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おはようを聞かせて

「なあ信ちゃん〜」
「その呼び方やめろって言うてるやん、ばあちゃん思い出すねん」
「じゃあ信介。」

なんやねん、そう言いながらも洗濯物を干す手を止めない北。その横でソファに寝転がったままスマホを眺めているのはさくらだった。

北とさくらは高校時代からの友人で、大学に入学する少し前くらいから付き合い始めた。違う大学に通う2人は、ちょうどそれが同じ県であったことから同じ家に住むことを決めた。今思えば付き合って1ヶ月そこらで同棲決めたわたしってすごい。そうさくらは口癖のように友人に話している。

「信介、もうわたしのパンツ干しててもなんも思わんねんなあ」
「今更やろ。3年経ったんやから。」

3年、短かったようで長かったようなその年月は2人の関係を心地良いものに変えていった。手を繋ぐにもキスをするにもドキドキとしていた初々しい2人の姿はもうそこにはない。

初めて下着類を干して貰った時はわたしも恥ずかしかったし信介も顔を赤くしてたのになぁ。そうぼんやりと考えながらスマートフォンからは目を離さない。

「さくら、暇なんやったら皿洗いでもやっといて」
「ええー…今フィーバーしてるねんむり」
「ケータイゲームばっかすんなって何回も言うてるやん。」
「課金してへんからセーフやもん。ほら負けたぁー。信介が邪魔するからや。」

カチリと音を立ててスマホの画面を暗くして、渋々ソファから立ち上がった。北を怒らせると後々面倒なことはさくら自身が一番よくわかっている。
キッチンに入ると、整理整頓された器具がずらりと並んでいた。水回りに汚れという汚れは一切ない。あるのは昨夜食べたミートソースパスタのお皿とフォークが2人分ずつだけであった。

きっちりと日課の掃除を丁寧にこなす北とは違い、さくらはそういった方面ではずぼらという言葉がよく似合う人だと自他共に認めていた。ただ、北がしてほしいことを蔑ろにはせずに受け入れ、きちんとこなすため、2人はうまく続いているのだろう。


「信介、アイス食べたい」
「そう言うと思って大学帰りに買っといたで。バイト代出たからアレやぞ。」
「うわぁ、ハーゲンダッツやん。最高。」

冷凍庫にしまわれている少しお高いアイス。さくらがこれを好むことを北は熟知していた。
アイスを見てふわりと笑う姿も、頬張る瞬間に満面の笑みを見せることも、北の心を温かくさせる要因の一つだ。



***




「最近同棲始めたんやけど、彼の起き抜けの顔がめっちゃ可愛くて朝早く起きちゃうんよね。」

ずずっとアイスコーヒーを飲み干したさくらの友人はそうさくらに告げた。昼休みに大学のカフェテラスで友人と集まることはよくあることで、恋愛の話に花を咲かせることも少なくはない。

「起き抜けの顔……」
「え、さくら同棲期間長いやんな?可愛くない?彼氏の起きた瞬間の目をこすったりするあの感じ!」

きゃっきゃっと笑顔で言う友人の言葉に、ふと思考を巡らせる。
規則正しい生活を好む彼は夜更かしをあまりしない。だからこそ先に寝る様子を見たことはある。けれど、さくらよりも後に起きたことは今まで一度もなかったのだ。

「………わたし、彼氏の起き抜けの顔見たことないわ」
「え?3年も同棲しといて何言うてん?うそやろ?」
「うそちゃう。信介、絶対わたしより先に起きてる。」

寝るのが遅ければ遅いほど起きるのが遅いわたしと違って信介は早起きできる人やもん。そう口に出して初めてその事実に気づいた。当たり前になりすぎている日常は改めて外野に言われて不思議だったことに気づいた。

「えーー!さくら、もったいない。それはもったいない。」
「いや、もったいない言われても今まで気づかんぐらいやったし…」

何とかして起き抜けの顔拝んでみ?もっと彼のことすきになるよ。可愛らしくココアを両手で包みながら飲む友人の言葉に、さくらは傾き始めていた。信介の起き抜けの顔って可愛いんかなぁ。いっつもシャキッと起きて朝ご飯の用意してるもんなぁ。欠伸しながら目ぇこすってたらどんなんなんやろう。
3年も一緒にいても彼の知らない顔があるのかもしれない、という事実がさくらの胸をくすぐっていく。自分しか見ることの出来ない顔がまだあるのならば、見たい。



