×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


***


ずっと、その背中を見ていた。
芯の強さとともに持ち合わせた優しさ、人を揶揄うようでその人の良さを引き出す駆け引きの上手さ、下級生を見捨てない先輩らしさ、同級生をまとめる頼もしさ。あげていくとキリがないくらい、ステキなキャプテンだと思った。

自分の気持ちに気付いたのはじめじめとした空気が体育館にこもる梅雨の時期だったと思う。1人しか居ない音駒バレーボール部マネージャーの仕事にも慣れて来たころに初めて大きなミスを犯した日。
ビブスを洗濯してほしいと前日に頼まれていたことをすっかり忘れていたわたしは翌日早朝に慌てて洗濯機を回した。けれども神様は意地悪で生憎の大雨で、放課後までに洗濯物が乾かなかったのだ。
申し訳なさが募ってひたすら頭を下げた。アップをしている黒尾さんが自分だけ抜けてわたしの謝罪を聞いてくれていた。本当は誰よりも早くアップしてバレーボールに触れたいはずなのに。そのことも余計にわたしの心を締め付けた。申し訳ない。
1人しか居ないことは言い訳にしたくなかった。誰よりもこのチームの力になりたかったのに足を引っ張ってしまう自分が嫌で。近くのコインランドリーまで走っていきます乾かしてきます自腹でやります、といろんな打開策を提案しているとニヤリと微笑みながらわたしの頭をくしゃりと撫でたのだ。


「たしかに夏海ちゃんがビブス洗い忘れてたから今日はチーム戦する時ちょっとだけわかりづらいな」
「……ですよね…本当にすみません」
「でもちゃんと自分のミスを誤魔化さずに謝って、対処法考えてるところは、偉いと思うけどね俺は。誰だってミスはすんだろ。ましてや1人でマネージャーやらせて全部抱え込ませて悪かったな、いつもありがとう」

恋に落ちる瞬間なんてわからないよ!と友人が言っていた。だけれど、それはなんともわかりやすくて。キュッキュッとシューズの音が鳴り響く体育館の中で雨の音も混じり騒がしくなっているのに、わたしの耳には何も聞こえなかった。黒尾さんの声だけが響いている。
認めたくなかった。部内恋愛なんて周りに迷惑なだけ。だから、密かに思うだけ。そう決めた。




黒尾さんの雰囲気が変わったのは夏合宿あたりからだったと思う。


「佳奈ちゃん、聞いて」
「どしたの!?なんかあった!?お腹痛い!?」

夏休みも終わりに差し掛かった頃に行われた、梟谷グループのみんなとの合宿中、わたしは同学年の佳奈ちゃんとよく一緒にいた。梟谷のマネージャーでありキャプテンである木兎さんの実の妹の彼女は、お兄さんに似て明るくテンションが高い。そういったところもかわいらしいなあと思う。
2人で皿洗いを命じられていたため仕事をしながら口を動かしていく。2人しか居ないからこそ出来る話だ。


「黒尾さん、最近雰囲気変わったと思わない?」
「え?そう?毎日見てるわけじゃないしわかんないなぁ」
「あのね、たまに携帯見ながらふわっと笑うんだよね。女の人と連絡取っているのかなあ、そうだったらいやだなあ。」


黒尾さんが優しそうな顔を見せるのは誰にでも。そう信じていたかった。確信がないことを疑い続けるのは神経をすり減らすだけだ。だからきっとあの表情もわたしが知らないだけで誰にでも向けるものであってほしい、そう願うしかない。



「おーい!夏海〜!!終わった?」
「あ、リエーフくん」
「音駒も騒がしいのが同級生にいるねえ。なんか兄貴見てるみたいな気分になるよ」
「佳奈ちゃんのお兄さんよりもバレーは上手くないよ、初心者だから」
「キツイ一言だねえ!」


けたけたと笑いながら音駒のほう行ってやりな、後はやるよ。と背中を押してくれたので、お礼を告げながら手を拭いて体育館へ向かう。背の高いリエーフくんと話すときいつもわたしは首を最大限まで上に曲げなきゃいけなくて、少し、首が痛い。リエーフくんもわたしを見下ろすから話しにくいんじゃ、ないのかなあ?


「夏海、今から練習試合するからスコアつけといてってクロさんが!」
「うん、わかった。呼びに来てくれてありがとうリエーフくん」
「……最近元気ない?なんかあった?前はもっと合宿中もにこにこしてたのに。俺が力になるよ!!」
「……疲れたのかなあ。暑いからね、」


リエーフくんは良くも悪くも嘘のつけない人。だから、わたしが疲れたといえば疲れたことになる。疲れたのはうそじゃない。少しの気がかりは絶対に、部員に言うべきことではない。


「あ、クロさん!夏海連れて来ましたよ!!」
「サンキューな、リエーフ!」


体育館の入り口付近に立っていた黒尾さん。その手に握られた小さなスマートフォン、それはわたしの手には少し大きく感じるものだからたくましい手のひらであることが強調されている。きゅ、と胸が締め付けられる。黒尾さんはスマートフォンを耳に当てて、またなって告げた。少ししかない休憩時間ですら連絡を取りたい相手って、だれですか。ふわりと笑う顔は見たことがあるようで、ないものだ。黒尾さんってこんなにわかりやすい人だった?他のみんなは、リエーフくんは気づかないの?


