04. 風の申し子








 いつもいつも感じていることだけれど、1時間目と4時間目、5時間目の体育ほど面倒くさいものは無いと私は思う。1時間目は体操服に着替える時間が短く、4時間目は昼休みが短くなって、昼食を取る時間が無くなるし、昼食後の体育なんて面倒くさいと云わずして何と云うのだろう。体育自体は大好きだけれど、それとこれとは話が別である。
 そして、その中のひとつ、4時間目の体育というものに私は現在ぶち当たっていた。

「それじゃ各自散らばって練習始めていいぞ!」

 体育教師の掛け声を合図に綺麗に整列していたクラスメイトがそれぞれ運動場に散らばる。
 今日の体育は男子も女子も体育祭に向けての練習だ。種目は昨日ののLHRで決めてある。ちなみに私は全員参加の学年種目の他に100メートル走と200メートル走、クラス対抗リレーに出ることになった。
 別に陸上部に所属しているからって足が速い訳では無いのに、面倒臭がりの女子たちに背中を押され、クラス対抗リレーに出る羽目になってしまったことを私は少し後悔している。
 しかもアンカーのひとつ前を任されてしまった。・・・・・・期待されて、失望されるのは嫌だなあと思う。まあ正直、期待されているかどうかも怪しいけれど。

「楢崎さん、リレーの練習しようよ」
「あ、うん」

 同じくクラス対抗リレーに出るクラスメイトに声をかけられて、私は彼女と一緒に他のメンバーが集まっているところへと向かった。






「あっつう・・・・・・」

 一通り、バトンタッチの練習をして、何度かグラウンドを走った後、私は余りの暑さに花壇の傍の木陰へ置いてあったタオルを取りに行った。
 授業が始まって40分。もうちょっとしたら、集合がかかるだろう。校舎の時計を見上げながら、タオルで汗を拭うと、いつの間にか隣にきていたななみが疲れたように呟いた。

「今日、暑いよね・・・・・・。日差しもキツイし」
「ななみ」
「日焼け止め忘れちゃってさー・・・、もう最悪」

 ななみは体操服の上にジャージを羽織って、木陰に座り込み、ボーっとグラウンドを見つめていた。見当たらないと思っていたら、こんなところでサボっていたのか。

「ななみ、こんなとこでサボってたの。先生に見つかったら怒られるよ」
「だーいじょうぶ。今日は徳永先生しかいないもん。あの先生ならバレても誤魔化せるから」

 一応友人として忠告すれば、彼女は唇を尖らせて返事をした。そういう問題じゃないんじゃ、と思ったが、この状態のななみに何か云っても聞き入れてくれる可能性は限りなく低い。
 それにある意味私も同罪である。先生の目が届かないのを良いことに休憩しているのだから。タオルを肩にかけて、一緒に置いておいたスポーツドリンクのペットボトルの蓋を捻る。

「あ、吹雪くんだ」
「え」

 手に持ったペットボトルの蓋がぽとりと地面に落ちた。思わず視線を運動場へ向けると、そこには風をまとい、グラウンドを駆け抜ける彼がいた。
 一瞬で、目を奪われた。
 ふわふわのくせっ毛を風になびかせて、空気を切るように、彼は走る。そのフォームは決して綺麗に整っている訳ではない。どちらかといえば、隣を走る風丸君の方が元々陸上をやっていたこともあって、フォーム自体は綺麗だ。だけど、何故だか私はそんな彼の走る姿に、見蕩れてしまった。
 まるで風になったみたいに、彼は楽しそうに、跳ねるようにグラウンドを駆けている。そのスピードはクラスで一番速い風丸君に、勝るとも劣らない。

「凄いねー。あの風丸くんと同じくらい、ううん、もっと速いかも」

 ななみが感心したように感想を漏らすのに、私は頷くことも出来ずに硬直していた。ただ目だけが素早く動いて、彼を追いかけている。
 胸が、ドキドキする。どうしてこんなにうるさいんだろう。それは今までに無い、胸の高鳴りだった。
 釘付けになった視線は、ゴールを迎え、風丸くんと嬉しそうに笑い合う彼の姿から一向に離れようとしない。
 ・・・・・・あんな風に、私も走れたら。まるで頬を撫でる秋風になったみたいに、グラウンドを駆け抜けられたなら、どんなにか素晴らしいことだろう。そうまるで、風になったみたいに。

「詩織?」
「・・・・・・いいな」
「え?」

 きっと私はとてつもなく呆けた顔をしているのだろう。ななみが心配そうに覗き込んできたけれど、私はまともに言葉を紡ぐことも出来ずにぽつりと溜息のような声を漏らした。
 心の底から、そう思った。これ以上ない、本音だった。私もあんな風に走りたい。誰よりも楽しそうに、風になったみたいに、軽やかなスピードで、私も走りたい。

「ななみ、私、もう行くね!」
「あ、うん。でももうすぐ授業終わるよ?」
「いいの! 私今、すっごく走りたい気分なんだ!」

 そう思ったら、身体がうずうずして堪らなくなった。ペットボトルのキャップを拾って閉め、タオルと一緒に地面に置いて、私はななみを振り返る。
 ななみは突然雰囲気が変わった私を何が何だか解らないとでも云いたげに見つめ、小首を傾げた。私はそんなななみに湧き上がる感情のままに大きく頷いて、グラウンドへと駆け出した。
 例え、後五分だけでも、一回だけでも、走りたい。彼と同じように走れる訳じゃない、でも。走り出さなきゃ、何も始まらない。そうだ、私もなりたいのだ。彼みたいに、風に。
 その為には。

「走らなくちゃ」

 足を前へ踏み出す度に、えりあしを通り抜けていく風が、とても気持ち良かった。








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