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che per la prima volta

ずっと侑のことがすきやった。素直になんてなられへんわたしはいつも侑と口喧嘩をしながら過ごしてきた。
クソブタ、黙れパツキン頭、そんな口の悪いやりとりなんて当たり前。ただの友達。そう思ってるのは侑だけやのに。
バレーに真剣なところも、クラスの真ん中でケラケラ声を上げて笑うところも、刈り上げた髪も、声も、腕も、何もかもがすき。けど、モテる侑にこんなこと絶対に言ったらん。侑はわたしを女やと思ってへん。だからわたしは侑へのこの気持ちには大きくて重たい鎖をかけて、厳重に鍵をかけた。


「おい笹川!こんなとこで何やってんねん。」
「うるざい…うっ、どっが行げやぁ」

侑に彼女出来たんやってさ。またぁ?どうせすぐ別れるやろ。侑、いろんな女の子連れて歩いてるイメージ。そう噂を耳にしてしまえばわたしはもうぐずぐずと涙を流すしか出来ず、放課後のオレンジ色の教室で嗚咽を漏らしていた。侑また変な噂流されてるやん、でも次こそほんまに彼女なんかもしらん。そう思うとぼろぼろと涙が溢れて止まらなかった。
侑はよく女関係の噂を立てられている。治と対比して、女に対して軽そうに見えるせいか本当によく女関係の噂を聞く。
けれど、そのどれもが噂にすぎないということを本人から聞いてわたしは知っている。「お前俺がほんまに女遊びしとる思ってんか。ふざけんなよ。」そう何故かわたしに言いにくる侑がかわいくて仕方なかった。けれど毎回、噂を聞くたびに胸が痛くなって、わたしとは正反対のふわふわした可愛らしい女の子のことを羨みながら涙を流していた。

バレー部はもう練習が始まっている時間、日直の仕事をほとんど終えて戸締りを残したのみ。もう帰らなければ。そう思った時に目に入ったのは斜め前の侑の席。教科書がパンパンに机の中に詰め込まれていて、角がまばらに飛び出ている。予習なんてしようともしない彼らしい机ですら愛おしく思えてしまうんだから重症だ。机を見つめているだけでまた涙が溢れてしまった時、教室の扉がガラガラパァンッと大きな音を立てて開いた。そこには夕日の眩しさに目を細めた、わたしの脳内を占めていた噂のアイツが立っていたのだ。

「おい、笹川」
「侑ほんまどっか行って……なんでここおんねん……」
「忘れもんや。てかなんでそんなぼろぼろに泣いてんねん。」

長くて筋肉のついた脚をすたすたと動かし、何のためらいもなく自身の机にたどり着いた侑。無造作に詰められた机の中に手を突っ込んでおもむろに取り出したものは、くしゃりと皺の入ったプリントだった。

「な、ん、で、泣い、てん、ねん!」

パシパシとリズムよくわたしの頭を叩く侑に、言い返す言葉もなかった。ここで可愛らしく「あなたに彼女ができたって聞いて悲しくて泣いてたの」そう言えたならば。

「……うるざい…侑には、関係ない!」

そう言って睨みつけると、びくりと身体が震えた。ヒヤリとした侑の視線がわたしを射抜く。

「……睨まんとってや、」
「関係ないとか言うなや。お前が泣いてて放っておけるか」

俺とお前の仲やんけ〜。そう言いながらふわふわと頭の上に乗せてきた手を横に滑らせる。
わたしと侑はどんな仲なのか。友達やないんか。口喧嘩しか出来ひんような友達やろ?
ぼろぼろと黙って涙を零すだけのわたしに呆れた彼は、ハァと大きくため息を吐いて、わたしを撫でていたその手で自分の髪をがしがしと掻きむしった。

「なんやねん、男にでもフラれたんか?」

にやりと口角を上げながらそう問う彼のその言葉は、わたしの心臓をぐさりと傷つけた。
笑いながら聞くな、フラれたかもわからんから泣いてんねんけどその相手がお前やなんて言ってやらん。
そう強がるところがわたしの可愛くないところ。わかっていても治らない。

