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曖昧な感情に名前をつけようか

「信介くーん、助けてー!」
「なんやまたテスト範囲メモしてへんのか。」

自室に寝転がりながらそう叫ぶと、いつもと変わらない笑顔もないような顔でそう返すのは、『反復・丁寧・継続』をモットーとする稲荷崎バレー部主将の彼だ。
家が隣同士、同じ年の子供、親同士が仲良し、そうともなれば小さい頃から仲良くなるのも無理はない。わたしと信介くんは所謂、幼馴染と呼ばれる関係にある。

小さい頃からお互いの家は自宅となんら変わらなかった。頻繁に部屋を行き来し、勉強したりゲームしたり遊んだり。まあ信介くんはあまりゲームとかしなかった気もするけれど。

高校生になった今もそれは変わらない。変わったのはその頻度だけ。強豪のバレー部に入った彼は毎日汗水流して部活に励んでいる。帰宅部でぐうたら過ごすことが幸せだと感じているわたしとは正反対の過ごし方。おかげで時間が合わず、テスト期間ぐらいじゃないとこうやって勉強を教えてもらうことも出来なくなってしまった。

「信介くんがテスト範囲きっちりメモしてるから、わたしはいいかなぁって思うねんもん」
「そんな理由で呼び出すなや」
「ええやん、テスト期間ぐらいしかこうやって遊ばれへんねんし。普段遊びに行こ思ったら、すぐ寝る言うやん」
「早寝早起きして何が悪いねん」

とりあえず寝転がんのやめ、そう言われたから渋々身体を起こしてスクールバッグに手をかけた。今日は数学と化学を勉強する予定だからちゃんと教科書を持って帰ってきている。


部屋の真ん中に置いたローテーブルを挟むように正座して向かい合う。彼の綺麗な顔が下を向いてぱらぱらと教科書を開く姿ですら様になるのだから、幼馴染として誇り高い。北くんカッコいいね〜と言われることも多く、その度にわたしは自分を褒められたような気分になるのだ。

「で、さくらはどこまで勉強してんねん」
「172ページから180まで。そこは絶対出るやろなって思ったから。」
「は?お前こここないだの期末で出たやんけ。今回は181以降やぞ、そんなんやと落ちんで」

やからちゃんと範囲はメモれって毎回言うとるやんけ。正論がぐさりと胸を突き刺す。けれどこうやってわたしに時間を割いてくれる優しさを知っているから、わたしはそれに甘えたくて仕方ないのだ。


「なあ信介くん」
「なんや、どこがわからんの?」
「今度、いつ遊べる?」
「さあな。バレー部休みないからわからん。」
「へー。そんなんやったら彼女作られへんのちゃん?大耳くんも言うてた、バレー部忙しくて構ってやれんから彼女と別れたって。」
「なんで大耳にそんな話聞いてんねん…」

バレーに集中したい。全国大会を目指す運動部の人たちがよくそれに類似した別れ方、告白の断り方をしていると聞いたことはある。つい最近、大耳くんがそう言っているのを聞いて、信介くんの浮いた話を聞いたことがないことに気がついた。好奇心がふわりとわたしの脳内を占める。

「なあ信介くん、モテるやろ?」
「は?」
「信介くんがモテへんわけないもんなぁ。せやからあんま浮いた話聞いたことないのん今更やけど不思議やなぁって。」

はあ、聞こえるようにため息をついた彼は参考書に目を落とした。信介くんはこうやってよくわたしの話を終わらせたい時は視線を外す。

「忙しいから彼女作らへんの?」
「帰宅部で暇でも彼氏おらん奴もおるやろ、さくらみたいにな。」
「わたしの魅力に気づく人がおらんだけですぅー」

早よ問題解けや、そんな調子やと帰んで。そう言われてしまえばもう話を展開させる術はない。諦めてノートにシャーペンを走らせていくと早々につまづいてしまう。彼に問えばすぐに答えが返ってくるありがたさを噛み締めながら、テスト対策を2人で進めていった。


「さくら〜、ただいま〜!信介くん来てんの?」

玄関先から叫ぶ声が聞こえたところで集中力が途切れた。母親の声だ。時計を確認するともうすぐ7時。共働きの親が帰ってくる頃だった。ぱたぱたと階段を上る音が聞こえてしばらくすると部屋のドアが開く。

