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昨日は散々な1日だった。
黒尾さんにフラれただけじゃなくて、リエーフくんに唐突に告白されたなんてキャパシティオーバーしてしまう。正直に言うと、わけがわからない。
そもそもリエーフくんの言っていることは本当なの?揶揄われてる?でもそんな揶揄うようなことリエーフくんは出来る?解決出来ない悩みを悶々と抱えていたら、朝方になっていて。急いで寝たけど熟睡とは言えない状態で朝食の準備の時間を迎えてしまった。
「佳奈ちゃんおはよー……雪絵さん、かおりさんもおはようございます」
「あれー、夏海ちゃんクマできてるー。寝てないの?」
「ほんとだ!!夏海、なんかあったの!?」
梟谷マネさんズ3人揃って寝不足に気づくなんて、わたしの顔はそこまで酷いのだろうか。頭を軽く振り、目を覚ます。大丈夫わたしは今日も頑張れる。心配させるような顔をして選手に会うわけにはいかない、絶対にだ。
「朝ごはん出来たよー」
雪絵さんが間延びした声で選手を呼び寄せるとぞろぞろと食堂に人が集まる。寝癖がついたままの人たちもいれば、いつもと全く変わらない人もいる。
「あ、…」
見慣れたトサカ頭、いつもの寝癖。飄々とした主将の姿が目にとまる。ふつうに、ふつうにしなければと思えば思うほど手汗が滲む。
普通って一体どんな感じだったっけ?わたしはいつも彼らの前でどんな風に過ごしてた?わからない、慌てれば慌てるほどわからなくなってしまう。
その時目の前に現れたのはトサカ頭の彼じゃなくて、背の高い日本人離れした、あのひとだ。
「夏海おはよう!!今日もめっちゃ可愛いスキだ!!!」
「へ?」
「もう隠さないって言ったじゃん!だから、おはようスキ!!」
朝から大声を出さないでほしい。みんなの前で叫ばないでほしい。尻尾を振った犬のように目の前に現れないでほしい。言いたいことはたくさんあったけれど、あまりにもニコニコと笑うリエーフくんがわたしの前に立ちはだかるから何も言えなくて。
「リエーフ!!!!!」
「いだぁっっ!何するんですか夜久さん!?」
助け舟を出すかのように回し蹴りを繰り出した夜久さんは慌てた顔をしてわたしに駆け寄る。夏海ちゃん悪りぃなって言いながらリエーフくんの首根っこを掴んで引きずっていく。
「何するんですか!夜久さん!」
「お前なに人前で叫んでんだよ!黙ってろって言っただろ!?」
「だって!!もう昨日言ったから!!」
「は?」
夜久さんの目がぎろりとわたしを見る。ひたすら首を縦に振るしか出来なかったけれど察しの良い彼はそれだけで何かに気づいたようで、嫌だったらハッキリ言えよって告げて朝食を取りにリエーフくんと向かった。
ぶひゃひゃっと変な笑い声が響く。それと同時に振り向くと何故か背後に黒尾さんが居て、お腹を抱えて笑っていた。なんで笑うの、そんなに面白おかしいことと捉えなくても良いじゃないか。
「なんで笑うんですか」
「いや、リエーフ直球過ぎだろって思って。夏海ちゃんも困るだろ流石に」
「まあ、人前はね、恥ずかしいですけど」
「なんとなくリエーフがお前のことすきなのは知ってたけどまさかこんな急にオープンになるとは思わなかったわー、腹いてえ」
ぶひゃひゃとまだ笑い続ける彼はきっと彼なりにわたしと気まずくならないように配慮してくれているのかもしれない。そうでなければわざわざこんなことを笑いに来ない。お腹が空いてるに違いないし、早く朝ごはんにありつきたいはずなのに。黒尾さんの気遣いを無駄にしないようにわたしも平常心を取り戻そうと大きく息を吸って、吐いた。メシなくなるぞ〜、って言う黒尾さんに続いて、朝食早くしないと無くなりますよーとそこらに散らばる音駒の人たちに声をかけて、まだ寝ている犬岡くんを起こしに食堂を後にした。