そうとなれば考えつく策を片っ端から試していくのみであった。
彼の起き抜けの顔を見るためには自分が先に起きることが出来れば良い。単純明快な答えだったが、さくらはいつもより30分早く目覚ましをセットした。
鼻歌交じりにスマホの目覚まし機能をいじるさくらを、怪訝な顔をして北は見ていたけれど、彼女にはそんなこと関係なかった。なんでそんなご機嫌なん。そう聞いた北に、へへっあしたのお楽しみ。そう笑ってベッドに潜り込んだのだ。ふうん、それだけ言って布団を剥がしながらさくらの隣に潜り込む北の横顔を眺めて、おやすみ、そうどちらともなく零せば気づけば夢の中にいた。

ジリリリリ…、聞きなれた目覚ましの音に気付いて手を伸ばす。いつも置いてある場所にあるスマートフォンのボタンを手探りで押すと音がぴたりと止む。目をこすりながら起きると、さくらの隣には人影はなかった。

「え、しんすけ、」

いつもより30分も早く目覚まし鳴らしたのに。信介より早く起きたかったのに。なんで。寝ぼけていた頭がさあっとクリアになっていった。ちらりと時計を見ると、目覚ましをかけて時刻よりも半分ほど長い針が回っていることに気づく。

「え、まって、もう7時、」
「あ、起きたんか。なんで今日6時半に目覚まし鳴らしとったん。いっつもさくら1限の日は7時やん。」

さくらの独り言に気付いた北は、キッチンからひょっこりと顔を出してそう告げた。その目はきっちりと開かれており、起き抜けの表情だなんて百歩譲っても言えない。ふわりと香るトーストの焼ける匂いに、さくらは失敗を悟るのだった。

「お前の目覚ましの音で起きてもうたから、今日ちょっとだけ早よ起きてもうたわぁ。それにしてもさくら、絶対1回目の目覚ましで起きひんよな。」

焼けすぎでなくちょうどいいくらいの焦げ目のトーストにかぶりつきながら、北はそう笑って言う。同じように焼けたトーストを齧りながら、さくらは彼のきっちりとした性格を羨むと同時に、自分の睡眠欲を恨むのだった。





「信介、わたしもう寝るわ!」
「あした朝早いん?」

時計の針はまだ9を指している。大学生にもなって9時就寝だなんてしたことはない。床に座ってローテーブルに向かっていた彼は、大きな目をさらに見開いて、レポートを書いていたパソコンから目を離してさくらを見た。

「早い!」
「それやったら俺もその時間に起きよか?お前絶対起きられへんやろ。」
「ええねん!わたし1人で起きるから!せやから今日別々に寝させて!」

目覚ましの音で彼は絶対に起きてしまう、だからこそさくらはリビングにあるソファにそのまま寝るつもりだった。
枕と薄手の毛布を抱えて、北のもたれているソファに寝転んだ。そんなとこで寝んなや風邪ひくで。その警告は無視して、さくらは信介は寝室で寝るんやで!早くに起こしたくないねん!そう告げて眠りについた。
何時か言うてくれたら起こしたんで。そうパソコンを見つめながら告げる北の言葉は、さくらには届いていなかった。



「で、なんでまだ寝てんねん。」

6時半過ぎ。北はさくらの言いつけ通り寝室で広いベッドでゆったりと眠り、当たり前のように起きていた。目をこすりながらリビングに出て行くと、ソファには毛布にくるまってまん丸になったさくらがいた。

「……朝早いんちゃうかったん?」

北はそう語りかけながら肩を揺する。さくらの寝顔は無防備で、いつもよりも幾分か幼く見えてしまう。彼は自分の手で彼女の頬を包み込むように撫でた。

「…起きや、知らんで。」

親指を頬に埋めるように撫でると、ぴくりと瞼が動いた。お、やっと起きたか。そう言う北の声色は優しい。
うっすらと瞼が開き、視線がゆらゆらとしながら北を捉えた。その瞬間、さくらはがばりと上体を起こして、ぱちぱちと瞬きをする。

「……しんすけ、」
「おはよう。朝早かったんちゃん。いけるん?」
「……いける、」

またやってしもた。信介の方が先に起きてるやん。さくらはまたもやショックを受けた。信介ほどきっちりとした生活をしてこなかった罰か、信介に頼りきっていたせいか。今日も信介もう起きてるやん、そう心の中で嘆きながら、彼と一緒に朝ごはんを用意したのだった。








「さくら、寝えへんの?」
「信介、先寝といて!わたし夜更かしして見たい番組あるねん。」
「あした予定ないん?バイトは?」
「夕方からやからいける!信介朝早いん?」
「俺は朝からバイトや。」

ここ数日間、さくらはずっと考えていた。どんだけ頑張っても信介はわたしより先に起きるよなぁ。わたしは目覚ましないと起きられへんし、なんなら目覚まし1回だけやと起きひんし。どうしたら信介より先に起きれるんやろう。
悩みに悩んで、起き抜けの顔を勧めてきた友人に相談してみると、返ってきた答えが「じゃあさくら、寝えへんかったらええやん」という単純なものだった。

