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膝上丈のスカートを身につけて外に出るのは何年ぶりだろう。きっと高校の制服以来だから2年以上ぶりになる。

玄関のドアをあけて一歩踏み出すまでに30分。ドアの前で立ち尽くすわたしは側から見れば滑稽極まりない。赤葦くんとバイト終わりに一緒に帰れると決まったわけでもないのに昨日買ったワンピースを着てしまうあたり、赤葦くんに褒めてもらえるかもしれないと少し浮かれているのか、はたまた昨日見かけてしまった見知らぬ女の子への対抗心か。
昨日の女の子かわいかったなあ。赤葦くんの周りにはあんなに可愛い子がたくさんいるのかな。
すうっと大きく息を吸って、吐いた。いい加減にドアを開かないとバイトに遅刻してしまう。

「大丈夫、似合う、変じゃない、変じゃ、ない。」

呪文のように呟きながら家を出てバイト先に向かう。滅多に着ないワンピースのせいで心なしか周りの視線がこちらに向いている気がして恥ずかしくなってしまったけれど、そんなの気のせいだっていうこともわかっている。
日が暮れかかっているせいか、わたしの影が大きく伸びていた。



...




「あれ、雛乃ちゃん今日の服装珍しいね」
「え、やっぱり変?」
「ううん。かわいい。似合うね」

更衣室で制服に着替えようとしたところにやってきた同い年のバイト仲間にそう言われると、少し自信が持てた。相変わらず単純な人間だなあと自嘲する。
その言葉を軽く受け流しつつ制服に着替えて更衣室を後にする。心なしかいつものバイトと違って足取りがとても軽い。

バイトがあまり忙しくないのはただの平日だからだろうか。のんびりとしていて退屈で、時間が過ぎるのが遅く感じた。何度も何度も時計を見るけれど、長針は30度ほどずつしか進まない。こうやって時計を気にしていると時間が進むのはとても遅い。

「雛乃ちゃん今日22時上がり?赤葦と2人その時間だよね?」
「うん、そっちはラストだよね?暇だからいつもより終わるの早そうだね〜もう締め作業しても大丈夫そう」
「さすがにまだ8時だから締めたら店長怒っちゃうよ!でも締めたいね〜」

早く帰りたーいとぶつくさ言いながら友人と辺りを掃除する。ひまだなぁ。

赤葦くんは今日は持ち場が違うためあまり顔を合わせていない。先程、おはようございます、とわたしの前を通り過ぎて行った時に顔を見ただけだった。今日は一緒に帰って貰えるのだろうか。期待してしまう自分が恐ろしい。
もし一緒に帰れたらわたしは思いを伝えたい。いや、伝えたいから一緒に帰りたいのかもしれない。
そう決意したは良いもののやはり昨日の光景が脳内を駆け巡る。可愛い女の子とオシャレなカフェにいたという事実は変わらない。昨日の女の子は誰?もしかして新しくすきな子が出来た?今更赤葦くんのことをすきになってももう遅いのかな?なんてぐるぐると考えても答えなんて出やしない。

「もう、やだ!!」
「どうしたの急に。」
「なんでもないの。ほんと、なんでもない。」


やることないねどうしよう、そう友人に言おうとした時、後ろから足音が聞こえた。振り返るとそこには髭面の優しい目をした店長がいて、招き猫のような手でコイコイと呼び寄せる仕草を行なっている。
口パクで「中島さん」そう言っていたためぱたぱたと靴を鳴らしながら駆けていくと、申し訳ないんだけど暇すぎるから中島さんと赤葦くんは早上がりで良いかな?と言われたため首を縦に振った。

「じゃあ赤葦くんにもそのこと伝えて、もう上がって良いよ。賄い食べるならあとで俺に伝えてね。」

赤葦くんに伝えるのはわたしの仕事とされてしまって、少し喉が震えた。赤葦くんに退勤を伝えに行く。その時にわたしは初めて彼に、帰路を共にしたいことを伝えるのだ。
大きく深呼吸をして、目指すは赤葦くんの持ち場だった。足が少し震えてしまう。赤葦くん、暇だからわたし達退勤だってさ。良かったら今日も一緒に帰ろうよ。何度も何度も心の中で唱えて、ふう、と何度も息を吐いた。


「赤葦くん」
「……雛乃さん!」


動かしていた手を止め、わかりにくようでわかりやすいふわっとした笑顔でわたしを捉えてくれた。幸い周りには誰もいなかったから良いものの、こんな赤葦くんの笑顔を他の人はあまり見たことがないんじゃないだろうか。

「今日暇だから赤葦くんもわたしももう帰って良いって店長が。」
「そうですか。片付けます」
「だから、ね。あの、いや、嫌だったら良いんだよ、あのね」
「……雛乃さん?」
「……いや、あの、……あのね、今日も一緒に、帰ろう?」

