長いようで短い夏休みが明けての新学期三日目。もうそろそろ、夏休みボケも落ち着いてきて、散々乱れた生活リズムもいつも通りに戻ってくる、そんなころ。
 クラスの大半が夏休みの課題を提出し終えて、休み中遊び呆けて出来なかった奴が焦りを通り越して、悟りを開き始める、そんなころ。
 ――――――彼、はやってきた。








01. 転校生は王子様








「でねでね、A組の子から聞いたんだけど、さっき職員室で・・・・・・」
「聞いた聞いた! 何かすっごい美形だって友香たちが話してた。王子様みたいだったって」
「何処のクラスになるのかなあ? ウチのクラスだったら良いのに〜」




 ざわざわざわ。朝、今日は朝練も無いし、と遅めに登校したら教室が異常にやかましかった。何時に無く、女子たちがそわそわと落ち着きが無い。ひっきりなしに騒いでは、時折黄色い声が響く。元々、うちのクラスの女子は物静かとは正反対の子が多いけれど、それでもここまでうるさいのは珍しい。疑問に思いつつ、私は自分の席に着いた。
 窓際から二列目、後ろから二番目。目立たず、先生方から見つかる確率も低い、丁度良いポジション。あみだくじで引き当てたこの席を、私は気に入っていた。
 とりあえず鞄を片付けようと机の中に教科書を仕舞っていると、前の席で一生懸命携帯を打っていた親友が突然私のほうを振り返った。私は驚いて、思わず手に持ったお弁当を落としてしまう。あーあ、やっちゃった。中身、崩れてないといいけど。

「ねえ、詩織。あの噂、聞いた?」
「え? 何の話?」
「今日、転校生が来るって噂。もう朝からその話題でクラス中大騒ぎよ」

 なるほど。騒ぎの原因はそれか。自称情報通である親友、安藤ななみから告げられた言葉に私はようやく今日のクラスの雰囲気がおかしい理由を知った。と同時に新たな疑問が浮かぶ。

「でも、それだけで何でこんなに騒がしいの?」

 今年は転校生が何故か多くて、一学期だけでも5人、この学校にいわゆる「転校生」がやってきている。しかも5人揃って、2年生。で、全員サッカー部。
 まあまだうちのクラスには来ていないのだけれど、こうも多いと転校生という響きにも慣れが生じてくるものだ。うちの学校は私立なので、本来、そんなに転校生なんて来るはずが無いのだが。

「A組の子が職員室に入るとこ見たって云っててね、その子曰く、その転校生は王子様みたいな美形だったんだって」
「王子様、か。皆が騒ぐ訳ね」

 そんな私のクエスチョンマークにななみは的確な答えをくれた。ぐるりと辺りを見回せば、未だそれぞれグループに分かれておしゃべりを続けるクラスメイト。
 でも確かに、王子様のような超絶美形男子が転校してくるとなれば、彼女達が騒ぐのも無理は無いのかも知れない。女子というのは、とかく恋愛話が好きな生き物だ。

「でも、中途半端だよね。こんな時期に転校生なんて」
「確かに。普通は新学期と同時だからね。始業式に間に合わない事情でもあったのかな」
「かもね」

 片手でメールを打ちながら、ななみが何気なくぼやくのに、私も頷く。新学期が始まってまだ三日目。どうせなら、始業式に合わせれば良かったのに、と思うのは私だけでは無かったみたいだ。
 空に近くなった学生鞄を机の横に引っ掛けながら、他愛ない話をしていると、ななみの携帯がぶるぶると震えた。

「あ、来た! ねえ詩織、例の王子様の写メ回ってきたんだけど、見る?」
「どっから回ってくんのよ、そういうの」
「これはD組の杏奈ちゃんから。あーでも残念、あんまり上手く撮れてないなー。ボケてる」