******「夏海!!俺がスパイク決めたら付き合って!!」
「え?」
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃっ」
「ちょ、クロさん笑いすぎっすよ!」
今から梟谷との練習試合という時だった。相手コートからも大きな笑い声が聞こえてくる。梟谷にまで聞こえる声で言わなくてもいいじゃないか、リエーフくんの馬鹿!そう言ってやりたいのにわたしの口から出るのはえっあっとかいう意味のない言葉だけで。
「夏海どうしたのモテ期じゃんー!!」
「ちょ、佳奈ちゃん叫ばないで馬鹿!梟谷のみなさんまでこっち向かないでください!!」
「叫んでごめん夏海、でもスパイク絶対決めるから!!」
「リエーフほんと潔いな!見ててオモロイわ」
「夏海ちゃん困るってさっきも言っただろ馬鹿リエーフ!!」
夜久さんがリエーフくんを、また蹴る。痛いっす!と叫ぶけれど見慣れた景色なので誰も止めやしないし、横で研磨さんが早く整列しようよってため息混じりの声で呟く。本当に、その通りだ。リエーフくんは否が応でもわたしから返答が欲しいようで目をキラキラさせながらてこでも動こうとしない。すこしだけいらいらしてしまう、早く試合を始めてもらわなきゃ梟谷に迷惑がかかるじゃない、ああもう、わがままだなあ。佳奈ちゃんは相変わらず大声でけたけたと笑っていて、梟谷マネの3人がにたにたとこちらを見ているのも、恥ずかしい。これは今晩揶揄われるやつだなぁ。
「なあ夏海!!」
「リエーフくんがスパイク決めたとしても付き合わないから早く整列して!!」
「えっ…!」
空気がぴしっと凍るのがわかった。自分の、たいして大きくもない声が体育館中にこだまする。やってしまった。おそるおそるリエーフくんの顔を見上げると、キラキラと輝いていた彼の目から光が消えて眉が垂れ下がり『悲しい』と顔に書いてあるかのようにあからさまに落ち込んでしまったものだから、わたしが悪いような気がしてしまう。わたしが、悪いの?
リエーフくんを引きずり整列しながら夜久さんがほんとゴメンとジェスチャーで伝えてくれる。わたしのほうこそごめんなさいだ。リエーフくんの士気を下げてしまった。
試合での彼は散々だった。いつにもましてヘタクソ。その一言に尽きる。夜久さんはキレるし研磨さんはため息を連発するし申し訳なさが募る。
梟谷との試合を終え、ペナルティをもしなやかにこなした先輩方にタオルとドリンクを配っていく。リエーフくんは難しい顔をしてタオルで汗を拭っていた、彼にもドリンクボトルを渡しに行かなきゃ、すこし勇気がいるけれど。
「柴田」
「海さん、どうしたんですか?」
「今からリエーフのとこ行くのか?」
「……まあ、はい……そうですね……」
「付き合ってやれとは言わないけど、あまりにも落ち込んでるから、なんとか試合のやる気を上げさせてやってもらえないか?」
合宿が終わったら駅前のちょっと高いチョコレート買ってやるからさ。その一言にぐらりときたわたしは動物なのかもしれない。餌につられてしまう自分に苦笑を呈しながらも、不貞腐れた獅子のもとへ向かった。
「リエーフくん」
「……夏海、すき」
「…わたし、拗ねたまんまでスパイクも決まらないようなリエーフくん、すきじゃない。だからがんばって」
こんな捻くれた言い方しか出来なくて、ごめんね。昨日ふられたばかりのわたしは彼の気持ちをすっぱりと否定することが怖くて、曖昧なことをしてしまう。でも彼にバレーを頑張って欲しいのは、音駒のマネージャーとして当然の気持ちだから間違ってはないはず。