ぶわあっと顔が熱くなる。ちらりと赤葦くんを見ると彼は目を見開いて立ち尽くしていた。そんなに驚くことないじゃないか、と少しもやもやした。
少しして彼が口を手で隠し目を伏せながら、あまりにも嬉しそうな声でやっと誘って貰えた、なんて言った。その瞬間に心臓がわたしのものじゃないように急に高鳴り出して、それ以上そこにいることがむず痒く感じてしまい、その熱を逃がすために彼に背を向けた。

「雛乃さん!まだ早いし賄い食べずにどこか寄って帰りましょう!!」

その言葉に顔も向けずに無言で頷き、そそくさと更衣室に入る。そのあと黙々と急いで気合いの入ったワンピースに腕を通し、鏡で前髪や少し崩れた化粧を直した。ああ、薄手の生地なのにこんなにも暑い、熱い。
柄にもなくときめいている、赤葦くんとご飯を食べて帰れるなんて。



...




「何食べます?」
「赤葦くんが食べたいもので良いよ。」
「じゃあ、最近出来たイタリアン食べましょうよ。友人から美味しいと聞いたので。」


時計の短い針はまだ9に辿り着いていない頃だから、お店にも迷惑はかからないだろう。予約も何もなく入れるかどうか心配だったが平日ということもありスムーズに案内され、席に着いた。メニューを開くと大学生のお財布でも払えるくらいの値段設定で内心ほっとしてしまう。
何を食べるかしばらく迷っていると、赤葦くんが良かったらパスタとピザ分けませんか?と提案してくれたため、シェフのおすすめパスタとピザとサラダを注文して赤葦くんとシェアすることにした。


「雛乃さんとこうやってご飯食べて帰れるなんて、早上がりも良いですね」
「今日本当に暇だったもんね。たまには悪くないね」
「雛乃さんから一緒に帰ろうって誘って貰えただけでかなり浮かれてて俺、今どういう風に座ってれば良いのかわからないです。可愛いです、今日の服装。見たことない感じですごく。」

そわそわと周りを見たり手元を見たりと、落ち着きのない赤葦くんは初めて見た。気合いを入れた服装を褒められたことも上乗せされて、同じようにわたしもそわそわとしてしまっているに違いないから、側から見ればわたし達は相当可笑しな二人組に見えるのではないだろうか。

運ばれてきたサラダを取り分けて口に運ぶ。ドレッシングがどんな味なのかもあまりわからないぐらい心臓がばくばくと脈打っていた。

会話があまりなく、シンとしてしまうのも申し訳ないし、聞きたかったことと伝えたかったことをもう伝えてしまおう、自棄だ!と心の中で決意して口を開いた。思っていたよりもすんなり口から言葉は出てきてくれた。赤葦くん、と呼ぶ声は呟くような大きさになったけれど彼の耳にもきちんと届いたようだ。

「はい、そんな畏まってどうしたんですか」
「赤葦くん、わたしね、昨日すごく可愛い女の子と一緒に赤葦くんがカフェに居たの見かけたの。」
「え………?」

カタリと彼の持つフォークが音を立てた。わたしの発した言葉の意味はわかるだろうが、その意図がきっとわからないのだ。眉間に皺を寄せ、どうしてそれを、と薄っすらと唇が開き漏れた声がわたしの鼓膜を揺らす。
わたしは赤葦くんの彼女ではない、ただのバイト先の先輩だから責める資格など微塵もない。だからわたしはそうしたいのではない。ただ、そこで気づいた自分の気持ちを伝えたいだけ。それを彼に知ってほしい。


「正直、その女の子は誰でもいいの。彼女出来ちゃったのかなとか、すきな女の子かなとかたくさん考えたけど、そんなのどうでもよかった。」
「どう、いうことですか」
「赤葦くんが、他の女の子と居るところを見て、わたし嫉妬したの。」

手のひらをぎゅう、と握りしめた。柄にもない。人に自分の好意を曝け出すこの瞬間がこんなにも胸が締め付けられるものだなんて、わたしは知らなかった。


「……わたし、すきに、なったみたいで。」
「雛乃さん……」
「赤葦くんのこと、すきになってる。嫉妬するまでちゃんと気づかないなんて馬鹿みたいだけど、赤葦くんの良いところたくさん知っちゃって、すきになっちゃった。昨日の女の子のこともうすきになってて手遅れかもしれないけれど、わたし、赤葦くんがすき。」


お待たせしました〜、店員の空気を読まない間延びした声とともにパスタとピザがテーブルに並んだ。ふわりと香るチーズやトマトの香りが鼻をかすめていく。
時が止まったかのように動かない赤葦くんの目を恐る恐る見つめると、ぱちりとピースをはめたように視線がかち合った。


「……やっと、振り向いてくれた」
「…赤葦くん?」
「ずっと、ずっと雛乃さんがすきです。やっと振り向いてくれた。」
「赤葦くん…」
「俺は、これからずっと楽しいことも悲しいことも全部、雛乃さんと一緒に過ごしたいです。そばにいてください。」