 携帯のディスプレイを確認したななみが私を伺う。私は半ば呆れ気味にななみの携帯を見た。彼女の情報網というか、友人関係の広さに関しては、本当に感心する。一回、携帯のアドレス帳を覗かせて貰ったことがあるけれど、余りの人数の多さにびっくりしたのを覚えている。
 ななみはその「王子様」とやらの写真をディスプレイに表示させて、私の方へ向ける。そこにはピントの合っていない、しかもかなり離れた場所から撮影したであろう男子の横顔が写っていた。何とか彼が銀色の髪をしていることが判別できるくらいのそれをまじまじと見、私は首を捻った。

「これ、格好良いの?」
「これだけじゃいまいち判断出来ないなー。まあHR終わればまた写メ回ってくると思うから。もしかしたらうちのクラスかも知れないし」

 ななみもまた私と同じ考えらしく、うーんと唸って小首を傾げた。まあこれで判断出来るほうがおかしいと云えば、おかしい。もっとマシな写真は無かったのか。
 そんなことを話している内にチャイムが鳴って、担任教師が教室のドアを開けて入ってきた。後ろ向きに座っていた姿勢を元に戻しながら、ななみが携帯をぱたんと閉じる。私も姿勢を正して前を見た。学級委員が大きな声で起立の号令をかける。一通りの挨拶を終えたところで、担任が口を開く。皆(特に女子)の期待の眼差しが担任へと集まった。

「今日は皆に新しいクラスメイトを紹介する」

 瞬間、教室中がざわめきに包まれた。ななみが振り返って、笑う。私も曖昧に微笑み返した。まさか、本当にうちのクラスに来るなんて。思ってもみないことに私は内心、溜息を吐いた。
 これはしばらく静かな教室は帰ってこないな・・・・・・。転校生を面白がってはいたけれど、実際にすぐ傍で騒がれるとなると話は別だ。こういうのは遠巻きに眺めているから面白いのであって、当事者にはなりたくない。それが私の本心だ。甲高い歓喜の声が耳に痛い。これが続くのかと思うと憂鬱になる。
 前にもこんなこと無かったっけ、と考えて、前に転校生が来た時だと思う。豪炎寺君とか一ノ瀬君とかうるさかったなあ・・・。クラス違ったからまだマシだったけど。

「うるさいぞ、静かにしろ。・・・・・・吹雪、入ってきていいぞ」

 余りの教室のやかましさに担任が一喝すると、さすがに女子たちも大人しくなった。担任が廊下に向かって声をかける。がらり、引き戸が開いて、噂の王子様が教室に足を踏み入れる。
 刹那、女子たちの声にならない悲鳴を聞いた気がした。実際にそんなことがあるはずも無く、女子生徒たちはただ息を飲んだだけなのだが。
 むしろ女子たちよりもあからさまな反応を示した人物がいた。私の斜め前、窓際の席に座る風丸君だ。彼はがたっと大きな音を立てて、椅子から立ち上がり、口をぱくぱくさせた。

「吹雪っ!?」
「風丸くん! 久しぶりだね」
「おまえ、どうしてここに・・・! 白恋に帰ったんじゃなかったのか!?」
「ちょっと事情があってね・・・・・・。でも風丸くんと一緒のクラスなんだ、うれしいな」
「何で連絡くれなかったんだ? お前が来るって知ってたら、皆で迎えに行ったのに」
「ごめんね、急な話だったから。一応、キャプテンには昨日の夜に連絡したんだけど」
「円堂の奴、また伝え忘れたな・・・・・・」

 目を見開いて驚く風丸君に転校生の彼は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は確かに王子様と噂されただけはある、柔らかく綺麗な微笑みだった。一気に女子がざわめく。
 そんな周りの空気などお構いなしに、どうやら知り合いらしい二人はぽんぽん会話を進めていく。完全に二人の世界に入り込んでしまった彼らについに担任が口を挟んだ。

「あー、風丸。積もる話はあるかも知れんが、休み時間にしてくれ」
「あっ、すみません・・・・・・」

 我に返った風丸君が恥ずかしそうに席に着く。転校生の彼は少し罰の悪そうな表情で、教室を見渡した。
 担任が黒板に大きく名前を書いて、自己紹介をするように促すと、彼は人好きのする柔和な笑みを浮かべて、丁寧に挨拶をした。

「初めまして、吹雪士郎です。北海道の白恋中から来ました。まだこっちに来て日が浅いので、慣れないことも多いと思いますが、宜しくお願いします」

 何処か甘ったるい声が耳に残る。けれど、それ以上に女子のひそひそ声がうるさかった。格好良い、噂通りだね、好きな人とかいるのかな、彼女いないなら立候補しちゃおうかなあ。
 ああ、案の定だ。これは次の休み時間は大変なことになるな。人事のように(実際人事なのだが)そんなことを考えていると、担任の教師がとんでもない爆弾発言を落としてくれた。

「えーっと、吹雪の席は・・・・・・。楢崎の隣が空いてるな、そこでいいか」

 わ、私ですか!? 確かに隣の席は空いてるけど、他にも空いてる席、幾つかあるのに、よりにもよって何で私。思わず叫びそうになって、唇を引き結ぶ。先生が云うんだから、しょうがない。ここで意見なんかしようものなら、周りの女子から何を云われるか。人間、諦めが肝心だ。
 そう自分に云い聞かせている間に転校生―――、吹雪君は先生が指し示す席に向かって歩いてくる。途中、女の子たちに声をかけられる度に笑顔で応対しながら。
 そして、椅子を引いて、私の隣の席に腰を下ろす。彼は鞄を肩から外して、机の上に置くと、私の方を向いて、それは綺麗な、極上の微笑みを浮かべて、話しかけてきた。

「初めまして。楢崎さん、でいいんだよね?」

 王子様だ。私はそう実感せざるを得なかった。演じているのか天然なのかは知らないが、これは確かに王子様である。噂は本当だったのだ。
 銀色の柔らかそうなくせっ毛に白い肌、長い睫毛に縁取られた大きな青い瞳。身長も低いし、体格だって同年代の男子に比べると華奢で、まるで男らしくない
見た目をしているくせして、声だけは艶っぽい甘い声をしていて、それがまた素晴らしいギャップになっている。何より、間近で見たその笑顔はとてつもなく格好良かった。
 何でだろう。確かに整ってはいるけれど、どっちかというと「可愛い」と云える外見だと思うのに。何かが化学反応でも起こしたんだろうか。
 私はどちらかというと、男らしい人の方が好きだ。こんななよなよしたどこぞのアイドルのような見かけは好きじゃない。性格も誰彼構わず笑顔を振りまくようなのよりも、少しぶっきらぼうなくらいがいい。なのに、やっぱり目の前で見ると格好良いと思ってしまったのは、私が何か魔法にでもかかってしまったからなのかも知れない。

「これから、どうぞよろしくね、楢崎さん」
「あ、えと、よろしくおねがいします・・・・・・」

 雰囲気とかオーラとかに気圧されて、曖昧に頷く私に彼はにこっと笑って、片手を差し出した。白い肌に桜色の爪。何だか自分の手を重ねるのが嫌になるほど綺麗な手だった。
 が、私に対して友好的に振舞う彼のそれを振り払うなんてことは出来ず、私は恐る恐る手を重ねた。あ、柔らかい。うう、男のくせに何で私より柔らかくて綺麗な手をしているんだろう。
 何だか周りの女子の視線が突き刺さった気がするけど、正直怖いので気にしないでおくことにした。気付かなかったことにした方が幸せなことだってある。例えばほら、何でこんなに心臓がうるさいのか、とか。








 こうして、彼はこの学校へやってきた。それが、私の静かな日常が人一倍騒がしいものになるホイッスルだったと気付くのにそう時間はかからなかった。








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