「……そうやで。男にフラれたんや。」
「は……?」

上げていた口角が瞬時にまっすぐに変わる。またもや侑の視線がわたしを貫くと同時にわたしの身体がひくりと震えた。

「お前誰にフラれてん。」
「……侑には言わん。」
「誰や。タメか、年下か、それか上か。」
「ちょっ、痛っ!」

くしゃりと皺の入ったプリントをさらに握りしめた侑はわたしの肩を掴んで軽く揺する。なあ、誰?誰なん?そう言いながら彼の眉が垂れ下がっていく。なにその顔。ぶわあっと全身の血液が顔に集まり始めた。

「た、タメや!!同い年!!」

赤くなる顔を隠すように両手で頬を覆うと、乾き始めた涙がぱりぱりと触れる。

恐る恐る上を見ると、痛いくらいに眉間に皺を寄せる侑の顔が目の前にあった。

「侑……?」
「俺やったら、笹川のこと絶対泣かせへんのにな。」
「……え?なにそれ、」

わたしの両手に自身のそれを添えて、ぎゅうっと力を込められる。そのまま頬を掴むように上を向けられてしまえば、わたしの視線は侑のそれとぴしっと交わった。逸らそうと思っても逸らすことなんて出来ないくらい、侑の視線が、痛い。

「俺と今まで喧嘩やらなんやらしてきたけど、お前泣いたことあった?」
「……ないけど」
「俺の方がええやん」
「……なんでそうなるん、」
「俺とおったら泣かせへん。」
「…そう?」

侑の腕が、するりとわたしの首元や背中に回された。「あつむ、?」わたしの声が情けなく溢れた時、ふわりと広がる汗のにおい。「俺やったらお前のこと泣かせへん。」侑の腕の中に包まれながら聞こえる声が、そうわたしに伝えてくれる。何度もそう言う侑の声色が、いつもと違っていて戸惑ってしまった。

「笹川、お試しとかでもええねん。泣かせへんって約束するから、俺と付き合って。」


ぎゅうって力が強くなった瞬間に聞こえた言葉に、耳を疑った。
わたしが今さっきまで泣いていたのは、紛れもなく貴方のせいだというのに。




▼△▼




「さくらと侑って付き合ってどんくらい経った?」
「え、急に何よ。」
「いや、そういえば結構経つなぁって思ってさぁ。」

ミートボールをひょいと摘みながらトモコちゃんはそうわたしに問う。ふと思い出すのは半年前のあの日のこと。
あの日を境にわたしと侑の関係は大きく変わった。彼氏彼女、そういった名前がついた関係に変わったからお互い距離の取り方を変えたような気がする。
まさか侑がわたしのことをすきだなんて思わなかった。直接言葉で言われたわけじゃないけれど、彼の態度が存分に『すき』を伝えてくれていた。
おいクソ女!部活終わり待っときや!そんな言い方しか出来ない侑。治から聞いた話やと暗い道を1人で帰らせるのが不安やったとかそうでないとか。

彼女にクソ女って言うなんてクソ男やんけ、そう言い返しても、クソ同士お似合いやな、そう言って少し目尻を垂らした彼の顔がわたしは忘れられないのだ。
あぁ、わたしのすきな侑がわたしの知らない顔をした。それだけで幸せになるのにそれを伝えないわたしは意地が悪い。

「侑とは付き合って半年経ったかな」
「半年記念日なにしたん?」
「なーんにもしてへん、その日大事な試合やったらしいし応援しに行ったけど。いつも通り勝ったしなぁ。」

えーさくら冷めてるなぁ。そう言われるのも無理はないぐらいわたしは侑のことをすきなことをひた隠しにして生きている。厳重にかかった重たい鍵は簡単には開けられなかった。彼女やねんからもっとアピールすれば良いのに。そうは言われてもずっと軽い口喧嘩をする友達だったのにそれが急に甘えるような可愛らしい女の子に変わるわけはない。

