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***


「夏海、急にどうしたの。別に良いんだけど珍しいね」
「佳奈ちゃん部活で疲れてるのにごめんね。音駒の人には相談しづらいから、つい…」

部活終わりに梟谷と音駒の中間地点である駅にて待ち合わせをして、ドリンクバーのあるファミレスに入ったわたしと佳奈ちゃん。急な呼び出しに応じてくれるフットワークの軽さがとてもすきだ。お互い部活終わりなので時間もあまり無いけれど、それでも相談したいと言ったわたしに二つ返事で了承してくれた彼女は良い友人だと思う。
可愛らしい店員さんに案内された席に腰を下ろし、メニューを開きながら佳奈ちゃんは口を開く。

「音駒の人らに相談しにくいってことは、あの人関連か〜?」
「え、あの人?」
「夏海に大声で告白してた背の高い、なんだっけ、リリーフ?」
「リエーフ!」

夜ご飯を済ませてしまいたいからといって張り切って頼んだハンバーグプレート。しばらく会話を続けていると運ばれてきたそれのふわっと香るデミグラスソースの匂いが食欲を引き出してくれる。
佳奈ちゃんと、いただきまーす!と声を揃えてフォークを手にする。

「で、その、リエーフとなんかあったの?」
「……避けられ、てるの。」
「え、なんで?」

あのキスの一件以来、彼は悉くわたしを避けていた。不器用で素直な人だと思っていたのに、それなりに上手く避けられるとは少し、いやかなりショックを受けてしまったのだ。あからさまに避けられているという自覚がわたしにあるということは、そんなに上手く避けられていないのかもしれないけれど。



******




「ねえリエーフくん、」
「あ、俺、犬岡に教科書借りなきゃ!」

チャイムが鳴ると同時に隣の席の彼に声をかけた。けれど、休み時間になれば姿を消そうとする。リエーフくんはなにかと理由をつけてどこかへ消えた。それも一回や二回ではない、毎回だった。放課後も気づけば部室に向かっていて居ないし、部活中も前のように休憩中に話すことはなかった。


「…リエーフくん!」
「あっ!夜久さん!レシーブ練習付き合ってください!」
「おー、レシーブしたがるリエーフなんて珍しいな。良いけど、…良いのか?」

夜久さんが後ろで佇むわたしに気づき、視線でリエーフくんに訴えかけた。

「レシーブしたい気分なんスよ!今じゃないとレシーブ出来ない!レシーブも上手くなるんです!俺!」
「……まあ、いいけど。」

怪訝な顔を隠そうともせず夜久さんはリエーフくんを引っ張ってコートに入る。たぶんわたしたちが前とは違うことに気づいたんだ。わたしがリエーフくんに避けられていることは見ればわかるはず。しかも、露骨に避けたところを目の当たりにすれば少しは気まずいだろう。先輩にまで気を遣わせるそんな自分が少し情けなくて、落ちているボールを拾ってピカピカになるまで磨いてやった。

「……リエーフくんのばか」

そう呟いた声は誰の耳にも届くことなく消えていく。今までどれだけリエーフくんの好意に甘えていたのかを思い知った。


わたしたちが話さないからといって、そのほかのことは何も変わらない。授業は何も待ってくれずどんどん進んでいくし、部活だって目まぐるしく成長を遂げるために立ち止まらない。止まってしまったのはわたしの中の時間だけだった。
キスされたことに対して何も言えず、すきかどうかも定かでは無いようなあやふやな自分の気持ちも言葉に出来ない。
わたしだけが、取り残されてしまった気分に陥ってしまった。




******




「ふーん。そんな感じなんだ。キスされてから避けられてるってねえ。」
「そうなの…話しかけてどうするのって自分でも思うんだけど、隣の席なのに避けられてるのも部活中にいろんな人に気を遣わせるのもつらいから……。どうにか、したいんだよね…。もしも佳奈ちゃんがわたしなら、どうする?」


わたしはどうしたいのか。わからないから彼女に助けを求めたのだけれど、良いアドバイスがもらえるとも限らない。だって佳奈ちゃんは佳奈ちゃんで、わたしはわたし。違う人間だから。
佳奈ちゃんはしばらく黙った後、眉間に皺を寄せて、いつもの元気さとはかけ離れた落ち着いた声で「すごく贅沢」と発した。食べかけのハンバーグを刺したフォークをプレートの上に置き直して、すう、と息を吸ってもう一度「贅沢だね」と。

