×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



土曜の朝になった。いつもなら土曜日ということで学校の無い休みを謳歌するために存分に睡眠をとるのに、今日は違った。
赤葦くんとのデートはランチから始まる予定だ。赤葦くんが昼ご飯食べましょうだなんて言うから早起きして身支度をする。普段からデートをしたりバッチリにメイクをしたりしないタイプだったから、最低限の化粧品しか持っていないことを生まれて初めて悔やんだ。もっと女子大生らしい格好、化粧をしたいだなんて。赤葦くんに、可愛いと思われたいだなんて欲が出てきてしまったのかもしれない。


「あ、もしもし春乃?聞きたいことがあるの。いつもデートの時どんな服着てんの?パーカーにショーパンで行ってもいいと思う?」
『お姉ちゃん久々の電話の内容が、それ?初めて遊びに行った時はワンピースを買ったよ、その次もサマーニット買ったりしたなあ。可愛い服着たいなって思ったからさ』
「今日なの!買いに行く暇ない!写メ何枚か送るからどれが良いか選んで!」


情けない姉で申し訳ないけど、朝早くから妹に電話して助けを求めた。こんな時に頼れるのは姉よりも先に彼氏持ちになった妹しかいないなんてそれはそれで悲しいなあ。


「ねえ春乃、菅原くんと一緒にいるの?」
『いるよ。どうして?』
「男の人的にもどれが良いか選んでもらってよ、」
『相手の人がどんな人かわからないのに!』
「赤葦くん」
『え?』
「梟谷のセッターの赤葦くん!!」


え、うそ!!と電話越しに大声が聞こえた。そこまで大声を出す必要はないだろう。


『お姉ちゃんの彼氏が、あの赤葦さん…!』
「か、彼氏じゃない!」
『ふふ、お姉ちゃんとこんな話ができるのうれしいなあ』
「とりあえず、今度帰省したらごはん奢るから、写メ見てね」


妹はわたしと同じような服装を好んでいたはずなのに可愛らしいワンピースを着るようになった。それはきっと彼氏の影響。恋は人を変えてしまうだなんて信じがたかったけれどわたしもわたしで変わってしまったんだから、きっと本当。
かわいいフリルの服なんて着ない。ふわふわした雰囲気のワンピースなんて着ない。綺麗めなシャツとショートパンツや、スキニーパンツ、ボーイズライクのパーカーなどをひたすら組み合わせて写真を撮る。

春乃が、これが一番お姉ちゃんっぽいよと返してくれた綺麗めなシャツにショートパンツに決めて、それに合うストッキングとパンプスを決める。
いつもよりしっかり化粧をしようかと思ったけれど、慣れない化粧顔になりたくなくて結局バイトに行く化粧より少しばかり丁寧に施した程度になった。




...





駅前のコンビニで待ち合わせ、という変な待ち合わせだなあと思いつつコーヒーを片手にレジに向かう。一応、砂糖が入っているものとないものの二種類を買い、一つ赤葦くんにあげようと思う。コーヒーとか飲むのかどうかもわからないけれど、飲めないならわたしが2つとも飲んでしまえば良い話。
レジで会計をしていたら入り口のドアが開く。


「あ、赤葦くんだ。」
「雛乃さん、待ちましたか?」
「ううん、今来たところ。今日どこ行くの?電車だよね?」


プランは俺に任せてください、と言われていたからわたしは何も知らない。赤葦くんはゆったりとしたTシャツにスキニーパンツを合わせていて、スタイルの良さが目立つ。
にやりと口角を上げた彼は、ポケットからカギを取り出して見せた。


「今日は、ドライブしましょうよ」
「え?」
「親に車借りました。だからコンビニ待ち合わせにしたんです。」


赤葦くんが運転席に座り、わたしは助手席に腰を下ろす。大学生になってからというものの移動手段は専ら電車で、親元を離れてから車で出かけることがとても少なかったから、久しぶりの感覚に少し胸が踊った。
先ほど購入したコーヒーを彼に選んでもらうと、さすがというかブラックコーヒーをご所望の様子。彼は片手でそれを持ちながらエンジンをかける。横顔、綺麗だよなあ。


「雛乃さんの私服、俺すきですよ」
「え?」
「よく似合ってるなってバイト先でも思ってました」


あまり表情が変わらない彼だけれど、微笑んでいるということがわかる。少し胸が高鳴る気がしているが、浮かれすぎて変な行動をしないように注意しなければいけない。

安全運転をする赤葦くんを横目に見ながら、車はどんどんと進んでいった。





...