「夏海ちゃん、スコアシート持ってるよな?」
「はい、梟谷との試合つければ良いんですよね?」
「おー、頼んだ」


小走りで体育館に向かう。リエーフくんも黒尾さんも放置した。その光景を見ていたくなかった。誰と電話してたんですか?って聞けたら簡単だ。でも聞けない。
そうすればわたしのこの気持ちはどこへ行くのだろう。どこにも行くあてが無く、ふわふわと宙に浮いたまま過ごすのだろうか。黒尾さんと付き合いたいわけじゃない、というわけでもないのだ。あわよくばが捨てきれていないからいるかどうかもわからない女の影に胸が苦しくなるんだ。彼女がいると確定してしまってからではこの気持ちは伝えてはいけないものになってしまう、それでいいの?


「夏海、何難しい顔してるの?」
「へ、そんな顔してる?」
「うん。にこにこしてないなって思った。」
「リエーフくん、わたしそんなににこにこしてたかな……?」
「してた!部活が楽しくて仕方ないって顔してたのに最近そんな顔見ねーから心配!!」


楽しく部活がしたいのにわたしは最近部活のことを真正面から考えることが出来ていた?否。違うことに気を取られていた。リエーフくんにバレてしまうくらい、わたしはこの気持ちをどうにかしたいって本当はきっと思ってる。


ベンチにいるリエーフくんと話しながら応援しながらスコアを書いていく。ああ、今日も音駒はしなやかだ。梟谷の木兎さんの雄叫びが聞こえる、今日も元気だなあ。
キュキュッと鳴るシューズの音が今日も清々しい。





******






「黒尾さん、何してるんですか?」
「涼んでるんですヨ、暑いからな」


お風呂上がりに廊下を歩いていたらトサカ頭がしなりとへたっているキャプテンの姿があった。ベンチに腰を下ろしサイダーを手に持っていた。炭酸、飲みたいなあ。


「キャプテンがマネちゃんにジュース奢ってやるよ、どれがいい?」
「嬉しいです!じゃあわたしもサイダーが良い!」


ガタンと落ちて来たサイダーの缶のプルタブを上げる、プシュッと響く音が気持ちいい。喉に流し込むとしゅわしゅわとした泡が口いっぱいに広がってすぐさま消えていく、この感覚がすきだ。



「……黒尾さん」
「ん?」


胸が痛い。わたしは今何を言おうとしているのだろうか。きっと伝えることはないと信じていた。でも、伝えなければこの想いはどこにもいけない。これは自己満足で、先輩を困らせる結果に繋がるだろう。それでも、わたしは。



「ご迷惑だとは思ってます、黒尾さんがすきです。」
「……あー、うん。」


細い目をこれでもかと開いて驚いた黒尾さんの口から出た言葉は、曖昧なものだった。自分の心臓の音が煩くて、耳に心臓があるみたい。血液がいつもの2倍速くらいで流れていく感覚。



「…俺ね、彼女がいるんですヨ」
「……やっぱり、そうだったんですね……」
「夏海ちゃんはマネージャーとして、チームのメンバーとして、部員として、良い子だと思ってる。けど、俺が女の子として優しくしてやりたいのは、彼女だけなんですね」



あっさりと告げられる言葉が重くのしかかる。眉を下げて告げる黒尾さんは多少の申し訳なさを含んだ声で告げた。知っていた、知っていた結末だった。
じわりと目頭が熱くなってくる。泣いちゃダメだわたし。わかっていたことで、それでも伝えたかったのはわたしが満足したかったからじゃないか。


「ごめんな、夏海ちゃん…」
「良いんです、知ってました…こちらこそ、迷惑だとわかって伝えちゃって、ごめんなさい!!これからもマネージャー頑張ります!!後輩として仲良くしてください!!!」


居たたまれなくてとにかくその場から逃げたくて。サイダーを握りしめたまま後ろに向かって走った。しゅわしゅわ音を立てながら中で揺れるサイダーの泡みたいにわたしの気持ちも消えてしまわないだろうか、消えてほしい。曲がり角を直角に走り抜けた時に何か大きな壁にぶち当たってしまって、尻餅をついてしまった。尾てい骨がじわりと痛みを孕む時に情けなくもサイダーの缶が音を立てて転がっていった。ああ、まだたくさん入っていたのに溢れてしまったじゃないか。サイダーが流れ出るのと同時に頬に温かいものがどんどん伝っていく。


「……夏海、泣かないで」
「え……?」
「ごめん。盗み聞きするつもりじゃなかったけど聞こえて、ほんと、ゴメン」


壁だと思っていたものは、ヒトで。見慣れた長身の彼がわたしを見下ろしていた。いつもキラキラと輝くその瞳が悲しみを孕んでいて何故キミが泣きそうになっているんだと問いただしたい、泣きたいのは、泣いてるのは、わたしだ。


「リエーフくん……っ……」
「夏海がクロさんのことすきだって夜久さんはわかってたんだな、きっと」
「な、にが……!?なんの話!?」


わけのわからない話をひとりごちている彼に少しイライラした。わたしはチームに迷惑をかけたくなかったから告白しないつもりだったのにしてしまったし、その上それをチームメイトに見られていた、それだけでダメなマネージャーだと自分を責めたいのに知られた相手がリエーフくんなら尚更。彼はこのことを隠さないだろう。どう口止めするのが正解かぐるぐると考える頭は一向に答えにたどり着かない。垂らしていた眉をきりりと上に向け、同じような角度になった口角、それが開くといつもよりも大きな声で叫ぶように、言うんだ。


「俺、夏海のこと6月ぐらいからずっとスキだ!!でも夜久さんが黙ってろって言ってたから言わなかったけどもう隠すのヤメた!!」
「え……?」
「俺は夏海を泣かせない!絶対たっくさん笑顔にするから、俺のことスキになれば良い!」


ニヤリと笑いながら見下ろす彼はどこからそんな自信を溢れさせているのかはわからない。けれども、これだけは言える。ぼろぼろと止まる気配のなかった涙は、彼の言葉のおかげですっかり流れることを忘れてしまっていたと。