×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


***


リエーフくんにちゃんと思っていることを伝えようと決めたのは良いものの、彼を捕まえるのは困難だった。

長い脚を振りかざし逃げられてしまえばわたしは追いつけない。当たり前だ、身長差がどれほどあるというのだ。わたしを見るや否やすぐにその長い脚で駆けていくのだから、もう追いかけることは諦めてしまった。


「もー!なんでここに居ないの!」

放課後の部活が始まる前に部室のドアをバァンと音を鳴らしながら大きく開けた。もちろん部活前なので、先輩方は着替えている。着替え中の先輩たちの奇怪なものを見るかのような視線に耐えながら中をぐるりと見渡した。

「おーい夏海チャン、着替えてますよー」
「黒尾さんの着替えなんて見慣れました!……なんで居ないの〜」

いやんエッチ〜と揶揄ってくる黒尾さんをさらりと流して、何度見渡してもやっぱりリエーフくんはいない。あと少しで部活が始まるのに、どこに行ったんだろう。

部室に乗り込むというのはわたしの思いつく最終手段だった。休み時間には捕まらず、部活中も夜久さんと練習ばかりしていて近づくなオーラを出される。だとしたらバレー部の人たちに揶揄われても構わないからこの部室で捕まえるしかないと思ったのだ。


「……リエーフなら、体育館裏に呼び出されたぞ。」
「え?」


着替えを済ませた夜久さんが小さな声で言った。体育館裏?呼び出されたって、誰に?
胸に真っ黒なもやがかかる。ざわっと背中に嫌な汗が伝っていくようだった。

「……うら…」
「そう。もうジャージに着替え終わってたから、ちょっと行ってきます〜ってな。」

体育館裏は、音駒高校の告白スポット。そんなところに呼び出される理由は1つしか思いつかない。
腕から力が抜け、ぶらりと垂れ下がる。足が泥にハマったように動かない。どうしよう、どうすれば。
部活中にリエーフくんに聞けば良いのだろうか。体育館裏に呼び出されてたみたいだね、告白されたの?…そんな無神経な聞き方出来るわけがない。
やっと、やっと自分の気持ちを伝える決意をしたところなのに。神様はそれを言うことすら許してはくれないのだろうか。

「おーし部活行くぞ〜。夏海ちゃん、やさしーいキャプテンの黒尾さんは今日キミが少し遅刻するのを許してあげましょう」
「え……?」
「んな思いつめた顔すんな。やっと決めたんだろ、ちゃんと言ってこい。」

後悔先に立たずとはまさにこのことだ。黒尾さんは忠告してくれていたのに。
脳内で考えていたことが筒抜けだったようで、黒尾さんはニヤリと笑いながらわたしの背中を叩いた。沼にハマっていた足は、するりとそこから抜け、前へ一歩進む。

「大丈夫だと思うよ、俺はネ」
「夏海ちゃん!散々待たせたんだから、お前も後悔しないようにするんだぞ!!」

夜久さんにまで背中を音が鳴るほど叩かれてしまった始末だ。きっと今日お風呂の鏡で見たら背中は真っ赤になっているに違いない。ひりひりするし痛いもん。

先輩方に頭を下げて、向かうは体育館裏だった。まだジャージに着替えてもないわたしは、短いスカートを翻しながら走る。足が軽い。さっきまで錆びたように動かなかったのに今はするすると動くじゃないか。ローファーじゃなくてスニーカー履いてきたらよかったなあ。普段から運動しておけばもっと速く走れたかなあ。運動を毎日してるみんなはすごいよなあ。どうでもいいことばかり頭をよぎる。季節的に風は涼しくなってきたけれど、走ると汗が滲んできた。暑いよ、リエーフくん。



「……だから付き合ってほしいの。」


体育館裏の近くまで来たところで、鈴を鳴らしたような綺麗な澄んだ声が響いた。ここを曲がったところに女の子がいる。そう思うと自然と足は止まって、再び泥沼の中に戻ったかのようだ。
今繰り広げられているのは、告白に違いない。女の子が勇気を出して想いを告げている。きっと、その相手は見なくてもわかる。同じ時間に同じ場所で他の人が告白なんてされているわけがない。
体育館の壁に背中を着けて物陰に隠れた。聞いてはいけないとは思いながら聞き耳を立てている自分がいる。


「俺、君のことあんまり知らないけど」

男の声は聞き慣れた声だった。リエーフくんが告白されている。相手の女の子は誰だろう。
お願いだから神様、リエーフくんにわたしの思いを伝えるチャンスをください。あれだけ曖昧に濁し続けてきたことを後悔しています、お願いです、そう願うしか出来なくて。
今、彼がここで付き合ってしまったらわたしは何も言えなくなってしまう。だから、お願い、せめて保留でもいいから…。

ぎゅっと両手を握りしめる。視界がぼんやりと歪むから、涙が出てきたことを知った。


「……灰羽くん、柴田さんのこと好きなんだよね?それでもいいし、柴田さんより灰羽くんのこと大切に出来る自信あるよ。」
「夏海は今、関係ないでしょ。」
「柴田さんのことすきでも良いから付き合おうよ。」