「でもエッチもうしてるやんな?」
「ん!?うぇ、げほっ、むせたっ、げほっ」

さくらきたなーい。トモコちゃんは笑いながらそう言ってきた。
そんなことまだしてるわけないやん!そう言いたい。だって実際にわたしは侑とまだセックスしていない。侑は手が早そうに見えてとても慎重に距離を詰めてきた。手を繋ぐのだって1ヶ月かかったし、キスをするまで3ヶ月かかった。
初めてキスをしたのは付き合ってちょうど3ヶ月経った日。今日から笹川のことさくらって呼ぶわ、そう言ってきた彼は顔を真っ赤にしながらわたしの唇を自分のそれで塞いだ。その瞬間にわたしの中のすきのゲージは振り切れて溢れかえった。たった数秒、いや、1秒もなかったかもしれない。たったそれだけの唇のふれあいにたまらなく恥ずかしくむずがゆくなって、その後しばらく侑の顔を見ることなんてできなくなった。

未だにキスをするだけで顔を真っ赤にするわたしは、侑のキスをいつも拒否してしまう。
「あつむ、いや、」そう言えば、この世の終わりを知ったかのような悲しみに暮れた顔をわたしに見せるのだ。その表情はわたしの胸をぎゅうと締め付けて痛みを与えるけれど、キスをしてしまえばわたしはまたもっと侑をすきになってしまう。それが怖くてたまらない。
侑はモテるし、その理由もよくわかるからわたしはこれ以上、侑をすきになりたくない。わたし以上の人なんてすぐに現れてしまう。侑はきっともっとずっと大きな存在になる。わたしだけじゃなくほかの誰から見ても侑の存在は居なきゃいけないもの。だからわたしだけの侑じゃ、ない。

「どうせ侑のことやからもうヤってるんやろ?絶対手ぇ早いやん。元から童貞じゃなさそうやしなあ。」
「…トモコちゃん今お昼やねんけど」
「そんなん関係ないわ。あたし最近彼氏できたやん。エッチしたいのに場所無くて困ってんねん。やからさくららのエッチ参考にしたいんやんか、わかる?」
「……はぁ?」

侑のことやからもうエッチなんて済んでるやろ。それが周りから見た『宮侑』なのだろうか。わたしが知った『宮侑』は、慎重で、ちゃんと相手を思いやって、でも自分の感情も子どもみたいに露わにするような、そんな男なのに。侑とはまだヤってない。そういえば良いのかもしれないしそれが正しい選択なのに、わたしはわたしに慎重な侑を他の人に知らせたくない。

「なあさくらいつもどこでヤッてるん?初めてのとき痛かった?」

なあなあ教えて、頼む!そう手を合わせて言ってくるトモコちゃんに、折れるしかなかった。
ふう、とため息をついてから出てきた言葉は真っ赤な嘘。でもきっと周りのみんなからしたら真実味のある言葉。

「……わたしの家でしたなぁ。痛かった。」

きゃっきゃっと笑顔で話を聞くトモコちゃんとは対照的に落ちていくわたしの気分。嘘をついてどうするん、どうかこれが侑の顔に泥を塗る行為ではありませんように。そう願いながら話をすり替えてその話は終わりにした。






「侑、今日部活あるよな?」
「おう、先帰っとけよクソ女」
「またクソ言うやろ、仮にも彼女やねんからそんなこと言わんとってって何回も言うてるやん。」

わかりやすく舌打ちが聞こえる。放課後、侑は部活に行くから部活が休みのわたしは侑を待つかどうかを彼に委ねたのだ。

「……侑、機嫌悪い?」

侑は良くも悪くも素直だから、たまにこうやって機嫌が悪い時がある。それを隠そうとしないからわたしも率直に聞く。バレーが関係しているのか、それともテストの点が悪かったのか、いつもぶつくさと文句を言いながら愚痴を言うから。

