「俺、雛乃さんのこと、好きです。」 「は?」
いつものようにバイトを終えた頃、同じ時刻にバイトを終えた彼はわたしにこう告げた。大学生にもなったのにこんなに顔を赤くして照れ臭そうに、でも真剣に思いを伝える人間がいることに驚いた。
「赤葦くん、本気?」 「俺が嘘でこんなことを言う人間だと思ってるんですか。」 「それは、思わないけど…」
わたしは、自分で言うのは悲しくなるけれど、所謂量産型女子大生というものには程遠いと思う。 中学時代からずっとバスケットボールばかりしてきたから筋肉のついた足をしているし、髪の毛だってずっと短い。今は少し伸びてボブになったけれどそれでも可愛い女の子には、程遠いのに。それでも赤葦くんはわたしをすきだと言うのだろうか。
「わたし、こんなんだけど」 「こんなんとか言わないでください。」 「ふわふわしてないし女の子らしくないし、年上だよ?」 「そんなことないし、年齢なんて関係ありません。俺がすきだって言ってるのは、間違いなく貴女です。雛乃さんです。」
切れ長の目で赤葦くんはわたしをじっと見つめてくる。嘘をついていませんと訴えて来る視線。きっと本気なのだ。どうしてこんなわたしを好きなのかはわからないけれど、本気だ。 好意を伝えられることは、嬉しいことであり気恥ずかしくも思う。すきって、なんだろう。好意って、なんだろう。
赤葦くんは控えめに言ってモテる。バイト仲間の中でも人気のある方で、バイトメンバーの中では「赤葦くんに告白したけどフラれた」という子が一人ではなかったはず。彼女がいると聞いたことがないからわたしでもいけるかも、と数々の女の子が挑戦して泣いたのは聞いたことがあった。そんな彼が、告白してくれている。
「信じてもらえませんか」 「…そんな顔、しないでよ」 「雛乃さんが、信じてくれてないみたいだから」
眉を垂らして悲しそうな表情を見せられてしまうと、心が痛む。わたしは赤葦くんのことを今までそういう目で見たことがないから、どう対応していいのかわからない。今すぐ「付き合うのオッケー」と軽く返すのは彼の気持ちに対して失礼な気がしてしまう。赤葦くんの気持ちにちゃんと応えたいと思うからこそ、すぐに答えを出せないだなんて。 ビジュアルは問題ない、中身も問題ない良い男だと思う。周りに気を遣えて、仕事も早くて、遅刻や無断欠席なんて絶対しない律儀な男。 わたしは何をためらう必要があるんだろう。彼氏彼女は好き合っている人がなるものだ、とかいう微かな理想が邪魔をしてくる。
「わかりました」 「え、わたし何も言ってないよ」 「雛乃さんが、何を迷ってるのか知らないけど、俺がちゃんと雛乃さんのこと好きって信じてもらえるように頑張れば良い話です」 「え?」 「もう気持ち伝えちゃったし、隠すこともないし恥ずかしいこともないんで。これから雛乃さんにアタックしていきます。それで俺のことすきになってください」 「え??」
赤葦くんは一人で納得したかのように頷き、お疲れ様でした!と頭を下げてバイト先を去る。取り残されたわたしはどうすれば良いのかわからない困惑と、すこしの頬のほてりを持て余した。
風をきって走り、家に向かう。告白されることなんて、漫画やドラマの世界だと勝手に思って過ごしてきていた。それが現実に起こったことや相手が赤葦くんであることを思い返しながら走る。ああ、走ると気持ちいい。 赤葦くん。告白されて意識するなんてベタすぎると我ながらに思うけれど、わたしはすこしだけ、君のことが気になるよ。
...
あれからの赤葦くんはというと、バイトの終わる時間が同じ日は必ずわたしを家まで送ってくれた。申し訳ないしはじめは断ったけれど、「雛乃さん一人暮らしでしょ。一人暮らしの女の人をこんな夜中に一人で帰れとは言えません。」と真面目な顔で言われてしまったから、お言葉に甘えることにした。
帰り道を二人で歩きながら他愛もない話をする。コンビニに寄ってアイスを食べながら歩く日もあれば、何もなく歩く日もあった。 あれからは一度たりとも告白のことには触れていない。けれどもわたしも意識してしまうからか、赤葦くんの表情が以前より少し柔らかく見えてしまう。
「アイスはやっぱりバニラでしょ。」 「チョコも結構美味しいですよ。雛乃さん、そういえば新作出るらしいですよ。あのコンビニ限定で明日からって聞きました」 「え、新作は気になるから明日もアイス食べなきゃだなぁ。」
赤葦くんはこんなに話す子だったっけ、と記憶を手繰り寄せてみてもあまりわからない。何故なら、わたしと赤葦くんは特別話すような仲でも無かったから。
歩幅を合わせて歩いてくれるところとか、話す内容を吟味しながらもお互い退屈にならないように話す配慮とか、すごく出来る子だなあ、と整った横顔をぼんやりと眺めながら帰路についていた。
「雛乃さんって運動すきだったんですか?」 「うん。バスケしてたよ。これでも一応キャプテン任せてもらえたんだよ。」 「キャプテンか、流石ですね。なんとなく運動すきそうだなって感じてました。」 「赤葦くんは?運動してたでしょ」 「やっぱりわかります?バレー部でしたよ」 「バレー部かぁ、結構筋肉ついてるしスタイル良いから、何かスポーツやってるんじゃないかなあとは思ってたよ」