「お邪魔してます」
「信介くんいつもありがとうね〜。良かったらご飯食べて帰り?お父さんの分も買ってきてんけど、会社の人らと食べてくるらしいねん。」

信介くんがわたしの家でご飯を食べることは珍しいことでは無かった。高校生になってからめっきり頻度は減ってしまったけれども母も父も、もちろん彼の両親も気負わないくらいの関係性なのだ。

「食べていきや、久々やん」
「ん、なら家に連絡入れとくわ」

信介くんおるならご飯多めに炊くわ〜、と鼻歌交じりに階段を降りていく母を横目に、信介くんを盗み見た。綺麗な顔してんなぁ。

「ん?なんか俺の顔に付いてんか?」
「ううん、整ってんなぁって思って。」
「なんやそれ」

そう言って口角を少しだけ上げて笑う彼の顔は、結構すきかもしれない。


夜ご飯は和食。焼き魚を綺麗に食べる信介くんの所作の美しさに、わたしは自分の身の構え方を見直さなきゃいけなくなるのだった。



***




「俺、笹川さんのことすきやねん。」
「へ?」
「北と付き合うてるわけやないんやろ?せやったら俺と付き合えへん?」

間抜けなアホヅラ。その時のわたしの顔を表す言葉はそれがぴったりだった。

「え、なんて?」
「せやから、俺は笹川さんがすきやっていう話」

お昼休みに弁当をトモカちゃんと食べていた時、突如として声をかけてきた隣の席のクラスメイト。まさか教室のど真ん中で告白されるだなんて思っていなくて、喉を通ろうとする唐揚げが止まりそうだった。詰まったら死ぬ。

「……え、っと……」
「返事はすぐじゃなくてええから!なんか急に言いたなってん。じゃあな。」

そう言うだけ言ってそそくさと去っていった男の後ろ姿を眺めていたら、トモカちゃんがため息を吐いた。

「さくら、どうすんねん」
「え、わからん…」

とりあえずその開いた口閉めなさいお行儀悪い。トモカちゃんの言葉に黙って従って、昼食の再開。
どうしよう、告白された。ふと先日の幼馴染との会話が脳内で再生される。『わたしの魅力に気づく人がおらんだけですぅ〜』ううん。おったやん。

わたしはこの告白に首を縦に振れば、いわゆる彼氏持ちになるのだろう。憧れていた放課後デートとか休みの日の映画デートとか、少女漫画で仕入れた知識だけはたくさんある。憧れていなかったわけではない、多少の憧れを実現することが出来るのかもしれない。

「浮かれてるとこ悪いんやけど、北くんは良いん?」
「信介くん?」
「アンタら仲良いやん。さくらが彼氏作ったら寂しくなるんちゃう?」
「……信介くんに相談しよかな、」

トモカちゃんに言われて、真面目な幼馴染の顔が頭にちらついて離れなくなった。寂しくなる、のだろうか。彼は、わたしに彼氏ができることで寂しがってくれるだろうか。
何より正論をズバリと言う彼は、わたしが今どうすべきなのかを教えてくれるのだろうか。

困ったとき、悩んだときにいつも頼るのは信介くんだった。高校を決めるとき、両親の誕生日プレゼントを選ぶ時、夜ご飯当番がわたしで献立に迷った時、大きな決め事から小さな決め事まで全部彼の正論をアドバイスとして受け取ってきた。
わたしは、その日の夜に部活で疲れているであろう信介くんの部屋に押しかけたのだ。


「そうか。その告白、受けるん?」

疲れてるし早よ寝たいから手短にしろ。それを条件にわたしを部屋にあげた彼は淡々とそう告げた。
勉強机に向かって座る彼とは少し離れたベッドに腰掛けたわたしは、目が合わないことに不安を覚える。いつも大切なことは目を合わせて話してくれるのに、今日の彼は全く目を合わせない。

「わからん。どうしよう、でもわたしのことすきやねんて。すごいやん…?」
「何がすごいねん。」

カバンから取り出した参考書をパラパラと捲りながら彼は大きくため息を吐いた。ふっ、と乾いた笑いが耳を掠める。彼は薄く口を開いて、あまり聞かないような低い声でわたしの心臓に言葉を刺していく。

「何にせよ、お前がソイツと付き合うんやったら、もう俺の部屋には来んな。」
「え…?」
「そりゃそうやろ。当たり前やん。付き合うとる奴が、別の男の部屋に1人で遊びに行くとかあかん。それぐらいお前もわかるやろ?」