「え、ここで良いの?」
「雛乃さんが前、バイト中に行きたいって言ってるのが聞こえたんで。」


小洒落たカフェとかに連れて行かれるのかと思いきや、わたしが行きたいとバイト仲間に話していた、最近オープンした人気のラーメン屋の前に車が停まった。
デートという単語から、もっと気を張ったお店だったりお洒落なお店を想像していたからか、一気に肩の荷が下りた気分だ。


「気負わなくて、いいでしょう?」
「え?」
「雛乃さん、俺がデートに誘った時も少し固まってたから男と二人で小洒落た店は気が重いかなって思ったのと、ただ単に俺がここのラーメン食べたかったからですよ。美味しいらしいですね、ココ」


わたしを気遣う心と、それを重荷にしないための細やかなフォローが身にしみる。この子はどこまで人のことを見ているんだろう。観察眼が鋭いのか、年上の扱いに慣れているのか。

幸いにも人は並んで居なくて、カウンター席にすぐに案内してもらえた。オススメのチャーシュー麺を頼みたいけれど、がっつきすぎるのも良くないのだろうか。でも生憎少食ではないから大盛りにしたい気持ちもある。
女の子は少食の方が可愛らしいというのは偏見だとわかってはいても、少し悩ましい。


「雛乃さんどれにしますか?」
「うーん。赤葦くんは?」
「チャーシュー麺の大盛りで。」
「ねえここで大盛り食べたら引く?」


素直に尋ねると、赤葦くんはぽかんとしていた。まるで想像もしていなかった質問であるかのような顔をしなくてもいいじゃないか。思い切って聞くべきことではなかったのかなぁ、デートはたくさん気を遣うところがあるなぁ。


「なんで俺がそんなことで引くんですか」
「いや、女の子って少食の方がかわいいでしょ」
「雛乃さんがよく食べる人だってことぐらい知ってますよ。バイト先での賄いいっぱいもらってるじゃないですか。何を今更」
「うわあ、恥ずかしい。」


賄いを食べるところを気にして見られていたなんて思いもしなかったから、急に恥ずかしくなった。彼はわたしがそういった人だとわかってデートに誘ってくれたんだったら、わたしが猫を被る必要は全くない。ケタケタと笑いながらチャーシュー麺大盛りですね、とさっさと注文を済ませた赤葦くんのスムーズな動きを前にするとわたしの年上の威厳なんてものはなくなってしまう。

しばらくしたら運ばれて来たラーメンは、友人の評価通りとても美味しかったけれど、いつもなら人目も気にせずにズルズルと麺を食べるのだけれど今日は少し上品に食べるように配慮したのは、ここだけの話。



「雛乃さん、この映画すきですか?」
「え、めっちゃ観たかったやつ!どうしてわかったの?」
「カンですよ。俺もこれ観たいなあと思ったから映画デートがいいなあと思ってました。」


ラーメン屋さんを出て近くの映画館に向かう最中に彼の手に握られていたのは映画の前売り券。わたしはベタベタのラブロマンスは苦手で、どちらかと言うとSFものや洋画が好きだったから赤葦くんのチョイスはさすがだった。映画館に着き、席を選んで売店に向かう。ラーメンを食べた後だからポップコーンは我慢して、ジュースだけ買って映画の開始を待つ。


「さっきのラーメン代は出してくれたからここのジュースはわたしが出すね」
「そういうとこ律儀ですよね。俺が誘ったんだからいいのに」
「だめ!バイトしてる学生っていう身分は一緒でしょ」


そういうところ良いですね、なんて微笑みながら言われるとわたしの心臓がうるさくなる。赤葦くんはきっと、確信犯。もう何も恥ずかしがることがないと言っていたからわかった上でさらりとわたしを褒めていくんだろう。そして、褒められるたびにわたしの心臓が動いているのを彼は知っている。


映画はとても面白かった。けれどすぐ隣に座った赤葦くんが身じろぎする度に意識を奪われてしまって、たまに映画の良いシーンを見逃してしまったことだけが心残り。
肩が触れてしまいそうなくらいの距離なのに触れないもどかしさが、ぬるま湯に浸かったようで心地よかった。