バレー楽しかった?と聞くと、とても、と答える。懐かしむような慈しむような笑顔で、彼のバレーへの気持ちが全て顔に現れているみたいだ。
「雛乃さんはバスケ部っていうわりには足細いですよね。運動部のキャプテンってすごく筋肉質なイメージがありました。」 「ははっ。筋肉落ちただけだと思うよ〜、もう辞めて3年近く経つからなあ。」 「雛乃さんの脚、綺麗だなって思ってました。」
わたしの脚をそんな風に思っていたのか、と心臓がどくんと音を立てた。さらりとその口から出る言葉が甘い雰囲気を作る。赤葦くんはわたしに対して好意を抱いている相手なのだから、褒められるくらい当然だろう。なのにそういったことを言われ慣れていないわたしにとってはキャパシティオーバーだ。真っ赤になった顔を手で扇ぎながら別の話題を考えた。褒められて嬉しくないわけじゃないけれど、兎に角恥ずかしいのだ。
「あ、赤葦くん!どうでもいいかもしれないけれど、わたしの妹もバレー部だったよ。マネージャーだけど。練習試合とか何回か見に行ったことあるの思い出した。」
苦し紛れに話題を変えようと、バレーの話題にすり替えることに成功した。バレーの話ならきっと食いついてくれるだろうと思ったのだ。 案の定食いついた彼は「へえ、試合見たこととかあるんですね」と少し目を開いて驚いた表情をしていた。赤葦くんって、よく見ると少しずつ表情が変わるんだよなぁ。あんまり、知らなかったけれど。
「強かったんですか?妹さんのチーム」 「強かったって聞いたよ、妹たちが入部した年は全国も出てたから、もしかしたら赤葦くんも知ってるかもしれないね!」 「雛乃さん、どこの高校でしたっけ?」 「あ、わたしは青葉城西。妹は烏野ってとこ。宮城だよ」
すると赤葦くんはぴたりと足を止めてしまった。何か気に障ったのだろうか、と少しの不安を抱きながら振り返ると手を口元に当てて、そうか、とぽそりと零す。考え事をしていたようで、きっとどちらかの学校に心当たりがあったのだなあと推測した。
「あの烏野のマネージャーが雛乃さんの妹なんですね。そういえば苗字が一緒ですね」 「烏野わかるんだね。」 「よく合同合宿だの練習だのしてました。あそこは面白い学校でした」 「知らなかったなあ、妹に赤葦くんのこと聞いてみようかな。話したこととかあるの?」
やめてください!と言いながらわたしの頭をくしゃりと撫でる彼の骨ばった大きな手。それだけで少し頬に赤みが帯びる。赤葦くん、こうやって戯れたりするんだなあ。離れていく手が、少しだけ名残惜しい。
「妹が最近彼氏出来たって言ってたんだけどそれも烏野のバレー部なんだって。赤葦くん知り合いかなあ」 「へえ。ポジションとかどこの人ですか?」 「セッターだって言ってた。あ、赤葦くんもセッターって言ってたっけ?」 「え、影山?」 「ううん。菅原くん」
共通の話題が増えたことで赤葦くんとこれからも話すことたくさん出来たな、とぼんやり考えた。赤葦くんとの話題が増えたことを素直に嬉しいと思ってしまうわたしは、本当に単純。
「雛乃さんとの共通の知人がいるってだけで、なんか、話題増えて嬉しいですね」 「え…?」 「あ、いや。妹さんが俺の知り合いだなんて全く知らなかったし、俺、雛乃さんのこと全然知らなかったなって感じました。だから、これからもっと知りたいです。」
赤葦くんは淡々とそう述べたけれど、気が気じゃなくなってしまう。こんなことを言うのは意識的なのか無意識なのかはわからないけれど、知りたいと思ってくれていることが少し嬉しいなんて。
一人で歩くと家までの20分は結構長く感じるのだけれど、赤葦くんと歩くとそうでもないから不思議だ。目の前にはわたしのアパートが見えた。
「赤葦くん、いつも送ってくれてありがとうね」 「俺がやりたくてやってるんで。」 「次バイトかぶるの月曜だよね?何時上がりだっけ、終わるの一緒だったらいいね」
"一緒だったらいいね"。自然に自分の口から出た言葉にわたしも驚いてしまう。わたしが、一緒に帰ることを楽しみにしてるみたいだ。
「……雛乃さん、土曜日バイト削られてましたよね?」 「うん。みんな出勤希望してたから削られても仕方ないよね」 「俺も、削られたんです」 「うん、そうなんだ……?」
眉間に少しシワを寄せ、難しい顔をしている赤葦くん。そんなに土曜に出勤したかったのか、削られたことに対して店長に恨みでもあるのかと思うような顔。
「雛乃さん、俺とデートしてくださいよ。暇ですよね」
彼が投げた言葉のボールは、豪速球ストレートだった。デートのお誘いだ。バイトが削られた日は基本的に暇をしているのはお互いだろうからこのチャンスを逃すわけにはいかなかったんだろう。 強くわたしを射抜く眼差しから、しばらく目が逸らせなくて。何分そうしていたのだろう、情けなく開きっぱなしになっていたわたしの口から出た言葉は、「わかった」の一言だけだった。心臓が、とてもうるさい。
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