある。まあ有り過ぎて、俺だって行ったことの無い場所だらけだが。大体、東京タワーなんてわざわざ上って何が楽しいのか、俺には解らねえ。
 だけど、吹雪が楽しそうに話しているのを見ると、まあ付き合ってやってもいいか、なんてそんな気持ちにさせられるんだから、不思議なものだと思う。

「で、結局何処行きたいんだ?」
「ほんとはね、染岡くんと一緒ならどこでもいいよ。僕たち、お金無いしね」

 行きたいところを口にするだけで要領を得ない会話に結論を急ぐ言葉を投げかけると、吹雪はふふ、と声を上げて笑いながら、何とも気障な科白を口にした。
 俺は思わず恥ずかしさに口元を手で覆った。馬鹿だろ、こいつ。何でこんな直接的な科白を普通に云えるんだ。ああそうか、こいつは場数を踏んでいるんだった。女子に囲まれて囃し立てられても、顔色ひとつ変えないこいつのことだ。これくらい、何でもない科白なんだろう。・・・・・・そう思わないと、一々動揺している俺が馬鹿みたいだ。

「おまっ、・・・・・・そんな恥ずかしいこと、よく真顔で云えるな」
「だって本当のことだし」

 耳まで真っ赤になっているのが自分でも解る。それがまた恥ずかしくて、俺はそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに返す。吹雪は至極当然と云った顔をしている。
 だから何でおまえは平気なんだよ。これが経験値の違いってやつか。内心、突っ込みまくっていると、吹雪は軽く小首を傾げて、具体的な案を出してきた。

「でもそうだなあ・・・・・・、僕、見たい映画があるんだ」
「映画?」
「うん。駄目かな?」
「ま、まあ、それくらいならいいぜ」
「ほんと! ありがと」

 上目遣いで小首を傾げて見つめてくる吹雪に対して、駄目だ、なんて云えるやつがいたら、俺は見てみたい。何でこいつ、こんなに可愛いんだ。男だろ、俺と同じ男のはずなのに。綺麗に生え揃った長い睫毛がぱちぱちと瞬いて、青みがかった灰色の大きな瞳が喜色に満ち、柔らかく細められる。その仕草のひとつひとつが、俺の心臓をうるさく鳴らした。
 くそ、と悪態をつきながらも俺は認めざるを得ない。吹雪は、かわいい。・・・・・・これが、惚れた弱味ってやつなんだろうな。






 とまあ、そんな経緯があって、俺は今、稲妻町の駅前で吹雪と待ち合わせをしていた。時刻は9時40分を過ぎたところ。約束は10時だ。
 20分も前に来てしまうとは、我ながらはしゃぎすぎだと思う。昨日は中々眠れなくて、今朝も目覚ましが鳴る前に起きてしまった。人を待つという行為はどうしてもそわそわと落ち着かない気分になる。
 それが初デートで、好きな相手を待つというなら尚更。俺は何度も携帯のサブディスプレイを確認し、時には昨日、寝る前に来た吹雪からの短いメールを見返してみたり、自分の服に変なところがないか見直してみたりした。自分でも不審だと思うが、何かしていないと落ち着かない。
 押入れの中を引っ掻き回して、ああでもない、こうでもないと悩みつつ、最終的にどうせ映画見に行くだけだろ、普段着で良いじゃねえか、と開き直った服装はインナーの上に適当にシャツを羽織って、ジーンズを合わせただけというありきたりなものだ。
 大体、俺がおしゃれなんて柄でも無い。外に出て恥ずかしくない格好なら何でもいいじゃねえか。どうせ吹雪だって、

「染岡くーん!」
「吹雪、」

 そこまで考えたところで、背後から聞こえてきた声に俺は振り向いた。その先には吹雪が軽く息を乱しながら走ってくる姿が見える。
 雷門サッカー部で一番の俊足を誇る吹雪は俺が手に持った携帯をポケットに突っ込む30秒くらいの間に俺の目の前にやってきていた。

「っは、ごめん、待った?」
「・・・・・・いや、まだ10時きてねえし、待ってねえよ」

 膝に手をついて息を整えながら聞いてくる吹雪に俺はそっぽを向いて答えた。というか、吹雪を直視できなかった、というのが正しい。
 思えば俺は、今まで吹雪のちゃんとした私服を見たことが無かった、のかも知れない。休日に会うなんて今日が初めてだし、普段は制服かユニフォームかジャージかの三択だ。
 だからだ。こんなに胸が高鳴って仕方が無いのは。視線がうろうろと泳いで、吹雪を見ることが出来ないのは。

「あ、これね、風丸くんとヒロトくんに選んで貰ったの。変かな?」

 吹雪は俺が全然別の方向を向きながらも、ちらちらと自分の服装を見ていたのに気付いたらしい。自分の格好を下から上まで確かめながら、不安げに小首を傾げた。
 吹雪の服装は何時だったか風丸が好きだと云っていたブランドのインナーとこれは恐らくヒロトの趣味なのだろう青のダウンベスト、それに黒っぽいジーンズとハイカットのスニーカーが合わせてあった。
 極普通の、中学生のファッションだ。俺もあんまりファッションに詳しい訳じゃないが、そこそこ見れる方なんじゃないかと思う。・・・・・・俺ももっと考えてくれば良かった、と数時間前の自分を後悔するくらいには。

「白恋じゃあんまり服買うとことか無くて、東京は皆おしゃれな人ばっかりだから、変な格好じゃ、染岡くんが恥ずかしいかなって思って・・・・・・風丸くんやヒロトくんに相談して、頑張って、みたんだけど、」

 そんなことないぜ、似合ってる、の一言が咽喉の奥にわだかまったまま出てこず、押し黙っていると、吹雪は自分の格好がおかしいと思ったのか、懸命に言い訳をし始めた。
 だんだんと俯いていく顔にさすがに何か云ってやらないと、と思うが、中々口が開かない。くそ、何で俺はこんなことも云えないんだ。吹雪が落ち込んでるって云うのに、羞恥心なんかで躊躇ってる場合か!

「その、別に、おかしくないと思うぜ」
「・・・・・・!」

 自分を奮い立たせて、口にした言葉に吹雪がパッと顔を上げる。その表情が見る見るうちに輝いていくのに、俺は思わず息を呑んだ。
 俺のたった一言で、こんなにも嬉しそうに笑う吹雪。
 馬鹿みたいだと思う、なのに、それが少しだけ嬉しいと感じる自分もいる。全く気の利かない、ぶっきらぼうな俺の言葉でも、いや俺の言葉だからこそ、こんな風に吹雪を笑わせられるのだとしたら、それは。

「うん、ありがとう! 染岡くんも今日の服、かっこいいよ」
「馬鹿っ・・・・・・もういい、さっさと行こうぜ。上映時間、間に合わなくなるだろ」

 にこにこと満面の笑みを浮かべる吹雪に俺は急に恥ずかしさが襲ってきて、そっぽを向いて、電車へ乗ろうと駅の方へ歩き出す。その隣に並んで、吹雪はまた幸せそうに笑う。
 だから、何でこんな些細なことでそんな顔をするんだ、お前は。顔が赤くなるのを抑えられない。例えば、もっと時間を重ねて、回数が増えたら、こんなこと、何でも無くなるんだろうか。恋愛の経験値とやらを積めば、こんな風に動揺することも無くなるのか。
 うるさく騒ぎ出す心臓を抱えて俺は、そう思った。








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