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リエーフくんからのスキスキアタックは、新学期が始まってからも続いていた。部活中、休憩中はいつも彼が隣にいた。先輩方はそれがもうしっくりくるようで茶化してくることも野次を飛ばしてくることもなかった。
教室ではそういうことしないで!と伝えていたからかそこはしっかり守ってくれるあたり、リエーフくんは本当に素直な人だと思い知らされる。


「夏海」
「ん、どうしたの?」
「席替え!隣!すごくねぇ!?」


緑の黒板に書かれた白い番号を、ルーズリーフをちぎって作ったようなクジと照らし合わせる。わたしの持つ10のクジは窓際の後ろから二番目。隣は15番。ちらっと横目で彼の手元を見ると、15と大きく書かれた紙が視界に入った。


「ほんとだ。二学期の間、よろしくね」
「部活でも一緒にいれるのに隣は嬉しいな!」
「授業中寝てても起こしてあげないよ」
「寝ない!寝たら補習かかって部活行けなくなるじゃん?」


ガタガタと机を移動させながらの会話だったけれど、眩しいほどの笑顔でそう言われるとわたしまで嬉しくなってしまう。カチカチに凍っていた氷だって太陽の前に置き去りにされれば少しずつ溶けていくのだ。溶けかけの氷のようなわたしは、自然と頬が緩んでしまい、はっと我に帰る。あぁ、油断も隙もない、ここは教室じゃないか。

窓際にたどり着いて、運んだ教科書たちを机の上に山積みにした。窓は開いている。ふわりと風が吹いて、髪を揺らした。今日、天気良いなあ。もうサッカー部の人たちアップ始めてる、ということはバレー部もそろそろランニングが始まる時間。部活行かなきゃなあ。
ぼんやりそんなことを考えていたらリエーフくんの長い手が伸びてきて、わたしの頭に触れた。撫でられてる、と気づいた時には彼の顔が耳元にあって。


「……夏海、キレイ。今の夏海の顔、かわいくてスキ」
「へっ!?」
「みんなには聞こえないように言ったから、教室だけどセーフだな!!」


優しく息を吹きかけるかのように耳元で囁かれた言葉が脳内で反芻される。こんな言葉を言われてなお、平常心を保てるほど耐性はついていなかった。リエーフくんは日に日に「すき」の威力を上げている、これは間違いない。今のように距離感を少しずつ詰めてきているのも勘違いではないはず。
ばくばくと鳴る心臓を抑えるためにも、とりあえずカバンに急いで教科書を詰めて、部室に向かって走った。
夏海待ってー一緒に行こーって獅子の叫び声が後ろから聞こえるけど、知るもんか。一緒に行ったら今わたしの顔が真っ赤なことがバレてしまう。





******




しばらくわたしたちの関係は変わらなかった。否、わたしが変えさせなかったと言う方が正しいのかもしれない。


「夏海、今日一緒に帰ろ!」
「うん、わかった。レシーブ頑張って、夜久さんがリエーフくんのこと褒めたらね。」
「えええ、夜久さん厳しいじゃん…夏海キツイ」
「はいはい。頑張ってきて。」


季節が移り変わって秋。夏からだいぶ時間が経ったからか、リエーフくんの扱いには慣れた。慣れたというと失礼な気もするけれど。


「夏海ちゃんもリエーフの扱い慣れてきた?」
「え、どうしたんですか急に。夜久さん」
「いや、なんとなくな。結構続いてんな〜って思ってさぁ。リエーフはいい意味でも悪い意味でも素直だから、すぐ心折れっかなぁとか思ってたんだけど。」


リエーフくんは心が折れたりしないのだろうか。わたしがリエーフくんだったら、ここまで曖昧に濁され続けたらきっと諦めてしまう。

このままで居心地は悪くなかったし、好かれているということは心地よかった。だからこの状況がずっと続くのだとどこかで思っていたけど、そうじゃないのだ。

少し涼しい風が体育館に吹き込んでくる。秋になった。もうすぐ春高の予選が始まる。
この体育館の景色も少しずつ変化していくのだろう。長くとも半年後にはここにいる三年生は引退を迎えるだろう。変わらないものなんて、ない。

リエーフくんとわたしの関係性は変わって欲しくないと思ってしまっているけれど、変わる時が来るのかも、しれない。





******





「おーい、柴田いるかー?」
「あ、います!今行きます!」

いつも通りの昼休み、廊下から呼ばれるわたしの名前。急いで席を立ち廊下に走って出るとそこには海さんと黒尾さんの姿が。一年生の教室の前に来るなんて目立つことはあまりしないのにどうしたのだろうと不思議に思っていると海さんの手が紙袋を差し出した。