「映画おもしろかったね。」
「なら、良かったです。」
「このあとどうしよっか。4時かぁ。」
「雛乃さん、夜も暇ですか?」
「1日あけてるけど、どうしたの?」
「夜ごはんも食べて帰りましょうよ。予約してます。」
「え、用意周到すぎない?」


赤葦くんはスムーズにプランを進めていくからとても楽だった。夕食時まで時間を潰すために映画館に併設されたゲームセンターで、クレーンゲームで遊んだ。赤葦くんもわたしも下手くそで何も収穫出来なかったけれど、意地になってぬいぐるみを狙う赤葦くんはやっぱり年下の可愛さを持ち合わせていることを思い知らされてしまう。

夜は小洒落た雰囲気のお店で美味しいコース料理を食べた。「夜ぐらいはデートらしい所も良いなと思って。俺といるのも慣れた頃だと思うし。」という彼の宣言通りわたしは赤葦くんの隣に慣れ始めた頃だったけれど、昼のラーメンとは対極の雰囲気に緊張して味があまりわからなかったなんて言えない。赤葦くんがおススメしてくれたものなんだからきっと美味しかったんだと思う。お酒飲んで良いですよ、なんて言うけど彼一人運転のためにノンアルコールにさせるわけにはいかなくて、わたしもノンアルコールで過ごした。


「赤葦くんご馳走様でした……本当にいいの?」
「俺が誘ったデートに1日付き合わせたんですから、これくらい当然です。」
「……年上だよ、わたし」
「年上とか下とか関係ないですよ。俺が、雛乃さんと1日過ごしたかっただけだ」


予約の段階でクレジットによる支払いが済まされていたというあまりにも出来た展開で、わたしはもう何も言えなかった。もしも、また今度があるのであれば、次はわたしが赤葦くんに何か奢ろうとそう心に決める。
"次"があってほしい。そう、今日1日過ごして思ってしまったんだからきっとわたしはもう絆されてる。


車に乗り込み、夜道を走っていく最中にわたしは悶々と考えていた。赤葦くんといるのは楽しくて心地よくて、嫌じゃないドキドキというか、胸の痛みがあった。お世辞じゃなく、良い人だと思った。



「……あれ?最寄りこっちだっけ?」
「少しだけ時間、ください」
「……?」



しばらく道なりに走ると、そこには一面の光り輝く夜景が見えていた。橋のような道路の上から見える数々の光。きらびやかに光るそれ達に魅了されてしまう。うわぁ、と思わず声が漏れてしまった。はっとして赤葦くんを見ると、前を向いたまま運転しながらもその表情はとても柔らかくて。


「……よかった、雛乃さんも綺麗な景色好きなんですね」
「車でこんなところ通らないから、初めて知った、ほんと綺麗。」
「高校の時のマネの先輩が、いつかデートで行きたい!って言ってたの思い出したんで、調べて来てみて正解でした。わざわざどこかに観に行くのもよかったんですけど時間的にここを通り道にしようかなと。」


赤葦くんは本当に出来た人間だ。わたしを喜ばせると共に重荷にならないように配慮が出来ている。そんな優しさがどんどんわたしを侵食していくのをわたしは知ってしまった。



「赤葦くん、モテるんだろうなあ」
「え?」
「こんなにステキな人だもん、モテるでしょ」


何気なく呟いた一言だった。しばらく車内は沈黙に包まれてしまって、言われたくない一言だったかと冷や汗をかいてしまう。ちらっとその横顔を見れば、眉を垂らしてわたしを横目で見ていた。



「雛乃さんに好かれなきゃ、意味ないですよ」
「え?」
「どれだけ他の女の人にモテても、雛乃さんに好かれないと、なんの意味もないです。」




さらっとそんなことを言うもんだから、わたしの頬はどんどん赤くなっていく。幸い車の中は暗いからバレていないだろうけれど、熱い、頬が、熱い。
どれほどまでに赤葦くんはわたしのことがすきなのか、それをひしひしと伝えられてしまう。
このまま流されるのは、よくない。ちゃんと考えないと。恋愛について何も免疫のないわたしは無いも同然の頭をフル回転させる日々を過ごすことがここで決まってしまったのだった。