▼甘いドロップの様に


青く澄み渡る空には雲一つ無く、むわっとした夏独特の風が通り過ぎ、ブリーチしたての髪がなびく。汗ばんだ身体が気持ち悪い。身体を起こしながらそんなことをぼんやりと考えていた。中庭の木陰で考え事をしているうちにいつの間にか眠ってしまったのだろう。勿体無い事をした、自分らしくない考えに苦笑しつつ、汗で滲んだ額を無造作に拭う。全身汗まみれなのはこの時期珍しいことではないが、彼女に会ってしまったら、と不安と期待が入り交じるなんとも言えない感覚に陥る。…今日は部活がないからマネージャー兼自分のお世話係である彼女が起こしに来る事などないと知っているのだけれど。気持ちを誤魔化す様に両手を空に伸ばして一息ついた後、携帯を開く。自分は普段から携帯を持ち歩くようなタイプでは無いし、使用するとしても稀にだ。アドレスを知っている人間は自分をよくわかっているのか、連絡手段は携帯を主にしない。…果たして所持している意味があるのかは置いといて。自分はその事を余り気にしていなかったし、直す必要も感じていなかった。少なくとも彼女とアドレスを交換するまでは。受信着信共に0件の表示を見て、落胆する。あの日、アドレスを交換した時から携帯を仕切りに気にする様になった。…その理由は見当がついているが、知らない振りをし続けた。そのつけが今回ってきたのだ。昨日の放課後の出来事を思い出し、取り払う様に首を振るう。…けして忘れる事の出来ない物だった。溜め息を吐き出し項垂れていると、腹の虫が声を上げる。そういえば、今日は朝から何も食べてないっけ。何時もなら口うるさい彼女が起こしに来るが、今日は恐らく来ないだろう。何故ならマネージャー兼自分のお世話係を任命された彼女は今日、彼氏と帰っている筈だから。重い気持ちとは裏腹にお腹は減っているらしい。とてもじゃないが、何かを食べる気分にはなれなかった。静まる様子の無い腹の虫に自嘲の笑みを溢し、彼女が何時も持っている飴を思い出す。お昼寝をしている自分の元へ来ては彼女がくれたあのお菓子。彼女は飴で自分を釣っていたつもりだったろうが、自分としては彼女が来てくれればそれだけで良かった。引き返せない程に大きくなった気持ちに後悔した所で、後の祭りだ。些細なことで一喜一憂するほどに彼女に想いを寄せていたとは…我ながら馬鹿な話である。あの飴は、もう食べれないのかな。心の内に浮かんだ一つの考えは、大きくなり胸を打つ。永遠の別れでも無いのに、何故だか急に彼女を遠く感じた。


「nameー…」
「なぁに、ジロくん」


彼女が遠くに行ってしまわない様、小さく呟いた言葉に返事が帰ってきた。勢いよく顔をあげ声の主を視界に入れる。間違いない、彼女だ。驚きのあまり声が出ず、口をぱくぱくと開閉させるだけの間抜けた行動を見せる自分に彼女はころころと笑う。


「そんなに驚かなくても良いじゃない」
「い、や…うん。ごめん、ちょっと考え事してて…」


我ながら苦しい言い訳だと思ったが彼女はそっか、とだけ口にして笑い追及しなかった。他愛もない話を幾つかしている間も、俺は昨日の出来事が気になって仕方なかった。nameはあいつと付き合ったのだろうか。悔しいけど、nameが選んだことならば仕方無いと無理矢理納得させた自分の想いが溢れそうで怖かった。油断をしたらこの口は彼女に想いを伝えてしまいそうだ。彼女を悲しませる様な事だけはしたくない。困らせるのも嫌だ。だからこそ、彼女が上手く行ったのなら自分は身を引くつもりだった。


「ジロくんはさっき、考え事してたって言ったじゃない?」
「うん」
「どんな事考えてたの?」


唐突な質問に俺は不意を突かれた。言葉を詰まらせあーとかえーとかを繰り返す俺はみっともなくてこの場から消え去りたい気持に駆られる。いまさら取り繕う事も出来ず、かといって本当のことを言う訳にはいかない。


「あ、飴…の事…考えてたんだC」
「飴?」
「nameが持ってきてくれる飴、…すっげー美味しいから。」


嘘、は付いてない。けど、本当に言いたい事を濁した俺の言葉が彼女にどう伝わったかは分からない。沈黙が訪れ気まずさから頭をかく。うーん。まずい事を言っただろうか。でも、自分の本当の気持ちだ。変なあやしさは出て居ない、はず。黙り込んでしまった彼女を横目で盗み見ると顔を真っ赤にしていた。思わず目を見開く。


「え、どうしたんだC!」
「い、いや。あの…えっと…」
「…ふ、」
「あ!笑わないでよ、ジロくん!」


俺と入れ替わるようにどもり始めた彼女は、まるで先程の自分を見て居る様でなんだかおかしくなってしまった。声をあげて笑う俺にまた顔を赤くする彼女は、子供の様に頬袋を膨らませる。


「なんでどもったの?」
「そっちこそ、なんで?」
「う、…そ、れは…」


しまった、墓穴を掘った。そう思うも口にしてしまった事は取り消すことなどできない訳で。彼女は興味津々と言った様に目をこちらに向けて居た。ここで言うしかないのだろうか。言ってしまいたい気持ちがどんどん喉の方へ上ってくる。脳内では繰り返し彼女が悲しむ顔が浮かんでは消え、俺は飲み込むように唾を呑んだ。


「飴の事、考えてたら…マネージャーの事思い出して」
「……そっか」
「…うん」


どうやら俺の口はもう喋りたくて仕方が無いらしい。ぐるぐると回る思考とは裏腹に、すんなりと出た言葉に彼女はまた黙ってしまった。互いに黙り込み、再び長い沈黙が訪れるかと思われたが、彼女がそれを遮った。


「…あの飴ね、ジロくんに似てるなって」
「…俺?」
「甘くて、美味しくって、…もっとって思っちゃうところ、とか」


俺の隣に座って両ひざに顔をうずめながら言う彼女。後半は声がどんどん小さくなって、よく聞こえない。それでも彼女が遠回しに言っている、言葉に隠された気持が見えてしまったような気がして、俺はただただ顔を赤くしていた。ああ、もしかしたらさっき、彼女も見えてしまったのかもしれない。だから、顔を赤らめて居たのか。ああ、そうか。ぼんやりとそんな事を思いながら、押さえきれなくなった想いに身をまかす。無意識に彼女へと腕が伸びていた。抱き締めるとおずおずと遠慮がちに手が回され、笑みが零れる。


もう携帯を気にする事も、要らない心配をすることも、お気に入りの飴が食べられなくなるとかそんな事考えなくていいんだ。








***
12.07.18
リクエストありがとうございました!
お菓子要素あんまり使えなかった…。




back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -