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***


「夏休みが終わってからクラスの友達に揶揄われたくないから、部活の時だけにして!!」


合宿の次の日にだからといって音駒バレー部はオフにはならない。部活開始前に顔を合わせて一番はじめに、わたしはリエーフくんにこっそりお願いしていた。それがはじめの言葉である。同じクラスのわたし達は、席は近くは無いけれど休み時間になれば話すことも少なくはなかった。これからあと半年近く過ごすクラス内で変な噂をされたり囃し立てられたりしたくない。少し酷い言い方をしてしまったかな、リエーフくんは悲しんだかな。そう思ったけどそれに反して彼は、夏海が嫌がることはしない!!だってすきだし!!とニコニコ宣言してくれた。そんなリエーフくんに対して少し安堵を覚え、いつものように練習に参加する。昨日まで合宿だったというのに選手達は元気だなあ。わたしなんて朝起きるのだけで精一杯だったから朝ごはんすら食べていないのに。


「夏海ちゃんボール投げて〜」
「はい!わかりました!」


先輩に呼ばれてボール出しをする。ふわりと投げたボールがトスされて弧を描きながらスパイカーの掌に捉えられるまで、ほんの一瞬。
大きな長い手足を持て余しながらボールを地に打ち付けるリエーフくんの姿は、美しかった。ちょっとだけ、ちょっとだけね。



「夏海ちゃんまだリエーフからスキスキアタック受けてんの?」
「なんですかそのスキスキアタックって……ネーミングセンスを感じます……」
「お褒めの言葉ドーモ」


まったくもって褒めたつもりはないけれど、口角を片方だけぐいっと上げながらそう発したのはかつてわたしの気持ちを拒絶した主将だ。面白いものを見つけた子供さながらの表情でからかってくるものだから、この手の話を彼とするのは苦手だと気づく。どう返すのが正解なのかわからなくなってしまう。
ボール出しを終えたわたしは次のメニューに向けて、落ちているボールを籠に向けて軽く投げ集めている最中で。ガコン、籠の淵に当たったボールが転がって外に逃げて行く。転がっているボールを拾うのは苦手だからテンションが下がってしまう、はあ。


「夏海ちゃんはリエーフどう思ってんの?あんだけスキスキ言われてるけど」
「……自分のすきな相手以外に好かれた時の気持ちは、黒尾さんのほうがよくわかってるんじゃないですか?黒尾さんモテますもんね」
「あーー、そんなこと言われちゃあ言い返せねえなあ。」


ボールを追いかけながら話をしていたため彼の表情は見えていないけれど、どうせ少し困ったように笑ってるんだ。黒尾さんはわたしに告白された時、どう思ったんだろう、わたしはリエーフくんの告白をどう思っているんだろう。


「俺はあの時、夏海ちゃんが俺のことすきって聞いてマジか嘘だろって思った。俺ホント夏海ちゃんのこと部員としてチョーすきだし、彼女いなかったらもっと真面目に夏海ちゃんのこと考えて俺のどこがすきなのか知りたかったと思うし、夏海ちゃんの良いところもっと探そうとしてたと思うよ、俺はね。」
「え?」
「だからさ、嫌いじゃないなら、夏海ちゃんもリエーフの良いところ探してやってよ。結構お前のことで悩んでんぞアイツ。」


リエーフくんを横目で見ると、夜久さんと仲良さげにボールを追いかけていた。おそらくレシーブの練習だろう、夜久さんの罵声が飛び交っている、ヘタクソォ!!と響く声はいつもとなんら変わらない。
リエーフくんがわたしのことで悩んでいるからといって、わたしに出来ることなんてたかが知れてるだろう。だってわたしはリエーフくんのことを男の人としてすきではないし、付き合うことだって出来ないから。


「……リエーフくんが、なんでわたしのことすきなのかわからないです。わたし、リエーフくんのことそんな風に見たことなかったし。」
「まあ告白なんてそんなもんだろ。両思い確実で相手に思いを伝えれる人なんてほんの一握りじゃねえ?」
「そうですよね…。黒尾さんはわたしにどうしてほしいんですか?リエーフくんと付き合って彼の調子が上がれば満足ですか?」
「……うーん、まあそれもあるんだけど、あんだけ真正面から好意をぶつけることが出来るリエーフの素直さに、ただ単に応援したくなってるって感じ」


さー、次のメニューやんぞー!とわたしとの話をぶった切って黒尾さんは夜久さん達の元へ向かった。なんという言い逃げだ、どいつもこいつもわたしの気持ちなんて聞かずに言いたいことだけ言っていく。
それもきっと、わたしの気持ちも定まってないから言い返す術がないということを表しているのかもしれないのだけれど。

次のメニューはスパイク練習だった。ブロックを決める黒尾さん達はイキイキとしているし、リエーフくんや犬岡くんはキラキラと目を輝かせながらボールを叩いている。青春だなあ。こうやって選手の頑張っている姿勢を近くで眺めることが、すきだ。
ぼんやりと選手を眺めていると、リエーフくんがこちらに向かってきた。どうやら突き指をしたみたいで、しかめつらで救急箱を開ける。急いで駆け寄り、彼の手からテーピングとコールドスプレーを半ば強引に奪い取った。


「リエーフくん突き指?貸して、手当する。」
「夏海のそういうところもスキ!!優しいし俺たちのことちゃんと見てる!!!」
「……初めてだね、リエーフくんが具体的にすきな理由言うの。」


いつも漠然と「すき」「かわいい」「だいすき!」とレパートリーはあったものの内容は同じようなものだったから少し驚いてしまった。
ぐるぐると指にテープを巻きながら溜息をつくと、リエーフくんはニコニコしながら良いこと思いついたと呟いた。突き指の手当をされながらも良いことを思いつくものなの?


「夏海!!今日練習終わったら一緒に帰ろ!!駅前でメシ食って帰ろう!!!」
「え、何の話?」
「おーいリエーフ手当て終わったんなら早くこっち来い!練習すんぞ!!」
「夜久さんちょっと待ってください!!今夏海にそう言われて気づいたんだ、夏海のどこがスキとか言ってないなって!だからちゃんと言おうと思って!!そうしたら信じてくれる?」


スキを信じていないわけじゃなかった。毎日のように、顔を合わす度に、すきと伝えてくれる彼は嘘をつくような人じゃない。だけれどもしかしたら、心の底からは信用できていなかったのかもしれない。それが彼には見透かされていたんだ。


「夜久さん怒るよ、早く練習しておいで」
「夏海!!考えといて!!」
「うん、考えとくから。とりあえず練習がんばって。」


尻尾をぶんぶんと振りながら練習に戻る彼の後ろ姿を眺めるしか出来なかった。行くとは言ってない、「考えとく」そんな曖昧なほぼ否定ともとれるたったその一言だけであんなに喜んでくれるんだ、リエーフくんは。


昼前に一度休憩を挟んで、昼食をとる。各自お弁当を持参したりコンビニで何か買ってきたりしてそれを食べる。そうだというのに、わたしのカバンの中には生憎お弁当も財布も入っていなかった。朝慌てて家を出たからきっと忘れてきたのだ。


「夏海ちゃんどうしたの?」
「夜久さん…なんでもないです!あ、今日って職員室あいてますか?宿題のことで先生に聞きたいことがあったのでお昼休みに行ってきていいですか?」
「お目当ての先生がいるかは知らねーけどあいてるんじゃね?いってら、昼飯の時間も取りたいだろうし午後練ちょっとぐらい遅れてもいいと思うよ」


隣にいた夜久さんに嘘をついて、その場を離れた。宿題に関する質問なんて、全くない。お昼ご飯をどうしようかと思ったけれどきっと選手達にこのことがバレたら心配されるし何かしら食べ物を投げつけてくる。選手の活動源を奪ってはいけないし、幸いそこまでお腹は空いていない。ふらふらと校内を歩いてみたり、中庭を散歩してみたり。午後の分のドリンクを早めに用意して体育館に足を踏み入れた。


「あれ、夏海早いな!?もう宿題のこと聞いてきたんだ?」
「あ、夜久さんに聞いたの?先生いなくて、質問はやめた」
「そっかー!夏海真面目だよな!いつも授業寝ずに聞いて宿題もちゃんと出す!そういうとこもすきだ!!」


自主練していた手を止めて駆け寄ってきたリエーフくんからのスキスキアタック(黒尾さん命名)を受ける。さっき具体的に、とか言っちゃったからかレパートリーが増えてしまったようだ。
もう結構すきと言われることには慣れてきたんだけれど、やっぱり、少しは照れ臭い。隣にいた犬岡くんがニヤニヤと近寄ってくるから嫌な予感がしてドリンクボトルだけリエーフくんに押し付けて、逃げた。


「あーー夏海逃げた!リエーフのせいだ!」
「え、俺のせい?なんで?夏海〜なんで〜??」
「自主練に集中して2人とも!山本先輩が怒るよ!」
「はぁ!?俺ェ!?」


わたしが抱えたドリンクボトルを受け取ろうと近寄ってきた山本先輩を、ナイスタイミングというかのように背中を押してリエーフくん達の元に押し込んだ。
無事に逃げることができた、と安堵の溜息を盛大に吐くと研磨さんがお前も大変だねって哀れんだ目を向けてきた。研磨さんもいつも結構大変な思いをしているようで同情してくれることが多い。


午後の練習も順調に進んで、ドリンクボトルが空に近くなったから新たに作ろうと空ボトルをカゴに詰めていく。ドリンク補充するね、と近くにいたリエーフくんに伝える。するりと伸びてきた長い手が、わたしの頬にぴたり、這った。