ぐさり、心臓が痛みを訴える。信介くんはわたしの方を一度も見ずにそう言った。正論だ。ごもっともだ。だけどわたし達は幼馴染、そんなことでバッサリ切られるような関係では無いと思っていたのに。

「わたしら、幼馴染やで…?」

信介くんとの今の関係がなくなってしまうのは困る。不安がぶわりと心を占めたわたしの口から出るのは弱々しい声だった。
ひくりと彼の眉間に皺が寄る。その時、今日初めて彼の目がわたしのそれを捉えた。いつもと違う、冷たい視線に背筋がぞくりと凍りつく。

「幼馴染や言うても男と女やろ。俺はずっとそう思ってお前に接してきた。」
「え?」
「お前はそう思ってへんやろうけど、俺はずっとさくらのことを女やと思ってんねん。」

信介くんの声は、怒りを含んでいる。ああ、怒ってる。初めて怒らせた。だって、知らなかった。そうだと思わなかった。
勉強机から離れてベッドに近づく彼から思わず後ずさる。所詮シングルベッド、逃げ場はない。とん、と背中が壁にぶち当たる頃にはもう目の前に彼がいる。伸びたわたしの足を跨ぐようにして近づく彼に、心臓が聞いたこともないような音を立てて稼働している。
耳元から大きな音が聞こえた瞬間に、思わず身体がびくりと跳ねた。彼の手が、バレーボールを丁寧に扱うその手が、握りこぶしを作って壁を叩いたのだ。

ゆらりと揺れる視線がぱちりと絡み合った。もう片方の手がするりと頬に這う。その手は少しだけ震えていて、彼の瞳からも伝わるたくさんの感情が表れている気がした。

「……しん、すけくん……」
「さくらのことが昔っからずっとすきや。せやから、あいつの彼女になるんやったらもう俺の部屋、来んな。」
「……っ、」

視線を下に落とそうとすると、頬に添えられた手がそれを許さないかのようにまた視線が交わるように力を込められる。

「あいつとキスしたんかなぁ、セックス済んでもうたんかなぁ、そう考えながらお前とこうやって同じ部屋におるんしんどいねん。せやから、頼むからもう来んな。」



***



どうやって信介くんの家から帰ったのかはあまり覚えていない。
あれから3日、信介くんとは会っていない。違うクラスの彼とは廊下ですれ違うこともなくて、どんな風に過ごしているのかもわからない。

告白は、断ってしまった。あの日から脳内を占めるのは信介くんのことだけだったから。信介くんとクラスの男子を天秤にかけると、ぐらりと傾くのは決まって信介くんの方だったのだ。


「なぁ、笹川。」
「尾白くん…?」

休み時間に机に突っ伏して項垂れるわたしを、女友達はみんな放置した。それなのに声をかけて来たのは尾白アランだった。あまり仲良くのない彼が声をかけてきた理由は、1つしか思いつかない。共通の知人である彼のことしか。

「おとといあたりから信介の機嫌がすこぶる悪いんやけど何かあったんか?聞いてもなんもないとしか言わんねん」
「っあー……」
「やっぱ笹川やったか。なんでもええけど信介の機嫌悪いと後輩が可哀想やねん。お前が原因かどうかは知らんけどちゃんと仲直りせえよ。大事な幼馴染なんやろ?信介も笹川のこと大事にしてるって側から見てわかるぐらいやねんから」

耳が痛かった。ぐさぐさと尾白くんの言葉が突き刺してくる。知ってるねん、信介くんが大事な幼馴染やって思ってくれてたのと同じくらいわたしも大事やと思ってたもん。その大事さが、ベクトルが違っただけで。

彼を失いたくない。彼がわたしのことを女の人としてすきだと思っていたなんて全く気付かなかった。わたしは、彼の何を知っていたのだろうか。

悶々と悩み続けていても時間はどんどん過ぎていく。お昼休みにはいつものようにトモカちゃんとお弁当を食べる。ルーティンですら億劫になるほどわたしはずっと信介くんのことを考えてしまっていた。

「はぁ?北くんに告白されたぁ?」
「ちょっ、声大きいって!」

トモカちゃんの口を慌てて塞ぐ。今更やん。そう言う彼女の表情は全く驚きを表していなくて、想像とは違った反応にわたしが驚くこととなってしまった。

「トモカちゃん、びっくりせえへんの?」
「北くんがさくらのことすきなことくらいみんな知ってんで。知らんかったん?」

カタンと音を立ててお箸が机に落ちる。開いた口閉めなさい、そうトモカちゃんに言われるのは二度目だけれど前回とは全く比べ物にならない驚きが全身を駆け巡っていく。
ばくばくと心臓がまた動き始めた。今まで止まっていたのではないかと疑うくらいに大きく音を立てる。