午前中の予定の無い日を選んで、夜更かしして朝まで起きておくことを決めたさくら。それを悟られないようにテレビが見たい、レポートをしたい、などの理由をたくさん用意した。北は、なんの疑いも見せずにそうか、じゃあ先寝るで。とだけ告げて寝室へと向かった。

「よし、今日こそ頑張らんなあかん。」

そう気合いを入れたさくらは、眠気覚ましにと用意したエナジードリンクを冷蔵庫から取り出してテレビのチャンネル欄を開いた。


深夜2時を過ぎた頃、テレビ番組は興味のないものばかりに切り替わっていた。
重たくなる瞼と戦いながら、エナジードリンクの缶を睨む。全然効かへんやん…眠いやん……!300円近くかけたのだから今日こそ報われてほしい。そう強く願いながら一度身体を動かそうと立ち上がった。
そろそろと歩いて寝室に入ると、すう、すう、規則正しい寝息が部屋に響く。

「…しんすけさ〜ん……」

近づいて見てみると、すやすやと眠る愛おしい彼の姿があった。こうやって寝てたらただの美形やのになぁ。ずっと一緒に住んでたらたまにお母さんみたいなこと言うんやもんなぁ。心の中で小言をこぼしながらベッドサイドにしゃがんで頬をつついてみた。

「……今起こしたら起き抜けの顔になるんかなあ」

寝てる彼を起こせばどんな反応をするのだろうか。深夜2時。今起こせば機嫌が悪くなることは明らかだろう。明日は朝が早いと言っていたことも気にかかって流石に起こすことは出来なかった。

「……すきやなぁ、」

ふとした瞬間に、心に浮かぶ言葉がそれだった。
長く付き合っているし、毎日一緒にいたら飽きないのか。そう聞かれることは少なくない。飽きる飽きない、とはまた別で慣れてはしまったと思う。けれど自身のありのままを受け入れ、また相手のありのままを受け入れることが出来る関係は、そう簡単には築けやしないだろう。

さらさらの髪に指を通しているうちに、ふと瞼が重たさを増した。あ、寝そう、やば。そう思った時にさくらはもう睡魔に勝つことは出来ないくらい傾いていた。



「……さくら、どこで寝てんねん」
「……うぇ、しんすけ……」

肩を揺すられて瞼を開くと、ぼんやりした意識の中で部屋が明るいことに気付く。

「そこで寝るならベッドで寝ればええのに。寒かったやろ。」
「……わたしこんなとこで寝てたん?」
「何わろてんねん。」

床に膝をついてベッドに突っ伏すように寝ていたさくらは、ふと笑みをこぼした。信介もう完璧に起きてる、また失敗した。と自嘲するしかなかった。


北がバイトに行くのを見送り、ふう、と一息ついたさくらはもう諦めの域に達していた。わたしが信介より早く起きるのは無理やしわたしが夜中起き続けるのも無理や。かといって今が不幸せなわけじゃないし。そう考えてながら洗濯機のボタンをピッと鳴らした。







「なぁ最近どうしたん。」
「え?」

バイトを終えたさくらがいつものようにただいまぁ、と間延びした声で帰宅を告げた後、北はそう淡々と問う。
どうしたんって何?そうさくらが聞き返すと、北は眉間に少し皺を寄せてさくらに近寄った。玄関先で靴を脱ごうとしていたさくらは思わず手を止めて彼を見つめる。ぴたりと視線が合って彼のまっすぐな視線がさくらを射抜いた。

「最近おかしいでお前。前までそんな夜更かしやら早寝やらせんかったやん。」
「……あー、えっと、まあ」
「さくら、そんな理由もなく変なことするような人ちゃうやろ。なんかあったんなら聞くし、なんもないならないでええし。」

彼氏やねんから頼りや、そう言ってさくらの髪にするりと手を通した北に、心臓がどくりと音を立てた。
心配をかけてしまったという事実に、いたたまれなくなる。もしも北が急に夜更かししたり早く寝たりしていたらさくらも少し心配するだろう。そう思うと北の言動にさくらは頷けた。

「……心配かけてごめん。とりあえずリビング行こや。玄関で話すのもアレやろ」
「せやな。コーヒー淹れたろか?飲むやろ。」
「ん。」

北はキッチンへ向かった。心配させるぐらいなら全部話してあほやなあって言ってもらおう、あわよくばわたしより遅く起きてもらおう。そう心に決めてさくらはリビングへ足を踏み入れた。