フォークを置いた彼の手がわたしの手を捉えてぎゅうぎゅうと握る。痛くないけれど振りほどけない力を込められて、彼の思いがそこから伝わるかのようで頬に熱が集まってきてしまった。少し水の膜を張った彼の目がゆるりと揺れ、わたしを見つめる。わたしはこくこくと頷くことに必死になった。赤葦くんの手は大きくて骨ばっていてすごく男の子らしくて、離したくなくなってしまう。

「昨日の女の子は、高校の時の部活の後輩です。恋愛相談に乗ってました。あの子のすきな男が俺の知人だっただけで、あの女の子とは恋愛関係じゃ全くないです。誤解させてすみませんでした」
「そうだったんだ、謝らないで!わたしが勝手に嫉妬しただけだから…」
「これからは不安にさせません。雛乃さんを幸せにします。全力を尽くします。」


真剣な目つきに射抜かれて、心臓が跳ねる。彼はこんな気持ちでわたしに想いを伝えたのだろうか。こんなにも緊張して怖くて答えの見えないことなのに。今だから言えるけれど赤葦くん、わたしに想いを伝えてくれて本当にありがとう。


ぬるくなったパスタとピザに気づいた赤葦くんが、とりあえず食べましょうと言いながら手をつけた。それに続いてわたしも慌ててパスタをフォークで巻き取っていく。あつあつじゃなくても、今まで食べたどのパスタよりも美味しく感じてしまうのは目の前で赤葦くんが微笑んでいるからだ。





「雛乃さん、ご馳走様でした」

深々と頭を下げてくれる赤葦くんの頭を上げさせた。今回ばかりはわたしがお金を出したかったのは、前のデートでたくさんお金を出してくれていたからだ。

「……手を繋いでもいいですか?」
「なんか、照れるね」

わたしの右手にするりと赤葦くんの左手が絡め取られていく。とぼとぼと足を踏み出し歩くいつもの帰り道は心なしか輝いて見える。街灯ですらイルミネーションのようだ。


「赤葦くんはどうしてわたしのことをすきでいてくれたの?」
「何を急に言いだすかと思えば……」
「気になってたの、ずっと。バイトでもあまり喋らないのになんでだろうって。」


ずっと気になっていたことをするりと聞けるようになったのは、今のわたし達の関係にちゃんとした名前がついたからか、はたまたわたしが自信を持ったからか。
ふう、と息を大きく吐いた彼は、笑わないでくださいよ、と前置きをしてぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


「覚えてますかね?俺がバイトを始めた時、同時に4人くらい新人が雇われましたよね。しばらくしてから事務所で先輩達が休憩してる所に出くわしたんですよ。仕事を教えるのが面倒だとか、アイツは使えないとか別の先輩方が騒いでて。」
「そ、んなことも、あったのかなあ。あんまり覚えてないや。」
「雛乃さんは、陰で言うのは卑怯だと思う、自分達も仕事を教えてもらって育った身なのに教えることを放棄しちゃダメじゃないかな、ダメな理由をちゃんと伝えてそれでも直らないなら仕方ないけど陰で言うのは先輩として駄目だよって。今時、たかがバイトでそこまで真剣に下に教えることとかを考える人なんていたんだなって思いました。」
「あー、あったかもしれない。」

その時の同期達は新人の相手が面倒でほとんど辞めてしまった。運動部で育ったわたしは、下に教えて繋いでいく精神が染みついている。偉そうに言ってごめんと同期達に謝ってもわたしの話の意味をあまりわかってくれなくてすぐに辞められた子には申し訳ないことをしたと悩んだ時期もあった。
赤葦くんにそんなところを聞かれていたなんて今更ながらに恥ずかしくなった。

「俺達に親身になって仕事を教える姿を見て、この人のことを支えられるくらいに自分がしっかりとした人間になりたいと思うようになってました。とにかく優しい人だと思ったんですけど、それ以上に俺がこの人に優しくしたいって漠然と思うようになってましたね。まあ、そんな感じです。」
「…待って、赤葦くんがバイトを始めたのって1年以上前、だよね……?」
「ずっとすきでしたよ、雛乃さん」


曲がり角に差し掛かった時に後頭部に触れた大きな手。え、と声が漏れた時にはもう遅くて気づけば柔らかいモノが唇に触れていた。

「え、」
「さあ、帰りましょう」


いつまでもわたしは彼に翻弄される運命なのかもしれない。それはそれでいいかな、なんて年上の威厳はどこにいったんだと感じてしまう。
横から見る顔も相変わらず綺麗で、見とれてしまいそうになっていた時に目に入る赤く染まった耳。なんだ、もしかしたらわたしと彼の気持ちに大きな差はないのかもしれないなんて思わされる。恥ずかしさも甘酸っぱさもこの初々しさも噛み締めて、アスファルトを歩いていった。
『予期せぬ出来事』なんてこの世に溢れてる。人生に起こる出来事のうちのほんの一部に過ぎないことかもしれないけれど、わたしにとってのこの出来事は人生を大きく変えるだろう。