「知らんかった…幼馴染やから仲良いんやと思ってたもん……」
「それやったらな、さくらに告白しようとしてる男子に牽制したりなんかせえへんよ。こないだのアイツは、牽制されるの恐れてあんなタイミングやったんやと思うで。さくらのこと可愛いとかすきやとかいう噂聞いたら上手いこと止めてたらしいもん。北くん健気〜」

そんなことつゆ知らず、よくもまあ大きな声で『彼女作らんの?』だなんて彼に言えたものだ。どんな気持ちでその話をしてくれていたんだろう。
ぎゅうっと胸が痛む。締め付けられて、息が苦しくなった。

信介くんに会いたい、話したい、謝りたい、そして自分の意思をちゃんと伝えたい。


気づけば教室を飛び出していて、目指すのは体育館だった。昼休みにバレー部は自主練をしてることを知っているから。
邪魔したくない気持ちよりも、早く彼に会わなければという気持ちが大きくて、その気持ちがわたしの足を軽くする。

「……しんすけくん!!!」

体育館の開いた扉から大きな声で彼の名前を呼んだ。その場にいた全員がぎろりとわたしを見る。大きく息を吸って吐いて、走って来たせいであがっている息を整える。

「何しに来たん。」
「はあっ…えっと、あのな、」

タオルを片手に近づいてきた彼の顔は険しかった。眉間にこれでもかというほど皺を寄せて、不機嫌そのものを表している。

「……あのな」
「彼氏おるんならこういうのアカンて言うたよな」
「おらんもん。」

ぴたりと信介くんの動作が止まって、大きな目がさらに大きく開かれた。眉間のシワは、無くなっている。

「わたし、信介くんのこと男の人としてすきかどうかは知らん。でも、でもな!信介くんを失いたくないねん、それじゃあかんの?」

信介くんはわたしにとってきっと酸素と同じだった。居て当たり前で、居ないと生きていけない。失いそうになって初めて有り難さや大切さに気付くなんて遅い。けれど、遅くても信介くんを失いたくない。そう気づいたから伝えたくて、傷つけたことも謝りたくて、だから走ってここまで来たから、わたしは震える声で彼に叫ぶ。

「わたしほんまに無神経で、傷つけたと思う、ごめん。彼氏なんかいらん、それより信介くんとおりたいと思っちゃうねん。許してとは言われへんけど、でも、信介くんと部屋行ったり来たりして、楽しい時間いっぱいあったのに、それが無くなるのはいややねん…!」

スカートの裾を握る手に力がこもっていく。ぎゅう、と皺になりそうなくらい握る手が震えてしまっているけれど止める術は知らない。
目の前の幼馴染はどんな顔をしているんだろうか。また、嫌な思いをさせたのだろうか。ぐるぐると回る思考の中、脳に届いた彼の声はやわらかく、怒りとは程遠い感情を孕んでいた。

「さくら」
「……はい、」
「俺はこのままの関係やともう物足りん。さくらが俺のこと意識してすきになるんも時間の問題やろ、早よ、すきになって。」
「……へ?」

少し汗ばんだ信介くんの手が頬に触れて、そのまま上を向くよう導かれた。ふらふらと揺らした視線が、信介くんのそれと合った瞬間に止まって動かなくなる。ふわりと笑う彼の表情に、気恥ずかしさと嬉しさが混じった感情が込み上がってくる。

「他の男の告白断ってまで俺とおりたいとか、そんなん言われたら期待するやんけ。覚悟しとき、さくら。すきや」

そう言って頬を撫でて微笑む彼の幸せそうな顔。『すきや』その三文字が脳内に響き渡る。顔がどんどん熱くなっていく。むずがゆい、恥ずかしい、でも嫌じゃない。
ああ、わたしはきっと彼にこうやって落とされていくんやなぁ。人ごとのように考えながら、頬に添えられた手に自分の手を添えた。


やいたもち様より『北さんと幼馴染 夢主が告白されたと知って怒る北さん』でした。
怒っ…た……?(不安) 初めて書いたんですけど、幼馴染というポジションは改めて良いなぁと感じました。
お気に召していただけましたら幸いです。リクエストありがとうございました!