「……と、いうわけでした〜。」
「なんやねんそれ……」
「いや、あのな、怒らんとって。」

むっと口をつぐみながら、北は向かい側に座るさくらの頬に両手を添えた。やわらかい頬をつまむように持ち、むにっと引っ張られてしまえばさくらは目を丸くして彼を見るしかなかった。

「……ひ、ひんふけ、」
「なんやねん俺がお前にしか見せへん顔が見たいって。」

きゅっと眉に皺が寄るのが見えた。怒らせてしまったんやろうか、そう不安になってさくらの眉が垂れ下がっていく。

「だって……」
「ふてくされんなや」
「わたしやって、信介の可愛いところ見たいなって、友達の話聞いてたらそう思ってしもたんやもん。」

俺の可愛いとこなんか見ても楽しないやろ。そんなことないもん、わたししか知らん信介知りたいって思うん悪いこと?ぶつぶつと文句を言うさくらの隣に座った信介は、無言で両手を広げてさくらを見つめた。

「……どしたん、」
「お前しか知らん俺なんかアホほどあるやろ。とりあえず、来い。」
「え……?」

言うてることわからんのか。そう言いながらさくらの後頭部に手を伸ばした。ぐらりとさくらの身体が揺れて倒れる先には北がいて、ぽすんと音を立てて頭が胸に飛び込んでいく。

「……信介…?」
「こうやって俺に触れるんも、俺が触れたいと思うんもお前だけやないんか。」
「………え、」

ぎゅうっと力を込めて抱きしめられてしまえば、心臓が痛いほど泣き出すのだった。ずっと毎日のように一緒にいたら、毎日のようにイチャイチャすることもなければ、こうやって抱きしめ合うことも減ってしまっていた。北の背中に手を回し力を込めると、彼の心臓の音がばくばくと耳に届いた。

「……お前しか、さくらしか知らん俺やで。」
「…ずるいなあ。そう言われたらわたしなんも言えんやん。」
「せやからアホなことしようとすんな。心配するしお前がリビングで寝たら俺が寂しいやろ。」
「え、寂しいん?」
「……揶揄うんやない。いつもお前が隣におって、当たり前のように側におって、寝る前まで一緒におったのに朝起きても隣でさくらが寝てる。幸せやなぁ思ってるんやで、これでもな。」

頭の上から響く低音が心地よく全身を包んでいく。
無理に何か新しい彼の顔を探さなくても、もうすでにたくさんの顔を知っている。そのことが当たり前となってしまっただけで、毎日の生活に自分しか知らない彼の顔は溢れていた。

「……ちゅーしよ、信介」
「なんやねん、そんな可愛い言い方すんなや」

上目遣いで北にそう伝えれば、ふっと息を漏らしながら笑って唇を塞いでくれた。彼のキスは、優しい。ゆっくりと唇を包み、離れたあともう一度触れる。つうっと舌でなぞるように愛撫したあと唇を割って入る。

「……ん、」
「…さくら、明日朝早いんか」
「……早くない。」

指が自然と絡み合い、視線をじっと合わせる。

「たまには、夜更かししようや。」

そうやって口角を上げてにやりと笑う彼の顔なんてわたししか知らんのやろなあ。そうさくらは考えながら、北の誘いにのった。



**




「おはよう、身体大丈夫なんか」
「……しんすけ、むり、腰重い、」
「悪かったなぁ。久しぶりやったから」

朝、さくらが目を覚ますと北はやはりもう目覚めていた。うつ伏せに寝転がるさくらとは対照的にベッドから起きて座っている北。
久しぶりに求められた嬉しさや、彼の熱い視線も相まってさくらはかなり乗り気になってしまっていた。その事実がさくらの羞恥心をさらに煽る。

「可愛かったで、俺しか知らんさくらの顔。」
「……んぅ、そんな言い方……」
「だってそうやん。」

今日ぐらいゆっくり起きてもええよな。そう言いながら北はごろんとベッドに身体を投げ打った。
その彼の胸に飛び込んで頬を擦り寄せれば、額にふわっと唇が落ちてきた。

「……信介、すき、」
「知ってるわ。あほ。」

なんかうやむやにされてしまった気がするけど、違う彼の顔なんて知らなくてもいい気がしてきた。隣で、瞼を下ろして眠りにつく北を眺めながらそう感じた。ああ、しあわせってこういうことかぁ。



おちゃ様より『北さん、同居設定』でした!
同居ってどんな感じだろう、そう思って同棲期間の長い友人に「同棲して良いなと思うこと」を尋ねました。「寝起きとか毎日見れるのが特権。」そう言った友人の言葉から生まれた小説です。
このサイトに置いている北さん小説の中では群を抜いてほのぼのとしたものとなってしまったうえに同棲ってなんだろう、ってなってしまいました……。
お気に召していただければ幸いです。
この度はリクエストありがとうございました!