「……ぜいたく、」
「そう。夏海の悩みは贅沢だよ。リエーフが夏海のことすきで、振り向いてくれなくてもずっとすきって伝え続けてたんだよね。それって簡単なことじゃ、ないよ。あっけらかんとしてる見た目だから何も思わなかったかもしれないけど、リエーフだって結構頑張って『すき』を伝えてたんじゃないのかなぁ。夏海は好かれてるっていう状況に甘えてたんじゃないの?好かれてる方は良いよね、心地よいだけだもん。」
「………そう、だね」

何も言い返せなくて、気まずさからメロンソーダに口をつけた。炭酸が抜けてしゅわしゅわした感覚があまり無く甘ったるい。甘えてたと自分で思ってはいたけれど、改めて外野からそう言われると、やっぱりそうだったのだと痛感する。「キツイ言い方するけど、聞いてね」と佳奈ちゃんが真剣な目をしてわたしを捉えたから、急いでグラスを置いて彼女の目を見つめ返す。

「すきな人に振り向いてもらえなくても諦めない人は当たり前じゃないと思う。リエーフは何か思ったんだろうね、だって『ダイスキだった。』ってことはもうやめるってことじゃん。だからきっと夏海のこと避けてでも気持ちを忘れたいの。すきな気持ちを簡単に忘れられるとは思わないし、すぐに忘れることが最善だとは思わない。だけど夏海が余計なことして期待させるだけさせてまた何もないなら思わせぶりは良くないよ。ある意味リエーフは前に進もうとしてるじゃん。悪いけどわたしはリエーフの肩を持つよ。」
「…………うん、」

ごもっともだ。ド正論をぶつけられて怯んでしまうけれど、薄々と自分でも感づいていたことを面と向かって突きつけられただけじゃないか。佳奈ちゃんのハッキリと思ったことを言う性格が、そう言えるところがすきだし、憧れでもある。裏表なく思ったことをハッキリ言ってもらえて、良かった。わたしのだめなところが少しずつ浮き彫りになる。
だめなところをなんとかして直して、リエーフくんとの関係を修復したい。リエーフくんと話せなくなるのは、正直に言うとさみしい。男の人としてすきなのかどうかはわからないけれど、もしも他の女の子にも「すき」とあの笑顔で伝えていたら、と考えると…。


「夏海、そんな顔するってことはもう自分でわかってるんじゃないの?」
「……佳奈ちゃん、ハッキリと言ってくれてありがとう。わたし、甘えてたね」
「すきな人が近くにいて、想いを伝えてくれて、自分も伝えることができるって幸せな状況じゃん?うらやましいよ。」
「え、うらやましい…?」
「うん。良いなあっておもうよ」

いつも自信満々の笑みでいる彼女が、眉を垂らして少し寂しそうに笑う。佳奈ちゃんにも何か、悩みがあるのかもしれない。

「あ、わたしになんか悩みでもあるんじゃ?って思った顔してる」
「えっ、なんで、わかるの?」
「夏海わかりやすいからなぁ。」

ハハッと声を上げて笑って、冷めかけたハンバーグを頬張る佳奈ちゃん。何でもないよ、と言い張る佳奈ちゃんをこれ以上問い詰めるわけにもいかず、わたしもハンバーグを口に含んだ。

「恋する女の子は、綺麗になるね。夏海も綺麗になったんだから頑張りなよ。」

汗をかいたグラスを握り全て飲み干した佳奈ちゃんは勢いよく立ち上がった。そして「夏海、気合い入れよ!ジュース取りに行こ!」とわたしの手を掴み連行した。

佳奈ちゃんがわたしのことを綺麗になったと言うのならば、そうなのかもしれない。少しだけ、自惚れよう。
炭酸飲料がすきでずっと飲んでいたけれど、少しでも肌の調子が良くなるように祈りを込めて野菜ジュースをコップになみなみ注ぐあたり簡単な女だなあと自嘲した。

願わくば、わたしの悩みだけじゃなくて、佳奈ちゃんの悩みもいつか解決しますように。