「夏合宿ん時に言ってたチョコレート。買うの忘れてたなって昨日思い出したから買ってきたよ」
「え!」

夏合宿中に落ち込んだリエーフくんを元気付けることの交換条件として提示された、駅前に売ってるちょっとリッチなチョコレート。そんな交換条件なんてすっかりわたしの頭からは抜け落ちていたのに、今更ごめん、とわざわざ届けに来てくれる優しさに心が温かくなる。


「うわぁー、すごく美味しそう、うれしいです!海さん!ありがとうございます!」
「リエーフとでも一緒に食べれるようにちょっと多めに買っといたぞ」
「え、」

海さんの口から出たのは意外なようで意外でない名前だった。

「あー、夏海チャン、リエーフとなんかあったか〜?」
「なんでですか!黒尾さん!」
「顔が前と全然違うからさぁ。あ、赤くなった。ほら海、言っただろ、俺絶対もう夏海ちゃんは時間の問題だって」


不覚にも顔に熱が集まるのが自分でもわかった。リエーフくんに絆され始めているのは認めたくないけど自分でも少し感じていたこと。それを外から指摘されてしまうと余計認めるのが嫌になって、でも認めざるを得ない態度を示してしまうのも悔しくて。


「何もないですよ!今まで通り!!」
「へぇ〜。いつまで今まで通りが続くかねえ。リエーフが他の女と付き合ったら嫌じゃねえの?」
「リエーフくんは!わたしのことがすきだから!他の女の子と付き合ったりしません!!」
「ホントかぁ?でもリエーフは誰と付き合っても良いんだぞ?お前とは付き合ってねえんだから。」


ずき、と胸が痛んだ時に、気づけば黒尾さんの顔が耳元にあった。ぼそりと落とされた言葉がわたしの心臓の爆破スイッチを押して逃げていく。

血液が沸騰するかのように熱く、燃えてしまうようだった。


"夏海チャン、キスもエッチもするならリエーフが良いんじゃねえの?"


一瞬、想像してしまった。リエーフくんとの一歩進んだ関係を。考えなかったわけじゃない、彼はわたしを好きだと言うのはそういった意味を含めてのことだって知っていた。
こんな真っ昼間に考えることじゃなかった、頭をぶんぶんと取れる勢いで振って邪念を吹き飛ばす。


「……夏海、と黒尾さん、海さん。ここで何してるんですか?」
「おー、リエーフ。」

後ろにはいつの間にか先ほどまで脳内に居座っていた彼がいた。いつも見上げている彼の顔を直視できずに、思わず足元を見た。


「じゃあな、リエーフ、夏海ちゃん」
「それ、リエーフにも分けろよ〜」


黒尾さんと海さんはニコニコ(黒尾さんはニヤニヤ)しながら自分の教室へと帰っていってしまった。いつもうるさいくらいに声をかけてくるリエーフくんが何も言って来ないことに胸がざわりと音を立てる。
少しずつ視線を上げると、交わった視線はいつものモノとは全く異なっていた。


「……やっぱり俺じゃ、黒尾さんには敵わない」
「リエーフくん……?」

弱々しい声、下がった眉、水の膜を張った綺麗な目。どうして、そんな顔をするの。


「……俺はレシーブだってまだまだだし、エースにはまだ届いてないし」
「リエーフくん?どうしたの、弱気なんてらしくないよ…」
「らしくない、か。強気でいてもなかなか変わらないと、俺でも弱気になるよ」
「え?」
「夏海、俺じゃダメなの?」


両頬を彼の手が挟む。大きな手がわたしの顔をすっぽりと包むように覆うと、ぐいっと上を向かされていた。整った綺麗な顔が近づいてくる。


「…あ……」


ふわりと触れた唇が、熱い。ここが廊下だってことも忘れてしまうくらい優しく、そっと触れた唇から全身に熱が広がっていく。するりと頬を撫でる大きな手に自分の手を添えると、骨ばったカサついた手から彼の熱も伝わってくる気がした。


「……ごっ、ごめん夏海、」
「え……」
「……ダイスキだった。」
「……ちょ、待っ……!」


わたしの声なんて聞こえないかのように背を向け長い脚を開き、進んでいく。
隣の席だから嫌でも顔を合わせるはずなのに、彼は一度もこっちを向かないし、居眠りもしないし、おかしいことこの上ない。
さっきのキスは、なんだったんだ。

……いや、わたしも曖昧に受け流し続けていたからその限界が来たんだろう。"黒尾さんには敵わない"と彼は言ったけれど、そんなこと、ないのに。

そう伝えたかったけれど、彼はわたしをしばらく徹底的に避け続けたのだ。