「……え……?」


少し汗ばんだ手からじわじわと彼の熱が伝わる。熱い。体育館が蒸されているから暑いわけではない、これはきっとリエーフくんが触れているからだ。
男の人に触れられたことなんて生まれてこのかたないし、男の人の手がこんなにゴツゴツしているなんて知らなかった。どうして、こんなことを。


「夏海、顔色悪い。」
「え?」
「水飲んだ?ごはん食べた?元気ないし顔色が悪い!倒れそう。そのボトル俺が持つ。」
「え、リエーフくん今からスパイク打つんじゃないの?すきでしょ、スパイク練習」
「それよりもお前が倒れる方が無理だから手伝う。黒尾さんちょっとマネ手伝って来ます!」


おー頼んだー、間延びした声が響いて、無理やりボトルの入ったカゴが奪い取られる。そんなに抱え込まれたら取り返せない。身長差が大きいからボトルを取り返すどころか歩幅が大きくて追いつくことすらできず水汲み場まで来てしまう。


「……リエーフ、くん、ごめん」
「俺がやりたくてやってんだよ、謝らない!それよりほんと水飲んだの?ふらふらして……って、夏海!!!!!」



頭がぐわりと歪んだように、視界をうまく捉えることが出来なくなる。世界が回る、回る、回る。聞こえるのはリエーフくんの声らしき叫びと、ボトルが地面に散らばる音。ああ、だめだ、身体が真っ直ぐに、ならない一一。



*****




消毒液とエアーサロンパスを混ぜたような、そんな香りが鼻をかすめる。わたし、何してるんだっけ。うっすらと開けた視界には天井、自分がいるのは白いベッド。ああ、まさか、保健室…?


「柴田さん起きたの?」
「はい……」


カーテンを開けて顔をのぞかせたのは養護教諭の方だった。ということはここは保健室で正解の様子。覚えているのは歪んだ視界と、焦った顔で手を伸ばしてくる、


「リエーフくん……?」
「ああ、灰羽くんなら部活動に戻らせたわよ。真っ青な顔で柴田さんのこと抱えて走って来たの。素敵な彼氏ね。」
「かっ…彼氏じゃ、ないです……」
「あらそうなの、ごめんなさい。ベッドに寝かせてからも貴女の手を握って泣きそうな顔で側に居たいって言ってたからてっきり。主将には伝えるように言ったし親御さんにも連絡入れておいたからもうすぐお迎えが来るわよ。」


結局わたしは軽い熱中症と過労気味であったことと低栄養が原因で貧血を起こしたという診断を言い渡された。本当に、申し訳ない。
カバンなどを回収しに体育館に戻って顔を出すと、部員たちはダウンしている最中で、もう部活が終わりかけていることを示している。


「黒尾さん。」
「……夏海ちゃん!!お前!!」
「すみませんでした、自分の体調管理不足です。親が迎えに来るのでお先に失礼させていただいていいですか?」


眉間に皺を寄せてる黒尾さんは怒りのオーラに包まれている。怒られて当然だろう、選手のマネジメントをすべき存在なのに自身のことすらままならないだなんて。


「……いや、めっちゃ怒りたかったけど夏海ちゃんもちゃんとわかってんだろ。メシ食え、ちゃんと水飲め、良いな?」
「はい……」


はあ、とため息をつかれてしまって申し訳無さが募る。リエーフくんにもお礼を言いたいけれど、モップをかけていたからあとでLINEをしようと決めた。


「夏海ちゃん」
「…はい?」
「リエーフしか、お前の体調不良に気づけなくてごめん。これは主将の俺の落ち度だったわ。」


リエーフくんは、たしかに気づいてくれていた。元気ないね、って何回も言ってくれた。なのに軽々しく受け流したことがわたしの落ち度だ。

モップをかけおわった彼が、わたしの存在に気づき、その場で雄叫びのように大声をあげた。


「夏海!!!!大丈夫!?」
「ちょ、リエーフくん声大きいよ!」
「だって夏海がそこにいるから!!!」


長い脚を大きく伸ばし瞬時に駆け寄ってくれる彼はまるで、犬。でもそんなくらい必死にこっちを向いてくれる彼が可愛く思えてきたんだから、わたしもすこし絆されてきたのかもしれないなあ、なんて。


「リエーフくん、ごはん食べて帰れないの、ごめんね」
「ううん、むしろちゃんと家帰って休んで!明日から新学期だし!!」
「ありがとう…また、今度ね」
「え?」
「また、今度ごはん食べよ。じゃあね。」


『また今度』
実現するかどうかもわからないようなただの口約束。ただ、これだけは言える。こんな一言で太陽のような、太陽よりも明るい笑顔を見せてくれたリエーフくんに、少なからず胸が揺らいでしまったということを。