「何もないわ先帰っとけって言うてんねん。」
「あつむ?」
「仮にも、の彼女やねんから大人しく帰れや」

わたしの目なんて全く見ずに指先を見つめながら彼はそう言う。仮にも、そう言ったのはわたしだけれど、そんなつっけんどんな言い方しなくても。

「侑、怒ってんやったら教えて。喧嘩したまんま家帰りたないねん」
「ハァ?」

怒ってるやと?そう言った侑はわたしをじとりと睨んだ。蛇に睨まれた蛙のようにぴたりと止まったわたしにスタスタと近づいてきて、彼はわたしの腕を掴んだ。青痣が出来てしまいそうなくらい強い力が右腕から伝わってきて、怖い。

「来い」
「えっ、侑?」

アイツら仲良えなあ。周りはそう言って囃し立ててきたけれど全くそうじゃない。
侑、めっちゃ怒ってる。どうしよう。わたしが怒らせたんやろうか。

「……侑、痛いねんけど、」
「なぁお前誰に手ェ出されとったん?」

人気のない廊下まで来た時、腕がやっと離された。侑は口角を上げてそうわたしに聞いたけれど、目が全く笑っていない。怒りの色がゆらゆらと揺れた視線でわたしの目を刺した。

「え、手ェって……」
「付き合うん俺が初めてや言うたやんな?」
「言うたよ」
「せやのに初エッチ痛かった〜てトモコちゃんに話してたらしいやんけ、アイツの彼氏に言われたわ。さくらちゃんと家でヤッてんねんな?てなぁ。誰やねんお前のこと食うたヤツ。」

ぞわりと背筋が凍りついた。トモコちゃんに言った嘘が侑を傷つけた。ごめんなさい嘘なの、そう言いたくて。でも口からは違う言葉が真っ先に飛び出してしまう。

「食べ物みたいにわたしのこと言わんとって!ちゃうねんって!」
「何がちゃうねんやねん!ちゃうねんって真っ先に言うん関西人の悪いところやてなんかで見たわ!!」
「なんかって何やねん!ソースはっきりさせて!」
「隠し事すんなや!!クソ!お前なんかもう知らんからな!!」
「あつむっんっ!!?」

名前を呼ぼうとした瞬間に熱い唇がわたしのそれを塞いだ。
空気を求めて薄く開いた唇から彼の舌がねじこまれて、吸うように舌を絡め取られる。

「ん、ぅ、!……んぁ……っ」
「黙れ」
「えっ、んうっ……!!」

舌、歯の裏、口の中全てが彼に犯されていく感覚。熱くて、甘くて、脳がしびれてしまう。侑、すきや。嘘で怒らせてごめん。怒らんとって、あつむ。侑のキスに脳が正常に働かなくて、彼への愛おしさしか感じ取れなくなっている。

「……はぁっ、」
「……お前の初めての相手は全部俺や思ってたのに、全部俺とちゃうねんな。」

眉を下げて少しだけ笑うようにそう囁いた侑の表情が、わたしの胸を引き裂いた。痛い。痛くて、悲しくて、申し訳なくて、侑がそれだけわたしをすきなことを知った。

「侑!!」
「暗くなる前に早よ帰れクソブタ。しばらく顔見たくない。」
「待って侑!!」

脚の長い彼の歩幅に追いつくことが出来るはずもなく、廊下に置き去りにされたわたしはその場で蹲るしかなかった。

侑のことがすき。ずっとずっとすき。雁字搦めになった鎖が取れない。千切れない。侑、侑、捨てんとって、すきでおって、でもすきでおらんとって、これ以上すきになるのがこわいから、なぁ、あつむ。

心の中ではこんなに素直に言えてしまうのに。後悔してももう遅い。後から悔やむから後悔って言うだけある。

その日からしばらく侑はわたしと口をきかなかった。そんなことは付き合ってからも付き合う前もなくて、沼にはまった足は身動きが取れなくなって抜け出す方法を知らずにいた。