「……付き合ってとは言わないから、スパイク決めたら俺のことすきになって!!!」
「え?ちょ、え?」
「何回も決めるから!ちょっとずつで良いから!な!!!」
何言ってるの?と言おうと口を開く時にはもう、夜久さーん俺頑張りまーす!!って叫びながら走っていった後で。いつもわたしの言葉を待たずに言い逃げして行く彼に、小さく溜息を吐いた。
******合宿を終えて、帰路につく。選手に比べたらたいしたことをしていないのにぐったりと疲れてしまうわたしの体力の無さに涙が出そうだ。きっとこの疲れは身体的なものだけじゃなくて、あれから残り2日間もずっと会うたびに「すき」を言い方を変えて投げてくる獅子による気疲れも含まれているだろう。
音駒高校まで戻ってきて解散となる。そそくさと帰ろうとしたら手首を誰かに掴まれてしまった。またリエーフくんだ!と思って後ろをキッと睨みつけてやると、目線はそこまで高くなくて。
「……夜久さん!!」
「お前リエーフと間違えただろ」
「わ、笑わないでください……どうしたんですか?」
「一緒に帰ろうぜ。」
夜久さんに言われるがままに駅に向かう。他の部員たちも同じ時間に帰路についたはずなのに周りにはいなかった。もちろん、黒尾さんも、リエーフくんも。
「リエーフがお前のこと好きなの、ちょっと前から知ってたんだよな」
「あ、リエーフくんからもそれは聞きました……」
飲めよ、と言いながら自販機で買った缶ジュースを投げてくれた。ありがとうございます夜久さん。うまくキャッチ出来たと思ってラベルを見たらグレープ味の炭酸飲料で、恐る恐るプシュリと音を立てて缶を開ける。
「夏海ちゃんが、黒尾のことすきなのも見ててなんとなく知ってたから、黙っとけって言った。邪魔しちゃ悪いし夏海ちゃんはすきでもない男と付き合えるタイプじゃ無さそうだからさあ」
「なんか、いろいろとありがとうございます……黙っててくれたことも、リエーフくんを傷つけない配慮をしてくれてたことも。」
「黒尾に彼女出来たこと聞いたんだよな?リエーフが昨日俺に言いにきたんだよ、夏海が俺のことすきじゃなくても、俺がすきだって伝えてる時にはクロさんのこと考えずに、泣かずに済むから俺にはそれしか出来ない、って。本人に言ってやれよって言ったけど嫌われたくないから言わない!ってさ。よっぽど嫌われることやってるだろって思った。」
「……そう、なんですか……」
なんで馬鹿みたいに人前で大声ですきだって叫ぶんだろうって疑問はもっていた。けれどきっとリエーフくんのことだから何も考えてないんだと思い込んでた、何も考えてないのはわたしかもしれない。
黒尾さんのことで悩む暇もなくリエーフくんがすきだって伝えてくるし、いつでも言ってくるし、誰の前でも言ってきていたことに改めて気づいてしまった。彼のおかげで、わたし、失恋のことあんまり考えなかった。
「本気で嫌だったらリエーフのこと意地でも止めるし、俺に言えよ」
「はい……そうします……」
失恋って、もっとつらいものだと思っていた。きっとリエーフくんのことがなかったら合宿中も気まずい思いをしていたと思うし、先輩とも気まずいままだったと思う。そうならなかったのは、リエーフくんのまっすぐな思いをぶつけてくれたから、だったんだ…。
「夜久さん、教えてくれてありがとうございました!」
「俺もなんやかんやでお節介だなあ。」
改札に定期をかざして中に入ると、目的の電車が到着する様子が見えた。あれはもう、間に合わないなあ。
くやしい、けれど、リエーフくんのことばかり考えさせられてしまう自分に溜息をついた。