心臓が、うるさい。リエーフくんは首を縦に振るのか、横に振るのか。ぎゅうと強く自分の手を握りしめるしか出来ない。はあと息を吐いて、吸って、彼の答えを盗み聞きしてしまう罪悪感を振り払う。

「……すき同士じゃないと付き合っても意味ないと思うから、ゴメン。」

心の底から、ほっとした。ふうっと大きく、肺をぺしゃっと潰したかのように息が口から出て行った。
今とても、安心した。
リエーフくんが、他の女の子と付き合ってしまったら嫌だ、そう嫌という程感じた。リエーフくんに、伝えなきゃ。

ガサッと足音が近づいて、止まる。
ぱちっと目が合った相手は、ここ数日間目も合わせていなかったリエーフくんだった。女の子は違う方向から何処かに行ったのだろうか、見当たらない。彼しかいない。

「……な、んで夏海がここに?てか、なんで泣いてんの!?誰かに何かされた!?」

慌てた様子でわたしの頬に手を当てて、涙をぐしぐしとジャージの袖で拭ってくれる。擦れて頬が痛むけれどそれ以上にそうやってわたしのことを気にかけてくれたという事実が胸を温めた。

「……リエーフくん、たくさん、ごめんなさい……」
「え、」
「だいすき、リエーフくんのことすきになっちゃった……だから、避けないで、わたしのこと…!…わたし以外の女の子と、手を繋ぐのもキスをするのも、いやなの……」

胸の底からせり上がってきた感情が全て涙となって溢れ出す。ぐすぐすと鼻を啜りながら泣き続けるわたしの頬に添えられたままのリエーフくんの手がぴたりと固まって、彼のジャージの袖がどんどん水を含んでいく。

眉間に皺をぎゅっと寄せて、彼の綺麗な目に水の膜が張ったのが見えた。少しだけ頬にある手に力がこもって、それと同時に震えているのが伝わってきた。


「……夏海、ホント?」
「待たせてごめん……だいっすき、なの……うぇっ……うっ…リエーフくんが、すき……」
「嘘じゃない?黒尾さんよりもすき?」
「そうじゃなきゃ……こうやって言いに来ない……!!」

よかった、そうボソッと呟きながら身体が引き寄せられて、気づけば大きな身体の中にわたしの身体がすっぽりと収まっていた。どくどくと自分の心臓の音がうるさく鳴り響く。余計に泣けてきて、崩壊した涙腺からはどんどん涙が溢れてしまった。


「……勝手にキスしてほんとにごめん!黒尾さんと話してて真っ赤になってる夏海を見て、もう諦めようって決めたのに!やっぱりずっとスキだった……」
「……ありがとっ…う、リエーフくん……、誤解させて、ごめん、あれもね、リエーフくんのこと、言われたの…………だから、そんな顔してたの、たぶん……」
「うれしい、もうキスしても怒らない?」
「怒らなっ……!!」

返事を聞かずにぐいっと顎を掴まれて塞がれた唇。ふわりと触れたそれから彼の熱がじんわりと身体全体に広がっていった。
何回も何回も触れては離れ、触れては離れる。唇が名残惜しく距離を取った時、お互いに顔は真っ赤で。数秒見つめ合った後にどちらともなく声を漏らして笑った。

「リエーフくん…」
「夏海、ダイスキ。やっと通じた。」

ぎゅうっと両手を掴んで握りしめて、微笑む彼の顔を、わたしは一生忘れないだろう。



******




「ってなわけで!先輩たち!!夏海は俺の彼女になったんで手を出さないでくださいね!!特に黒尾さん!!!」
「アホかオメェは」


部活に行くとすぐにこんな状況になってしまって、溜息が出た。手を繋いで体育館に入った時に見えた黒尾さんのニヤケ顔は、ブロックでドシャットを決めた時や相手を出し抜いた時のものに少し似ていた気がする。
夜久さんが近寄ってきて「良かったな」と頭を撫でてくれた。たくさんご迷惑をおかけしました、と謝ると、「これで春高も安心だわ。あ、それまでにフるなよ!?」と笑われてしまい、そんなに早く別れません!と叫んでしまったのが不幸にも体育館中に響き渡ってしまう。

「夏海、俺と別れるの!?嫌だからな!!」
「わ、っ別れるなんて言ってないでしょ!ばかリエーフ!ばっ…ばか!ばか!」

我ながら語彙力の全くない返答をしてしまったと思って反省していると、ぱたぱたと駆け寄ってきたリエーフくんの手がわたしの右手をするりと絡め取った。

「俺、絶対に夏海のこと幸せにするからな!こんなにお前のことすきな奴いないからフるなよ!!」

ヒューヒューと古典的な野次がそこらへんから聞こえる。ばかリエーフ!と返したけれど、満更でもないってこういうことなんだろうな、だって上がっていく口角を抑えることが出来ないから。


彼が想いを伝えてくれたきっかけは失恋だった。けれど、それを忘れさせてくれるほどに彼はひたむきに「すき」を伝えてくれた。想いを曖昧にする心地よさに浸っていたいと思っていたけれど、それだけじゃだめで、ちゃんと向き合った今の方がよっぽど幸せだってことはこの右手から伝わる熱が証明してくれている。
諦めないでくれて、ありがとう。
もう一度、貴方と、素敵な恋を。これからも育んでいきたい。